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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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マルはアーシュの夢を見る2


「何を急に。食べ物の味? それはもちろん」


あれ? 今いれたガガの味はする。きちんと味がわからなければおいしいガガをいれられやしない。


「今朝食べたものを覚えている?」

「うん、だってオーランドと一緒に、一緒に?」


忙しくても食事は一緒に取るようにしている。アーシュの教えてくれた通り。


「昨日の夜は?」

「昨日の夜も、いつも通り……」


何かのお肉を食べたと思う。


「今日の昼のメニュー、知ってる?」

「お昼は、いつも」


どうだっただろう。オーランドは一層私を強く引き寄せた。


「一応ここは族長の館だからね。朝昼晩、そして一週間くらいは、毎日違うメニューが出ているはずだよ。マルが伝えてくれた料理だって出てるし。魔物肉の料理も増えたよ」

「そう、なんだ」


気が付いていなかった。


「マル、私は君の食いしん坊なところも好きなんだ。でも気が付いているかい」


オーランドは私の顔を両手でそっと挟んで目を覗き込んだ。


「君は今、何を見ても、何を食べても、何をしても、まるでガラスのような目をしている。何もその目に入っていないかのように」

「あ、マルは」


そうなのかもしれない。まるで子供のころに戻ったみたいに、世界は色をなくし色あせて見えていた。


「アーシュ……」

「やっと言ったね」


オーランドは私の顔から手を外すと、そっと抱きしめた。


「子羊の君たちに、それぞれやるべきことがあったのは聞いてる。けど、ずっと一緒にいたのに、そんなに急に離れられるものではないだろう」

「でも、マルたちはもう大人で」


とっくにそれぞれの道を歩き出しているべきだったのだ。いつでも前を向いて歩いているアーシュが、足を止めて振り返るとき、それはいつも私に手を差し出すときだった。


いつまでも私が一人で歩けなければ、アーシュは自分の道に進めないではないか。


「私か、アーシュかを選ばなければいけないわけではないんだよ」


オーランドが静かにそう言う。どちらかを選んだつもりはない。アーシュから離れるためにオーランドを選んだのでもない。


「まったく、君たちはどうしてみんな、そうも羽ばたきたがる」


オーランドはあきれたように天を仰ぐ。


「遠いメリダから来て、この大陸の隅から隅まで走り回って。だからこそ、普通の暮らしを思い描けないんだろうなあ、ねえ、マル」


なに? 私は声を出さずにオーランドを見る。


「ごく庶民ならさ、家族ってどうなる?」


難しいことを聞く。


「ウィルが家を継いで、きっとマルは近くに嫁ぐ。そして幼馴染のアーシュもきっと同じ町の同じような幼馴染に嫁ぐんだ。そしたら、結婚したって毎日のように会えるし、おしゃべりだってできるんだよ」

「でも」

「うん、現実にはみんな地位が高くて、遠くに住んでいて、気軽には行き来できない。けどさ、行き来できないって、誰が決めたの?」


誰が決めたのだろう。


「でも、マルはオーランドの婚約者で、オーランドだって族長の手伝いをちゃんとしてるのに、マルだけ何もしないわけにはいかないから」


そういうことだ。


「私はね、マル。自由な人を嫁にもらうんだってわかってる」

「オーランド」

「役に立つ人を好きになったんじゃない。いや、それは剣は強いし、料理上手だし、かわいいし」


オーランドはちょっと照れたように横を向いた。かわいいって言った? 


「でも、マル、君が君らしいところが好きなんだよ。自由がなくて、アーシュが恋しくて、大好きなお肉の味さえわからないようなつらい思いをしてほしいんじゃないんだ」


そうだ。誰かが私に、役にたてと言っただろうか。言っていない。お義母さまは、女子が剣を習えるように手伝ってねとは言ったが、無理をしろとは言っていない。


お義父さまも、実家だと思って好きなようにすればいいと言ってくれた。ただ私がやらなければならないことにこだわって、自分を閉じ込めていただけだったんだ。


「マル、当たり前だよ。ウィルもノールに行って、お父さんも帝国に商売に出ている今、ここには誰もマルの身近な人はいないじゃないか。自分を責めないで」

「でも」

「マルは『でも』なんていう人じゃないだろう。いつでも自分のやりたいことは決まっていたはずだよ」


そうだ。やりたいことはする。やりたくないことはしない。心のままに、そう生きて来たではないか。


「だから剣も弱くなっている」


それでか。私はうつむいた。強くなるための剣ではなく、義務としての剣になっていたから。


「ねえ、マル、だからさ、言ってごらん。今一番やりたいことは何?」


一番やりたいこと。言ってはいけないと抑えていたこと。


「アーシュに会いたい」


やっと言えた。


「あーあ、やっぱりか。ウィルが聞いたら情けない顔をするだろうなあ。会いたいのは俺だろって」


オーランドがはははっと笑った。オーランドとお兄ちゃんは仲良しなのだ。


「いいよ」

「なにが?」

「行っておいで。マリスに」

「マリス……アーシュのところに?」

「うん」


アーシュに会いに行く。


「今までのようにキリクの中に閉じこもってるだけではダメなんだ。これからは族長の一族もキリクの外に出なくちゃならない」


オーランドはまじめな顔をしてそう言うと、にかっと笑った。


「ってみんなを説得するからさ。マルは好きなように動くといい。そんなマルがよくて」


オーランドはまた横を向いた。


「嫁に来てほしいと思ったんだから」

「オーランド!」

「わっ」


思わず抱き着いたら勢い余ってソファに倒れこんでしまった。


「情熱的なマルもいいね」


余裕ぶっているけど、真っ赤で説得力がないから。


こうして私はアーシュのいるマリスに行くことになったのだった。


次は来週の土曜日に!明日は転生幼女の更新です。


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