ノアの思い
今日4話目です。
「いい宿だったな」
「気持ちよかったな」
「…ん…」
「涌き」の7月を終えて、私たちはメリルから王都へ戻ろうとしている。3の月、若くしてA級になった私たちは、冒険者の暮らしにすこし飽きていた。特に王都はうんざりだ。
そんな時、メリルが今、熱いと聞いて興味を持った。メリル辺境伯とは顔見知りでもある。王都のダンジョンを渡り歩くのではなく、落ち着いた地方の一つのダンジョンの深層までもぐる。魅力的に思えた。
しかし誤算ではあった、確かに辺境には宿は少ない。いざとなれば辺境伯を頼るにしても、どうにかならないものか。メリルのギルド長は、学院と、冒険者としての先輩でもある。少し考えて、
「おい、お前ら」
と声をかけている。
なんだこのちびちゃんたちは。男の子たちのほうは、子ども扱いするなという気概が伝わってきたが、この巻き毛ちゃんたちは、かわいすぎる!思わず頭をなでていたが、「頭とれる……」と聞こえて手を離した。なぜか離しがたい。
ここに泊まれと、ギルド長が言う。大きな家なのか、親御さんについて聞くと、孤児だと、宿屋をやっているのだという。
不憫な!クーパーがあきれた目で見たが、これは、泊まるしかないだろう。クーパーは、いつも1歩ひいているやつだ。イーサンは、基本無口だ。
宿まで少し歩くという。
子どもたちとにぎやかに歩くのも、案外楽しいものだ。
セロという子が、どこまで遠くに行ったのかと聞いてきた。
「帝国だ」
と答えると、目がキラキラと輝いている。私にもこんな時もあっただろうか。おや、古い建物がみえてきた。なるほど教会か、なに、ここか!
教会の裏の、牧師館に泊まるらしい。
扉を開けると、食事の準備のけはいがする。右手が食堂、ここで食事らしい。そのままトイレと、なるほどお風呂か。男女別、と、石けんか、面白いものだ、メリルの特産だろうか。二階に上がると、なんと個室ではないか。特にこったものはないが、部屋ごとに違うベッドカバーがさわやかだ。部屋に落ち着くと、早速順番にお風呂に入った。石けんというものには驚いた、また、大きな魔石を使っており、お湯も潤沢だ。
よい気持ちで食堂に行くと見慣れぬ食事がでた。ハンバーグだという。肉団子とやらか。思い切って食べて見るとそれはジューシーで、おいしいものだった……スープも具だくさんで、中々のものだ。
食後にお茶を飲みたくて、茶葉をわたして茶を入れてもらおうとしたら、クーパーに陰にひっぱって行かれ、
「お前、ばかなの?なに子どもに茶をいれさせようとしてんの?そもそも茶とか知ってるわけないだろ?」
と怒られた。しかし、茶くらい市井のものでも……
「知ってるわけないだろ、これだからぼっちゃまは!」
いや、クーパーも同じ貴族ではないか。
「僕は子爵家、お前は伯爵家」
……。しかし、子どもは器用に茶をいれてくれた。茶菓子までつけてくれている。
「うまいな」
やはり王都からついたばかりで疲れていたようだ。茶がしみわたる。子どもたちはどうやら、辺境伯と顔見知りのようだ。
食後に帝国の話をした。異国の面白さと、大国のおごりと。面白いことばかりではないと話しても、行きたいと言う。強い目だ。この子たちならもしかして……
おや、黒い巻き毛ちゃんはおねむのようだ。運ぼうか、なに?オレがやる?さわるなってことか、なるほど。
しかし、またクーパーに怒られた。確かに、孤児なら学校もいけていないだろう。すまないことをした。その日はそれでも、心地よいベッドで移動の疲れをいやした。
つぎの日、朝練に行くという巻き毛ちゃんたちに付き合った。まさか、ギルド長が訓練をつけている。
なんだこの強さは……黒い巻き毛ちゃんこそやや劣るが、荷物持ちのレベルではない。特にセロの剣は重い。魔法の訓練では、クーパーが舌を巻いていた。現在でも、Dか、へたをするとC、魔法に至ってはおそらくそれ以上。金銀が駆け、黒髪が舞う。氷の瞳が射抜き、緑の瞳が躍り、琥珀の瞳が輝く。
面白い!
幼いのに、大人より働き、笑い、希望にみちている。退屈などどこにもない。
結局、4ヶ月も滞在してしまった。
「心配するな、学院などいくらでも行かせる手はある」
「しかし」
「皆が、あの子たちに感謝し、気にかけているのだ。いずれ王都に向かうこともあるだろう。お主たちもよき導き手となれ、まずは冒険者として、先を見せてみろ」
「!はい!」
A級になったくらいで慢心していた私たち。ちびちゃんたちにも辺境伯にも見送られ、王都でやり直しだ。
先に行って、待っていよう。




