アーシュ16歳9の月 それぞれの役割
「屋台を一緒に持ってきてもらう」
「屋台を?」
マルの言葉を、マッケニーさんはいぶかしげに繰り返した。
「魔物肉屋の料理人と、屋台。できれば店員も」
まだみんなわかっていない。マルは少しめんどくさそうに説明を始めた。
「アーシュががんばっているけど、それでも労働者用の宿泊施設が足りない。まず宿泊施設を用意したとして、世話をする人が足りない。特に料理がまずければ働く人は居つかない。そして何より」
マルはダンジョンのほうを見上げた。
「魔物肉の材料に困らず、消費を心配する必要もなくなる」
「なるほど」
帝国側が感心して頷いた。マルは今度はグレッグさんのほうを向いた。
「なんなら孤児院の冒険者見習いを連れてきてもいい」
「確かにダンジョンはあるが……」
「お兄ちゃんもマルも、狭間が開通するまではここで責任を持つ。アーシュも一緒」
マルは私を見た。私は力強くうなずいた。
「マルもお兄ちゃんも、そしてアーシュもメリルでは荷物持ちの子をしっかり育てていた。今まではそんな余裕がなかったけど、ここで狭間に立ち向かうなら、それもできる」
「お前たちが育ててくれるなら、それは本当にありがたいが、しかしアーシュはマルの言ってること、知ってたのか」
グレッグさんが私にそう尋ねた。
「いま初めて聞いたけど」
「おい!」
「でもいい考えだと思う。固定して狭間で作業する魔法師は私とウィル。ジュストさんとレイさん、それにセロとマルはダンジョン。ここから動けないのであれば、いろいろなことをやるべきだと思うから。全面的にマルに賛成」
「そうか、アーシュがそう言うなら」
アーシュがそう言うなら? マルがちょっと不服そうな顔をした。実績だよ、実績。
「で、ダンはどうする?」
アレクがそう聞いた。
「俺はマリスに行くつもりです」
「マリス? なぜだ?」
マリスはもともと私たちが行こうとしていた海辺の町だ。ここからなら実は、鉱山の町を経由して4日ほどでたどりつく。
「もう少し落ち着いたらと思っていましたが、事態が思ったより動いた。ニースで人を集めて、獣脂と石けん工場を立ち上げてきます」
「それは今すべきことか」
「ダンジョンからの魔物は資源だが、活用しなければゴミだ。魔物肉はマルの考えでよいとして、獣脂は余る。もともとマリスには二ーナの種油を仕入れて石けん工場を作るつもりだった。それが少し早くなっただけだ。というわけで、」
ダンはケナンに振り向いた。
「ケナンにも来てもらう」
「何でだ」
ケナンは急に自分に話が来て驚いている。
「領主の息子だろう。口利きだ」
「しかし」
自分は騎士で、騎士としてはダンジョンでこの若者たちについているべきで。混乱するケナンに、
「よい。行くがよい、ケナンよ。お前が優秀な騎士だということはわかっている。今はこの狭間の少しでも早い開通のために、できることをするのがよい」
ユスフ王子はそう許可を出した。
「私からも書状を書いておこう」
「ありがとうございます」
ダンは頭を下げた。ダンは流れにうまく乗ったけれど、獣脂を活用したからって狭間の開通が早くなるわけではない、ことに誰も気がついていないようだ。あきれる私に、ダンは口の端をちょっとだけ上げて見せた。
「ユスフ殿」
アレクが声をかけた。
「はい。王都に状況報告を。そしてまずは宿舎の建設。同時に工事の人足の確保。それがフィンダリアのすべきことです」
「そうだな。私はすぐに帝国に戻り報告の後、マルの言う通り、町の食を動かすものを連れてこよう」
方針が決まった。
「兵舎の兵はこれからダンジョンでも魔物討伐と共に、人員が整うまで魔法師殿と協力して少しでも狭間の岩を減らしておきます」
「本来の兵の仕事ではないが、よろしく頼む」
副官の言葉に、ユスフ王子はそうねぎらった。
「俺はダンジョンの様子を見たらすぐ帰るが、大丈夫だな、ウィル」
「任せてください」
グレッグさんの言葉に、アレクがいぶかしげに言った。
「グレッグは残るのでは?」
「ここのようすはちゃんと見て帰る。だがキリクとつながらない以上、俺のやるべきことは帝国国内での魔石の増産だ。今以上にギルドにてこ入れしなければならない。めんどくせえがな」
「すまない。視野が狭かったようだ。ありがたい」
コサル侯は、
「私は一旦、先行した国境隊と共に戻り、急ぎ宿舎建設の手配をします。少しでも早く進めておきますので」
という。マッケニーさんは、
「私は一旦帝都に戻り、病の患者にも魔石が行きわたるよう、また、魔石の再利用が進むように力を尽くす。しかし、お前たちの顔を見たいからまた来る」
と親バカな発言をして場を和ませていた。
「サラ」
「はい」
「フィンダリアを回って見聞を広めるどころではなくなった。ケネスから預かった大切な姪だ。帝都に戻って静かに過ごすか」
マッケニーさんはサラにそう話しかけた。
「いいえ、おじさま。サラは、いえ、私はここで仲間と共にがんばります。ここでは私は自分の意思でみんなのために働ける。大変かもしれないけれど、自由なの」
サラはウィルとマルを見た。
「それに、キリクに近いところで、キリクのために働きたい」
「そうか」
マッケニーさんは優しくほほ笑んだ。そして顔を上げて、
「ウィル、セロ、アーシュ、よろしく頼む」
と言った。マルは不服そうに、
「マルは?」
と言ったが、
「マルもよろしく頼む」
と言われてちょっとふくれていた。これではマルを頼むのかマルに頼むのかがわからないではないか。でもかわいい。
「アーシュ、マル、アズーレさんがちょっと大変そうなの。一緒に来てくれる?」
「わかった」
サラに呼ばれて私とマルは町に向かう。方針を決めた面々は、それぞれ数人ごとに分かれては今後の相談をしているようだ。私が振り返ってみた時、セロとウィル、そしてダンとアレクは、狭間の大岩を見上げながら何かを話しているところだった。
セロ。やるべきことが決まっていく中、何も言わなかった。ウィルもセロの名前を出すことを避けていたような気がする。
ほんの少し、ちりっと不安が胸を焼く。
「アーシュ」
サラの声に、立ちつくし、止まっていた足を動かす。そう、私にはやらなければならないことがある。さっきまでは自分のためだった。でも今は、やがて離れてしまうウィルとマル、そしてサラのためにがんばろう。それがいつか自分を支える道につながる。
セロもそうだよね、きっと。
もう一度振り返っても、もう草原にまぎれて、誰の姿も見えなくなっていた。




