過去
すいません普通に風邪と精神的に参ってしまい投稿をサボってしまいました。
泥の中は真っ暗で何も見えなかった。
息は出来るが息苦しくて、とても満足には出来ない。
身体中が、押し潰されるように圧迫されて意識が飛びそうな程の激痛に蝕まれる。
しかし、意識ははっかりしている。
はっきりと言うより、意識が飛びそうになる度に意識がはっきり戻る。
激痛と激痛から逃げられない事に正常に考える事が出来ない。
苦しくて痛くて辛い事に頭の中がグチャグチャになり、このまま死ぬんだと思った。
そんな時に限って、昔の事を思い出す。
俺、有馬奏治は捨て子だった。
物心ついた時には既に親はいなかった。
こんな俺を育ててくれたおじさん、拾った時は、50代後半だったが、高校生になった今では、70代だ。
もう年なのに未だに職人として働いていた。
そんなおじさんは1人で刀を打つ職人だった。
刀を作るのを手伝わせて貰えなかったが、
おじさんが1人で刀を作っているのを見て、俺もいつか、おじさんの仕事を継ぎたいと思う程、おじさんはカッコよかった。
そんなおじさんが俺に俺と出会った時をの事を小学5年になった日に教えてくれた。
俺は本当に変わった子だったらしい。
おじさんがある朝、庭の掃除をしようとした時に赤ちゃんの鳴き声が聞こえたらしい。
その赤ちゃんは縁側にタオルに包まれた状態で寝かされていたらしい。
おじさんはとても慌てたらしい。
なんせ、家のセキュリティはかなり高くて、ある意味城と言ってもいいほどだ。
高い壁に返しが付いていて、壁の外はいつも警備が付いていたからだ。
いっそ、風に運ばれたと言われた方が信じられる程だ。
おじさんは、国内の病院や、行方不明の赤ちゃんを手当たり次第探して、俺の親をとにかく探したらしい。
しかし、何処にもそんな子はいなかった。
おじさんは、そんな状況で置かれた俺を見て、
天涯孤独な人生だったから神様が1人くらい子供を育ててみなさいっと言われているように思えて、俺を育てる事にしたらしい。
育てる時もおじさんが近くにいればあまり泣かないのに、離れたり見えない所に行く度に大泣きしたそうだ。
そんなんだから、赤ちゃんの時はずっと近くに置いていたらしい。
刀を打つ時もわざわざ暑くないように、新しく部屋を作って涼しい所からいつも姿が見えるようにしたり、色々手間をかけたようだ。
俺は立つのも喋るのも大分早かったらしい。
しかし、力がとても強くなる時があった。
いつもは、平均的な力だが、泣いてる時だけは、異常な力を出して色々な物を壊したらしい。
そんな異常も小学生になる頃には収まっていった。
泣いても物を壊さなくなって、少し顔立ちが中性的だが、優しくて、明るい子だった。
自分がおじさんの子供ではない事は、物心ついた頃から何故かわかった。
だから、その話を聞いてもあまり気にしなかった。
小学校は楽しかった。しかし、反対に中学生、正確には中学3年の後半は辛かった。
中学生になって更に中性的が成長して、もはや女のような顔立ちになっていた。
髪も伸ばしていたので、中学生入って最初の自己紹介で担任の先生にも驚かれた。
最初は女見たいと言われても何も思わなかったが、だんだん女子からのスキンシップがエスカレートしていって、3年生になったある日、放課後に呼ばれた教室で、5人の女子に、押し倒されて色々な所を触られて撫でられた。
「奏ちゃんかわいい」
「奏ちゃん柔らか〜い」
「奏ちゃんって結構敏感?」
俺は怖くなって、押さえる手を振り払って逃げ出した。
その後、5人から謝罪されたが、その日から、女子の視線が、あの日の鷹が獲物を狙う様な女子の視線に思えて、女子が苦手になった。
高校に入る前に髪を思い切って切ったが、それでも低い身長、童顔から高校で、「女の子見たい」と言われた。
思い切って髪を切ったのに、女の子扱いされた事にイライラしたが、稲垣俊一にフォローされ稲垣と友達になれた。
結構楽しかった人生だったが、結局おじさんにお父さんと言いたかったのと感謝の気持ちをはっきり伝える事が出来なかった。
おじさんの事を思い出して激痛の中で少し、理性を取り戻せた。
そんな事を思いおじさんに心の中で謝罪する。
(ごめんお父さん先に行くよ)
そう思いおじさんの顔を思い出す。
え?
おじさんの顔が思い出せない。
おじさんの名前も分からない。
俺は発狂した。
もう1話投稿します。