アーシュ16歳9の月 集まる人たち
弟のような王子はなかなか手を離してはくれなかったが、コサル侯のこほんと言う咳払いにやっと手を離した。この隙に戻ろう。あとはケナンとコサル侯がなんとかするだろう。
「では私はサラと一緒に戻ります」
「待て! いや、お待ちください」
うるさいロイスが帰ろうとした私に声をかけた。一瞬前までへこんでいたくせに、なんだか目をキラキラさせている。
「なんですか」
「サラというのは、キリクの姫か」
「まあ、そうですけど」
「では帰る前にぜひ一目」
バカか。私は冷たい目で黙ってロイスを眺めた。それを見てケナンがロイスをひじ打ちしてくれた。
「いてっ。何をするのだケナン。私はただ」
まだ言うか。私は丁寧に、
「同じ町での滞在。いずれお会いすることもあるでしょう。今はまずゆっくりお休みください」
と言った。さ、帰ろう。その時、部屋の外でがやがやと人の気配がした。私はいつ戻れるのだろうか。トントン。
「ダースから緊急の使者にございます! コサル侯をお願いします」
私はドアを開けてあげた。ドアの外には兵舎の兵と、馬に乗って駆けて来たばかりと思われる兵が立っていた。
「おお、お前か、なんだ」
コサル侯は誰だかわかるようだ。
「それが、その」
兵は部屋をちらりと見た。
「ここにいる方はすべて大丈夫だ」
「は、それが、皆さまがダースを立った後、帝国から使者が参られて」
「おお、さっそく来てくださったか。しかしこの町のようすではそれほどの援助は必要なかったかもしれぬな」
コサル侯は嬉しそうに、少し困ったようにそう言った。
「それがその、その使者というのが」
「なんだ、早く言え」
使者は少し息を整えると大きな声で言った。
「こ、皇弟アレクセイ様と騎士団のみなさまです!」
「な、なんと!」
コサル侯も王子もさすがに驚いたようだ。アレクか。来たがるとは思っていた。でも一旦フィンダリアの王家に連絡して、許可をもらって盛大なお迎えをして、と、しばらくかかるかなと思っていたのだ。
「主の不在を理由にダースに留まってもらっていますが、すぐにもフーブに向かいたいようす、とにかくコサル様の判断を仰ぐために参りました!」
あらら。ギルド長だけでよかったのに。
「あの」
驚きで声の出ない面々を横目で見ながら、私は使者にこう尋ねた。
「ええと、帝国のギルド総長はご一緒でしたか?」
使者は答えていいかどうか一瞬迷い、コサル侯を見て頷いてもらうとこう答えた。
「はい、冒険者だという数人と、少人数でいらっしゃっており、皇弟アレクセイ様と共にお待ちです」
「よかった。これでダンジョンはなんとかなる」
私はほっとした。でもきっとめんどくせえとか言ってるな。
「あの、それと」
兵はまだ言い残していることがあったようだ。
「なんだ、まだあるのか?」
「はい。自分たちはいつも通っている商人だから許可はいらないと主張して、マッケニー商会の一行がすでにこちらに向かっております」
「マッケニー? それは仕方がない。狭間が閉じて一番困っているのがマッケニー商会であろうからな。ん? マッケニー?」
マッケニーさんは魔石の商売を一手に担っているから、あちこちの領主と顔見知りなのだ。コサル侯は一瞬考えて、私を見た。
「そうです。ウィルとマルのお父さんです」
「なるほど、そう言われてみると確かにウィルはそっくりだな……。キリクの名字は一族同じだから、親戚かとは思っていた。そう言えばマッケニーはメリダとも取引があったな。あれか、マッケニーの失われた子どもたち、そうか」
コサル侯は一人で納得している。
「父の名を使わず、一人で爵位を得たか。なるほど、確かに人を引き付けるだけのことはある」
そうつぶやいた後、ユスフ王子のほうに振り向いた。
「王都への連絡はいたしますが、往復でだいぶかかります。どうするかはユスフ様の判断で決めていただけると助かりますが」
そう言うと、
「うむ。私と帝国からの使者とが重なる可能性については話を聞いている。判断も任されてはいるが、最大限の便宜をはかるようにとのことであった。まさか皇弟自らいらっしゃるとは思いもしなかったが」
ユスフ王子は落ち着いて答えた。
「うわさ通りお体は回復したようだな。狭間の道が閉じて困るのは、フィンダリアよりむしろ帝国のほうであろう。すぐさま連絡してこちらに向かってもらうがよい」
「はっ。それでは兵舎に戻り、使者を立てましょう。アーシュ」
コサル侯は私に声をかけた。
「一緒に来てもらえるか。宿泊場所のことはアーシュに聞けと兵舎の副官に言われてな」
そう言って苦笑している。
「魔物を抑えるために来てもらっているのに、商品の流通から宿泊場所まで。もはや何にも驚かぬつもりだったが」
まあ、できる人がやればよいのだ。
「では、一緒に戻りましょう」
私はコサル侯と共に王子に挨拶して部屋を出た。ケナンは状況説明に残るのだそうだ。もともと王都の騎士隊にいたので、王子ともロイスとも親しいらしい。王子の目がケナンに期待して輝いている。意外なことに、ロイスもそうだ。やはりダンジョンや魔物について聞きたいのだろう。
セロたちが13、4歳のころはどうだっただろうか。王子のように無邪気に魔物の話や冒険に目を輝かせては……いなかったような気がする。いや、そんな気がするだけで、きっと無邪気だったのだろう、そうだろう。
「アーシュ、サラ、メイドのようなまねごとをさせてしまって、本当に申し訳なかった」
サラと合流して兵舎に戻る途中、コサル侯はすまなそうに頭を下げてくれた。
「領主の娘と言っても、要は雑用係です。キリクでは優雅にお茶を飲んでいる貴婦人なんていなかったもの。別にかまいません」
とサラはからりとそう言った。
「私も、肩書きは侯爵だけど領地があるわけでもなし、もともと宿屋の女将ですから。人のお世話は慣れていますよ。それにこんなこともあろうかと思って、町と兵舎のみんなでこの屋敷を整備していたのだから、まあ、役に立ってよかったかなと思います」
「お掃除して部屋を整えたかいがあったわね」
とサラもニッコリと頷いてくれた。
「それにしても、皇弟とは。非常事態と思いあちこちに声をかけたが、よく考えたらこの小さな町にそんなにたくさんの客人が来れるわけがないのだ。どうしたものか」
「アレクは騎士だし、野営の経験もあるはずですよ。帝国の騎士団は訓練の一環としてダンジョンにも入りますから、即戦力です。それにグレッグさんが来る」
「グレッグ?」
「ギルド総長です」
「ああ、前に聞いたな。メリダでギルド長の経験があるとか」
「一見優男風ですが、とても頼りになります」
そして何気ない顔で限界まで働かせるのだ、グレッグさんは。
「同じ屋敷内にどうかとは思いますが、町長の屋敷の左側の客室は空けてもらっています。王子のいた続き部屋と同じものがもう一つ、それに普通の客室を入れれば十数人は寝られます」
「そのくらいの人数で済めばよいが」
「グレッグさんと冒険者は、庭の小屋でもいいんじゃないかな。そうでなければアズーレさんのところでもいいかもしれない」
「アズーレ?」
「元宿屋です。私たちが泊まっているんですが、あと10人位ならなんとかなるんじゃないかな」
雑魚寝よりはだいぶよいだろう。
「他にはちゃんとした宿屋もありますし、マッケニー商会の人たちはそこがいいでしょう」
もっともウィルとマルと一緒がいいってきっと言うだろうけれど。
「本当に頼りになるな」
ほっとしてそう言うコサル侯に、私は力強く頷いたのだった。
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