アーシュ9歳7の月子羊館
今日3話目です。
ランチやレーションはともかく、本業は宿屋である。そういえば、宿屋の名前が、いつの間にか「丘の上の子羊館」となっていた。略して「子羊館」だ。へえー、知らなかった。誰の宿屋だっけね?まあ、いいけど。
「涌き」の時期は、冒険者も多いので、子羊館も忙しくなることは目に見えていたが、そもそも6の月だって満室だったのだ。あかつきも、
「7の月の、涌きが終わるまではいるからね」
と予約済み。
ところが、
「よーう、またきたぜ!」
とアレス。残念イケメンパーティだ。
「残念いうな!」
せっかくの再会なのに、宿屋をやってるのに、空きがない。
そう言うと、
「お前らと同じ部屋でいいわ。前もそうだったろ?」
そうだった!いいかそれで。セロとウィルも大喜びだし。
「おい、お前ら」
ギ、ギルド長、なんですかね……
「あー、こいつら、春に冒険者になったばかりの、F級5人パーティなんだ。初めての遠出だそうで、つまり、あれだ。泊めてやれ」
いやいや、気持ちは分かるけど満室ですよ。
「オレたちが、ニコとブランの部屋に移るから、そこに泊めてやってくれないか」
とザッシュとクリフ。確かに、5人寝れないことはないけど……
「ねえマリア、ソフィー、どうする?」
「もう何人でもおんなじよ!」
マリアがきれた!
とういうわけで、雑魚寝部屋は泊まれるだけでありがたい人であふれかえり、時には住人の部屋も侵食しつつ、子羊館は限界まで稼働したのだった。それでも大きな不満がなかったのは、食堂を自由に使え、冒険者同士の交流があったからだろう。
そのさなかのことだった。
午後に焼いたレーションをおさめるついでに、セロとウィルを迎えに来たら、なにやらもめている。
ほおー、珍しい、もめているのは剣士のお姉さんだ。しかも、15歳くらいと、若い。金髪がきらきら、かなりの美人さんだ。4人パーティ、残りは男子。男子は面白がっているだけで、止めにははいっていないのか。
もめてる相手は、と。
セロと、マリアだ!
「だから、満室でどうしようもないんです!」
「1日でもいいから、子羊館に泊まってみたいのよ!ただじゃないわ、私たちの泊まっているところと交換でいいのよ」
「こちらは雑魚寝ですし」
「あら、個室もあるって聞いたけど?」
「長期滞在のお客様がいるので」
「なおさら1日くらい気分が変わっていいと思うの」
「ダンジョンに入り、疲れているお客様に宿を変われとは言えませんので、申し訳ありません」
セロ!すごい!
「ねえ、なんならその方たちと直接交渉するわ」
「!!」
まずい!お姉さん、しつこすぎる!
タタタタッ、ドンッ!
「きゃ!」
「アーシュ!」
「痛ぁ!あ、ごめんなさい、お姉さん、あわててて……」
「ま、まあ、気をつけなさいよ!」
「そういうわけで、宿泊は……」
「セロ、このきれいなお姉さん、今日うちに泊まるの?やったー」
「違う、満室なの知ってるだろ?」
「えー、どうしてもダメなの?」
「無理したら、ほかの人が困るんだぞ」
「だってー」
「だってじゃない!」
「はーい、ごめんなさい。お姉さん、ごめんね、わがままいって……」
「い、いいのよ、迷惑かけられないしね」
「あ、これ、転んで割れちゃったかもですけど、おわびにもらってください、作りたてですよ?」
「まあ、いただくわ」
「また機会があったら、ぜひ泊まりに来てくださいね!」
「そうね、考えておくわ」
名づけて、「いたいけな子ども作戦」だ。だまされたのはお姉さんくらいだったが、機嫌よく帰っていったのでよいでしょう。こちらを面白そうに振り返るお兄さんたちは、にらみつけてやった!手綱くらい、しっかり握っとけ!あとみんな!そんな目で見ないで!
「アーシュ……」
セロまで。くそう。がんばったのにな。これ以上、疲れさせないでほしい7の月でした。




