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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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アーシュ16歳9の月 技師たち

「無理、とは」


あっさりと返されたコサル侯はあっけにとられたようにそれだけ口にした。


「少し上がってみましたが、見たところ何十mという距離ではない。下手をすると一㎞以上続いている。小さな岩はなんとかなるが、この」


そう言って目の前の大きな岩を叩いた。


「大きな岩一つを崩すのにも何週間かかるかわかりません。根気よくやって数年単位でしょう。その間自分たちの鉱山を放棄することはできない。少なくとも私たちの仕事ではない」


その人はコサル侯にこうも言った。


「キリクとの道が断たれた以上、私たちの鉱山がフィンダリア唯一の鉱山となる。それこそ、生産量は落とせないのではないですか」


フィンダリアにとってはそれは正論である。


「しかし、君たちの鉱山だけではフィンダリア全土の需要はしょせん賄えるものではない。いずれはキリクとの道を通さねばならぬのだ」


そこにマッケニーさんが静かに口を挟んだ。男は肩をすくめると、


「そうなんでしょうねえ。しかし、それは国が考えること。俺たち技師は、とりあえず鉱山をきちんと管理することが優先です」


男はまた岩を見上げた。


「それにこれは土木仕事です。やるなら人足を募ってやらせればいい。この岩も力づくで少しずつ削ればいいのだから。それより」


男はコサル侯を見た。


「ダンジョンという物が開いたと聞いたのですが、そこからは鉱石は取れるんですかね」


コサル侯はうろたえてウィルを見た。


「いえ。ダンジョンの壁に下手に手を出すと魔物が涌きます。メリダでは基本です」

「そうか、それなら見ても仕方ないか」


そういう男に、


「しかし壁面のサンプルだけでも採取できないか」


と別の男が言った。


「それはそうだな、君」

「ダンジョンの壁に意図的に攻撃を加えると、ダンジョンの魔物が増えます、ということですが」


ウィルは冷静に繰り返した。


「その前に、ダンジョンに入ったら魔物に攻撃されますよ」

「それは冒険者に守ってもらえばよい」

「そうだな」


ダンジョンという構造物に興味を持った技師たちは少し浮かれているようだった。


「隣町の技師でさえ、やって来るのに二週間以上かかる。隣の国のダンジョンからわざわざ冒険者が二週間以内に来ると思いますか」


ウィルに言われてやっと少し冷静になったようだ。もっとも皮肉には気がついていないようだけれど。


「それなら、我々にできることは何もないと思われます。では、今日の宿泊場所はどこでしょうか」

「お前たちは」


アレクが思わず口を出した。


「この町はついこの間までダンジョンからあふれた魔物で覆い尽くされていたのを知らないのか」


アレクの身なりの良さに少しためらったようだが、技師はこう反論した。


「だが今はいない、そうでしょう」

「話にならぬな」


あきれるアレクだったが、コサル侯は技師たちを叱責するより、この場から消えてもらうことを選んだようだ。私にすがるような目を向けた。


「アーシュ、どうにかなるか」

「今は雑魚寝部屋しか空いていないんですが」

「なんと、わざわざ領主様の要請で来てみれば雑魚寝部屋とは!」


男たちは本気で驚いていた。むしろ私が驚いた。この町が非常事態だって本当にわかっていないんだ。仕方ない。


「わかりました。セロ、ウィル?」

「「大丈夫だ」」


マルもサラもダンも頷いた。


「ではアズーレさんの宿屋に」


一泊してすぐに帰ってもらえばよい。その間私たちは、みんなで町長の使用人小屋に寝ればいいのだ。


「サラ、いい?」

「大丈夫よ」


サラは大丈夫、怒ったりしないからという合図をして、腹が立つだけの男たちをアズーレさんの宿まで連れて言った。ごめんね、アズーレさん。


「なんとも、我が国のみっともないところをお見せして」


コサル侯は吹き出してきた汗を一生懸命拭いている。


「しかし、技師たちの言うことも一理あるが」


またロイスが言いだした。


「ロイス! いい加減にしてくれ! 帝国もフィンダリアも関係ない若者たちが、何の損得もなくこうしてフィンダリアのために手を貸してくれているというのに、お前にしろ、技師たちにしろ、本当に情けない!」

「しかし、彼らにしろそれこそ無理に頼みこんだことではないですし」

「勝手にやったことだから感謝もしないということか! 恥を知れ!」


もうコサル侯は真っ赤になって怒っている。


「マッケニーに『民が飢える』と言われたことをなんと心得る。よしんば仮に、今フィンダリアになんの益もないからといって狭間をキリクのみに任せていたらどうなる。数年後にはキリクからも帝国からも背を向けられるのだぞ……」


そう言うと情けなさそうに天を仰ぎ、その場には何とも言えぬ沈黙が落ちた。


私だってできることには力を尽くすけれど、将来の利益のことも考えている。そこまで善人ではない。だから技師やロイスの話を聞いても、残念な人たちとは思うけれど、怒りまではない。冷たいようだけれど、だめな国なら、見捨ててもいい。


そんな冷たい気持ちで成り行きを眺めていたら、ウィルとマルが一歩前に出てきた。


「アレクセイ殿下、ユスフ殿下」


改まった物言いに、二人も姿勢を正した。特にマルは口数も多くないし、主にダンジョンに潜っていたので、神秘的なキリクの姫くらいにしか思われていなかった。それがこうして前に出て来たので、特にフィンダリア側は驚いた。


「改めて自己紹介いたします。私はマーガレット・マッケニー。そこのマッケニーの娘でもあり、キリクの世継ぎの子オーランドの婚約者でもあります」


知っていた人もいる。しかし、知らない人も多い中、その発言は衝撃をもたらした。


「私はウィリアム・マッケニー。同じくそこのマッケニーの長男であり、キリク北部、鍛冶の町ノールの次期領主でもあります」


マッケニーの息子だということはその容姿を見れば一目瞭然だが、次期領主とは。しかもノール。先ほどの技師の発言を思い出してコサル侯をはじめフィンダリア側は顔色をなくした。


「自分の国のことを思った発言をとがめたりはしません。しかし、先ほど父が言ったように、長引けば民が飢える。キリク側も必死に開通作業をしているはずです。こちら側からも、開通の作業を」

「心よりお願いいたします」


二人はそう言うと深く頭を下げた。


「なんと高潔な。身分を隠して民のために働くだけでなく、こうして頭まで下げられるとは」


ユスフ王子は二人のもとに歩み寄り、頭をそっと上げさせた。


「私の決断が遅かったせいで、このようなことまでさせてしまい申し訳ありません。ダンジョンという事態に浮足立って、役目をないがしろにしていた私をお許しください。これからフィンダリアは」


そうしてちらりとコサル侯を見、コサル侯はしっかりと頷いた。


「全力で開通作業に入ります」

「フィンダリア領地内とはいえ、我が国にもかかわること。帝国も力を尽くすと誓おう」


四人はしっかりと手を握り合った。これでやっと動き出す。崩落から三週間がたとうとしていた秋の日のことだった。







追記:うーん。なんで10月31日の夜にその日の朝の予約投稿ができるんだろう。できないから即時投稿になったのか……。6時にお待ちの方、今気づいたらうっかり早く投稿してたみたいです。また11月2日からちゃんと予約しますー。

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