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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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アーシュ16歳8の月 ダンジョン

次の日には、もうほとんど町には魔物はいなかった。兵が朝に町の魔物をチェックした後は、もう家の外に出てもなんの問題もなかった。


「俺たちは本当に魔物に閉じ込められていたのか……」


男は周りを見渡してつぶやいた。山が崩れたと思ったら魔物がやってきて、ここ数日窓の外の様子をうかがっては妻子を守ることしか考えていなかった。そうして呆然と立ちつくす男たちがいる一方、町の角では主婦たちが集まり語らい、子どもたちは走り回っている。店も普通に開いているし、兵舎の前に至っては、おいしそうな匂いのする屋台が二つも出ているではないか。しかも一つには角の肉屋のおやじがいる。


「さあ、最初はサービスだぜえ! 俺たちを閉じ込めた魔物の串焼きだ! 帝国のお貴族様も食べている高級食材が、今日はなんと、ただ、ただで食べられるんだぜ」


もう一人のおやじが大きい声で叫ぶ。魔物の肉だと! そんなもの食べられるかと思う男が屋台を見ると、あの若者たちは平然と、しかもうまそうに食べているではないか。あ、あれはアズーレのところのヒュレムじゃないか。子どもに魔物の肉なんて、うまいだって? 飛び跳ねるほどか、そうか。


そうだ、自分たちを苦しめた魔物だ。食べることでちょっとした憂さ晴らしになるかもしれない。うん。




そんな風に活気にあふれた町を出て、私たちは30人ほどの兵たちと共に国境の崩れた狭間の前にいる。国境の施設には誰もおらず、崩れた山肌からは魔物が少しずつ下りてくる。


「よし、ウィルとアーシュに遠距離から攻撃してもらいつつ、魔物が来た跡をたどるぞ!」


アラフ隊長の掛け声と共に、30人は横に広がり、魔物の見落としのないように慎重に山を登っていく。


そしてダンジョンはすぐにあらわれた。崩落して弱った地盤を避け、横側から登って少し平らになったところ、大きな岩がはがれおちたであろうそこに、ダンジョンの入口があった。


横幅が5メートル、高さが3メートルほどだろうか。離れたところから見てもぽっかりと空いている入口は薄暗く、魔物が戸惑いながらも一体一体涌き出ては、私たちに気づいて近寄って来る。


一段引っ込んで狭い広場のようになっているところなので、特に私やウィルが攻撃しなくても、普通の兵たちで戦えた。


「うーむ、こんなに近くにあったとは」


唸る隊長に、


「一か所だけだろうか」


とセロが返す。


「まさか、複数か!」

「まずないとは思います。だが、同じダンジョンの二か所に穴が開くことも考えられる。もう少し周りを見てみたい。それに」

「それに?」

「先に進めないか。山越えができればキリクと連絡が取れる。もっとも期待薄だけどな」


セロはちらりとウィルを眺めて言った。


「ダンジョンの魔物がこちら側にしか下りてこない。キリクに魔物が下りて行っていないとすると、すぐに山越えをしようとしたはず。それでもたどりついていないということは……」

「そういうことだ」


ウィルはしっかりと顔をあげている。とりあえず、ダンジョンならセロの出番だ。セロが隊長に話しかける。


「まずはダンジョンが先だ。アラフ隊長、ダンジョンの経験は」

「ない」

「では説明します。正規のダンジョンは入口が整備されていて、中に入ると迷路のようになっている。そこに自然に魔物が発生する」

「自然にか」

「スライムなど、壁からにじむように現れますよ。発生する魔物は一定でも、冒険者は下層にはなかなか行かないので、下層で増えた魔物は上にあがって来る。それで結構な量の魔物が毎日出るというわけです」

「ううむ」

「そして一年に一ヶ月ほど、いつもより多く魔物が発生する月がある。それが『涌き』です。メリダではそうだったが、帝国のダンジョンはあまりそれがなかった。したがってこのダンジョンもそれがない可能性が高い」

「ふうむ」


セロは兵のみんなにも聞こえるように説明する。


「このように自然に開いたダンジョンは初めて見たので何とも言えないが、普通のダンジョンは人工物かというように道が平らで、どこにも灯りがないのにいつも薄明るい。しかも下の階に下りる階段がある」


ほお、と感心する声が上がった。


「そして不思議なことに、何階かごとに、魔物が絶対入って来ない安全地帯があるんだ」

「なるほど」

「だから、ダンジョンを探索するとしたら、その魔物の寄らない安全地帯を探しながら地図を作っていくことから始めるべきだと思う」

「ううむ」


アラフ隊長は腕を組んで考えている。


「とりあえずの危機は去ったが、王都から救援本体が来る前にどれだけ手を付けていてよいものか」

「俺は単純にやりたい」


悩む隊長に、セロははっきりとそう言った。


「冒険者として、開いたばかりのダンジョンに立ち会う機会なんてそうない。もちろん、ここはフィンダリアのダンジョンだ。俺が入りたいからって入れるもんじゃない」


セロはアラフ隊長を含め、兵を見渡した。


「危険もある。でも、わくわくしないか」


兵の目の色が変わった。みんなもアラフ隊長のほうを見てそわそわしている。


「まあ、入らなければ入らないで何をやっていたのかと言われないとも限らんしなあ。中央の考えることは想像もつかん」


隊長はそうぼやいた後、


「まあ、先行隊として、ちょっとくらい調査したほうがよかろう」


と言った。そうこなくちゃ!


「しかし、やはりいきなり入るのは危険だと思われます」


真面目そうな兵がそう言った。それにウィルがこう答えた。


「じゃ、俺たちがちょっと露払いしますから。な。アーシュ」

「ん? ああ、あれ?」

「あれなら弱い魔物は一掃できるだろ」

「一階程度ならね。行きますか」


私とウィルは隊長に許可を求めた。隊長は何をやるのかと目をきらめかせている。


私とウィルはおもむろにダンジョンの入り口の正面に立った。兵たちも後ろに立ち、こわごわとダンジョンの中をのぞいている。確かに、普通のダンジョンと同じように、ダンジョンの中は薄明るく、中の魔物が一斉にこちらを振り向いたのまでよく見えた。


「ひっ」


誰かのおびえた声がする。大丈夫、慣れるから。ウィルが私に合図した。私は頷く。


「炎の壁、最大!」

「風よ、吹き荒れろ!」


ウィルの出した炎は私の風に巻かれて洞窟内を暴れ回った。残ったものは? 魔石だけだ。


「すげ……」

「なんと……」

「これが、魔法……」


あっけにとられる兵のつぶやきが聞こえる。


「なんとまあ、お前たち、今までの魔法は児戯のようなものか」


アラフ隊長があきれたように言った。ああ、すっきりした。晴れやかな私たちを見て、


「これがメリダの魔法師。確かに、納得した」


隊長と共にみんな頷いた。怖い? 私は晴れやかな顔のままみんなを見渡す。そこには驚きはあっても、もうおびえや怖さはない。


そうだ。一旦味方につけたら、魔法師ほど頼りになるものはいないんだから。


「じゃあ、行くか」


真打は後から登場だ。まっさらのダンジョンだ。新しい雪の朝に踏み出すように、セロとマルが一歩めを刻んだ。




「この手の中を、守りたい」1、2巻、電子書籍版1巻、発売中!


子羊にも聖女にも飽きたなら、なんと完結済み!「スライム倒して(300年じゃないよ)狩人の国でのんびり暮らす、ショウとファルコの物語」を読んでまったりするのはいかがでしょう。題名は『毒にも薬にもならないから転生した話』

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