アーシュ9歳王都初日
少しシリアスあります。
王都までは、馬車で一週間だ。王都には、2週間滞在する。試験が1日、発表まで3日、残りは準備、そして最後の一週間は、ザッシュたち4人が冒険者として王都のダンジョンへ、セロとウィルは荷物持ちとしてやはりダンジョンへ、私とダンがお茶の販売、マリアとソフィーとマルはその時次第ということになる。
マルは、じっとしているのが苦手で、宿屋の手伝いでも、市場の手伝いでも体をつかうことの方が好きだった。一番は好きなのは剣の訓練だ。だから本当は、冒険者として、せめて荷物持ちとして、ダンジョンに入りたかったに違いない。マリアとソフィーは、王都での買い物にそわそわしている。
私はとうちゃんとかあちゃんとときどき旅をしていたから、馬車の旅ははじめてではない。けど、定期便で知らない人と乗り合わせ、かあちゃんの体調を心配する旅と、気心の知れた仲間達と旅をするのでは、ここまで違うものだとは思わなかった。
楽しい!
セロとウィルは、護衛の人のようすを一生懸命見ている。女子組は、おしゃべりばかりだ。ザッシュたちは、試験勉強の復習に余念がない。ダンジョンを核に街を形成するメリダでは、王都までは農業中心の小さい街しかなかったので、ほとんどが草原だ。遠くに山並みが見える。11の月は晩秋で、空も高く、澄みわたる。
「何度も往復すると、退屈なだけだがねえ」
「若いというのは、よいものですね」
などと言われつつ、間もなく王都だ。
「ここが一番、危ねえんだ」
と護衛の人が言う。
「もう王都なのに?」
「そうだ。だが、王都のダンジョンは、『 涌き 』が多い。特に8の月から数ヶ月は、ダンジョンからあふれることも多いんだ」
「騎士団があるんでしょ?」
「ああ、だけどあの城壁を見てみろ。ダンジョンがあふれても、王都への侵入は難しい。あふれた魔物は、街道に沿って広がる。騎士団の対応が間に合わないこともある、つまり、王都に入る前の移動する旅人が1番危ないってこった」
「そうなんだ」
「ダンジョン上層の魔物だからなあ、そう強くはねえ。けど、数が多いから、壮観だぜえ。冒険者としてやっていくなら、覚悟だけはしておけよ」
「はい!」
王都に入る馬車の列に並ぶ。貴族や商人でも、よほどのことがなければ優遇されない。メリルは王都の東側なので、東門に並ぶ。王都は、北に王城があり、その足元に街がひろがる。周辺にはダンジョンも多く、すべて城壁で囲まれ、西門、東門、中央門の3箇所で外とつながる。ギルドもそれにあわせて、西ギルド、東ギルド、中央ギルドが存在する。騎士団も、各門を中心に配備される。
何もかもが、圧倒的だった。
順番が来る。
「メリル辺境伯と、グリッター商会ですね、今回の目的は」
「学院の試験の付き添いだ」
「おお、今年はずいぶん受験するのですね」
「うむ」
「すみませんが、一旦こちらで全員の確認をしますね」
ぞろぞろ受付にむかう。
「おお、辺境伯」
「おお、東門隊長どのか、久しいな」
騎士団東門隊長だ!かっこいい!
「半年ぶりでしょうか、おい、早く確認してさしあげろ」
「すまんな」
「受験の付き添いとは、珍しい」
「今年は数が多いのでな、王都での用のついでだ」
「ほほう、なかなか賢そうな子どもたちで……ターニャ?」
え、母さん?
「いや、そんな馬鹿な、幼子ではないか……」
「ターニャとは、母御ではなかったか?」
「おお、ではお前はターニャの娘か!よく育った…私を覚えてはいないか」
隊長が目の前にかがみ込む。
と、セロとウィルがマルが、両側に立つ。隊長の後から、もう一人歩いてきていた。
「さすがターニャの娘だな、すでにナイトができたか」
「副隊長、いきなりなんだ、失礼だぞ」
皮肉げな声に、隊長も困惑する。久しぶりに母ちゃんの名前を聞いて戸惑う私は気づかなかったが、副隊長の態度は好意的な物ではなく、セロとウィルとマルはとっさに前にでてしまったのだった。
「相変わらずしゃべらないか。ターニャもそうだった、黙って守られるばかりで、そうしてトニアを巻き込んだんだ」
「よせ、二人が選んだことだろう、幸せは他人がはかれることではない」
これはなんだ、なぜ知らない人にとうちゃんとかあちゃんの話をされてるの?なぜそんな目で私を見るの?
「思い出した、名前はアーシュマリアだったか、私たちはね、ターニャとトニアと同じ、王都のスラム出身なんだよ、まあ、幼なじみかな」
「一方的に面倒をかけられてただけだろ」
「アーシュ、お前が小さい頃も覚えているよ、まったくしゃべらなくて、ターニャのお人形と呼ばれていたね、まだしゃべらないのかな」
「相変わらず、お荷物か」
「ディーエ!お前は!」
前世の記憶が響いて、しばらく頭で翻訳してからしゃべっていたので、小さい頃はゆっくり話を聞いてくれるかあちゃんとしかしゃべらなかったのは確かだが、そんな風に呼ばれていたなんて……
「トニアも大変だな、ターニャだけでなく、娘もお荷物とはな」
なんだ、なぜこんなに悪意を向けられる?いや、思い出せ、なぜ私は、とうちゃんとかあちゃんを守ろうといていた?はじめはいつも大丈夫だった、けど、長く街にとどまるほど、悪意は増えていった。かあちゃんをほしがり、チヤホヤするヤツら、勝手に勘違いして、かあちゃんを憎むヤツら、そしてとうちゃんをバカにするヤツら、憐れんで勝手に同情するヤツら、しまいには娘である私を利用しようとするヤツら……そうして、街を離れざるをえなかったのだ。とうちゃんとかあちゃんは、「私たちが幸せなら、いいのよ」と苦笑するだけだった。
「いい加減にしないか!」
マルが私の肩を抱く。マリアとソフィーが寄り添う。ザッシュたちが、背後に立つ。そしてセロとウィルは剣の柄に、手をかける。
「ほお?騎士を相手にするつもりか」
さあ、胸を張れ!
「あなたは、だれですか?」
「ほう、口がきけるか」
「さっきからいろいろ言っていますが、名前も知らない人にとうちゃんとかあちゃんのことを言われる筋合いはありません」
「聞いてなかったのか、オレはディーエ、トニアの幼なじみだ」
「へえ、知らなかった、幼なじみって言うのは、困ったときに助けてくれる人だと思っていました。悪口を言う人のことだったんですね」
「トニアのことは言っていない!」
「あなたの言う幼なじみは、自分の言う通りにしてくれる人のことだけでしょう」
「なんだと」
「とうちゃんとは友だちだったかもしれない。けど、ターニャを選んだとうちゃんは、もう友だちじゃなかったんでしょ」
「!」
「友だちを失ったのは、かあちゃんのせいでも、私のせいでもない、あなた自身のせいだ」
「お前に何がわかる!」
「私には、とうちゃんとかあちゃんが幸せだったことだけはわかる」
「幸せだった……」
「そうやって、いつまでも、かあちゃんのせいにして生きていけばいい」
「……」
「悪意も、後悔も、もう届かないのだから」
「!」
「ターニャとトニアは……」
「もうすぐ、2年になります」
「「……」」
「そろそろいいかね、試験の前なのでね、あまり動揺させないでもらいたいのだが」
「!済まなかった、どうぞ、王都での滞在をお楽しみください」
涙を落とすな!上を向け!振り向くな!
「トニア、死んじまってたのか……」
「お前、あれはターニャと瓜二つだが、トニアの娘でもあるんだぞ?」
「トニアの、娘」
「死者に鞭打ち、幼い子をいたぶるのが、幼なじみのすべきことなのか」
「……」
「輝く琥珀の瞳。ターニャより、強い目をしていたな……」
王都初日。試験まで、あと2日。




