アーシュ10歳夏の終わりに
少し長めの、今日3話目です。
8の月の3週には、2学年分も終わり、試験は4日間で、体育を除いた8教科×2学年分をやることになった。学外生は、3年間で単位を取れればいい。とはいうものの、なるべくならたくさんとっておきたかった。
真剣に挑んだ4日間、1学年分は全員無事に合格した。2学年分は、マルが苦手な文学を落とすなど、バラバラだったが、いずれにしろ来年が楽になったことは確かだ。私は合格したけれど、数学はぎりぎりだったので、来年も受けた方がよいと遠まわしに言われた。
「9の月には帝国の大使が来るので、そこまでいられたのなら、本物の帝国語を話す機会があったのじゃがの」
「先生、もう少しは王都にいるのですが、ダンの店もどうしても気になるので……」
「勤労学生じゃからの、仕方あるまい。今度は少し難しい本を預けるでの、しっかり読んでおくのじゃよ」
「はい!必ず」
名残惜しいが、寮を出て、ダンの屋敷でお世話になる。
「やあ、セロくん、ウィルくん、3ヶ月ぶりだねえ。本当はそろそろオリーブの季節だから、メリルに帰りたいんだけどね。ダンの店が気になってねえ」
「おじさん、心強いです」
「アーシュちゃん、マルちゃん、マリアちゃん、ソフィーちゃん、一緒に買い物に行く暇はないのかしら」
「マル、リボン買いに行きたい。アーシュと同じ」
「私も!」
「まあまあ、じゃあ、時間を見つけて行きましょうね」
明日の分は、招待状を出してある。明後日の学生、しあさっての一般の分は、半額でお試しできるようにした。
さあ、「子羊亭」のプレオープンだ!マリアとソフィーは店員として、私たちは裏方で様子見だ。
天気がいいので、外にもテーブルと椅子は出してある。お昼からの開店に、まず商人がようすを見にきた。男性はおすすめのガガに、おそるおそる、しかし嬉しそうに挑戦している。奥さま方、お嬢様方には、やはりパウンドケーキが好評だ。お持ち帰りのお土産の他に、ずいぶん買い求める人が多く、その日の夜は、次の日の分を必死で焼くことになった。貴族の人たちは、物珍しそうだったが、彼らにとっては少し狭く、ゆったりできないのに不満があるように思われた。
その日の夜は、疲れ果てていたが、気づきは共有しなくてはならないだろう。
「みんな、お疲れさま。今日はありがとう!」
「好評だったと思うな」
「すごい人だったね」
「お持ち帰りが思ったより多かったな」
「でも、貴族の人は不満そうだった」
「アーシュ、彼らはメインの客層にはならないよ。街に出るような、一般の人が相手だもの」
「でもね、新しいもの好きには違いないと思うの。もしね、仮にね、貴族街に、個室もあって、新しいものが楽しめて、ゆったりと過ごせる店があったら?」
「お茶とガガだけでは採算が合わないよ」
「待て待て、部屋ごとに、時間制で料金をとることにして、お茶もガガもケーキも、好きなだけ食べられるようにすれば……」
「父さん……」
「会合にも役立つだろうし、女性もお忍びで来れるだろうし、これは試してみる価値はあるかもしれないな」
「父さん」
「ダン、アーシュ、これは大人じゃないと少し難しいかもしれない。私に預けてくれないか」
「構わないよ、ライバルにならないでよ」
「つまり、子羊亭2号店になるかな」
「じゃあ、それは父さんに任せる。他に何かあるかな、ない?明日は、学院関係だから、大丈夫だと思うよ」
大丈夫ではなかった。学生は新しいもの好きだった。まして、クラブを通して、宣伝効果はバッチリだった。入り切れない人には、後日半額で使える紙を急きょ作って渡し、何とかしのいだのだった。
「学生割引きとか作ったらいいかもね」
「これ以上混むのか……」
3日めは、盛況ぶりを見ていた町の人たちがたくさん訪れたが、1日開いていたので、何とか回せた。この3日間働いてくれた従業員には、ご苦労さまということで、特別ボーナスとパウンドケーキを用意しておき、とても喜ばれた。
その後オープンしても、盛況には変わりなく、順調なスタートを切ったのだった。初日のようすを見たら男子組は、次の日からダンジョンに戻っていった。女子組は、比較的空いている午前中に買い物をしたり、のんびりしたりしたのだった。オープンして5日ほどたった午前中、子羊亭の空いたテーブルで、マルと帝国語の本を読んでいると、帝国語で話しかけられた。
『 帝国語の勉強をしているのかい』
『 はい、先生に新しい本を貸してもらいました』
『 小さいのに、えらいね』
『 いつか、帝国に行ってみたいのです』
『 そうなのか』
『 帝国の方ですか?』
『 そうだよ、仕事できているんだ』
『 もし良かったら、この意味を教えてください』
『 それはね……』
帝国語が通じている!やさしく、ていねいに話してくれているけど、それはとてもうれしいことだった。
「帝国語を勉強してくれていてうれしいよ」
「メリダ語を?」
「仕事だもの、当然さ」
「おや、アーシュ、大使と一緒とは」
「先生!」
「自慢の教え子たちなんじゃよ」
「なるほど、しかしこの時間は」
「ここはこの子たちの店なんじゃよ。仕事優先での」
「ぜひ、ガガとケーキをお楽しみください」
「なんと!」
「アーシュさん、ちょっといいですか」
「はい、店長!すみません、仕事なので。ごゆっくりお過ごしください。マル、行こう!」
「商人の家庭なのかね」
「孤児ですじゃ」
「孤児?」
「類いまれなる才能と、たゆまぬ努力、周りを巻き込んで、前に進む力。間違いなく、メリダの宝と言えますな」
「先生にそこまで言わせるとは……」
「これからが楽しみなことですて」
「もう一人の子は」
「その子も孤児ですじゃ」
「北方の騎馬民族の色をしていた……帝国でも珍しいのだが」
「ふむ。何か事情があるのやもしれぬな」
こんな出会いもあったが、9の月、1週間だけ店のようすを見て、メリルに帰ることとなった。
長かった10歳の夏が、終わる。




