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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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アーシュ16歳8の月 肉屋のおじさん

午後も半ばを過ぎてからだったが、ダースからの兵はさっそく町や草原に繰り出し、子羊の指導のもとあっという間に魔物を倒していく。見張りの人数の多さに、数時間だけだが町の人も外を自由に歩き回ることができた。


町長はいないが、相談役はいる。カッセさんをはじめ、通りのまとまりごとに五人ほどの相談役がいて、この人たちが町のあれやこれやを動かしているのだという。ダンとサラとダースの町の商人はとても歓迎された。


しかし、肉屋は驚きを持って迎え入れられた。


「あれを食べるだって?」

「まさか」


と大騒ぎだ。


「食料なんかを運んできたとはいえ、しばらくこの町に来る商人もいないだろう。魔物が食べられたら、だいぶ食料が助かるぜえ」


肉屋のおじさんはさっそく解体したいようだ。しかし、町の肉屋は疑わしそうだ。


「待て待て、そもそも魔物だぞ? このフーブの町のやつらが食べたがるとはとても思えん」

「帝国では高級食材で、お貴族様の食べ物だそうだぞ」

「それはほんとか?」


肉屋の話に、やはり半信半疑だ。ダンはそれを見ていて、荷物から干し肉を取りだした。


「これ、魔物の干し肉なんですけど、食べてみます?」

「俺は食べてみるぞ! 仕入れてみたくても帝国からの輸入じゃあ高くて手が出ねえ。ここに来たら解体し放題、食べ放題って言うから来てみたのさあ」


肉屋のおじさんは薄切りにした干し肉を口に入れてみた。周りの町人たちは固唾をのんでそれを見つめる。実際、この何日か家にある食料でしのいできたのだ。魔物とわかっていてもそれはおいしそうだった。目をつぶったままうっとりともぐもぐかみしめるおじさんに、


「なあ、どうなんだ」


と町の人が感想をせかす。


「うーん……。干し肉なのにかみしめると濃厚な肉汁が口いっぱいに広がって、それはまるで牛のような香ばしさでもあり豚のような味わい深さでもありそのどれとも違ううまみも」

「もういい! 俺たちにも味見させてくれ!」

「俺もだ!」


ダンの用意した干し肉はあっという間に町人の口に収まった。


「うまい……」

「これは……」


ダンはくすくすと笑うと、


「新鮮な肉はもっとくせがなくておいしいですよ。ハーブで味を付けて串焼きにして遠火であぶると本当にうまいんだな、これが」


と言った。町人は思わず唾を飲み込んだ。


「おじさん、今晩アーシュとマルと解体してみますか? そしたら明日から売り出せますよ」

「だがなあ、嬢ちゃんたち疲れてるんじゃないのか? 昼だって魔物を倒してさあ」

「串焼きが食べられるって言えば、マルは絶対断りませんよ。魔物を倒すくらい、アーシュたちにとっちゃ大した手間でもないし」


小さいころからダンジョンに行って夜は宿屋で働いていたのだ。


「ならお願いしたいがな。だが解体する場所はどうするか」


ちょっと考えるおじさんに、町の肉屋が声をかけた。


「俺の家に来いよ」

「いいのか、いやだったんじゃねえのか」

「一回食っちまったらな、認めざるをえねえ。魔物だって、ただ捨てられるより食われたほうが往生できるだろうよ」

「わかってやがる」


二人はがっしりと握手した。町の人が食べるかどうかは、まあ徐々にと言ったところだろうが、とにかく肉屋のおじさんを連れてきてよかったと思うダンだった。


「ドーナツは出せないかしら」


今まで静かに荷物の仕分けを手伝っていたサラがそう言いだした。


「ドーナツは必要なものってわけじゃないからなあ」


首をひねるダンに、


「でも、魔物の油の取り方もアーシュから教わって知ってるし、材料もたくさん持ってきたし、そんなに贅沢なものでもないわよ。クッキーでもいいんだけれど、魔物の油がとれるならドーナツのほうが楽だしね。どうもダンは甘い物の必要性をわかっていないと思うの」


とサラは主張する。


「サラには、肉屋のおじさんと一緒に魔物の肉の料理をしてほしかったんだけどな」

「もちろん、やるわよ。キリクにだって魔物料理はたくさんあるし、帝都の町でメリダ風の料理も覚えたしね。でもドーナツも」

「わかったよ」


ダンはちょっとため息をついた。ドーナツってそんなに大事かな。ここ何日かサラと一緒に過ごして、おとなしいだけだと思っていたサラの有能さと頑固さに否応なしに気づいたダンだった。


「案外意見を通すよね、サラって。ウィルはサラのそういうところ、知ってるのかな」

「知ってるわよ? そこがいいところだって言ってくれたもの」


サラはにこにこしている。


「確かにな。ウィルはそんなに小さい男じゃないか。いいよ、好きにやりなよ。油はいずれ大がかりにやることを考えておいてくれよ」

「わかってる」


いずれダンジョンが落ち着けば獣脂の利用も考えられるだろう。しかし、工場を建てようとしても、ここの町は人が少なすぎて働く人を確保できないんだよな。それならば、植物の油も利用しやすい町に拠点を作って、ここからの獣脂もそこに運ぶ経路をつくれば、安い石けんと高級石けんと両方生産できる。だとすればどこの町にするか。


「ダン」


やはり海辺のマリスか。


「ダン」


それともいっそのことダースなら帝国にも近い……。


「ダン!」

「え、ああ、なんだ?」

「何だじゃないよ、三回も呼んだんだよ」

「ごめん、アーシュ」


いつの間にかアーシュたちが草原から戻ってきていた。頭をかくダンに、セロが笑ってこう言った。


「そういうとこ、アーシュと双子みたいなんだよな」

「「ええ?」」


そろってセロを振り向く二人を見て、セロはくっくっと笑った。


「だって商売のこと考えてたんだろ?」


そう言うセロに、違うとは言えないダンだった。


「別にいいだろ、ほめてるんだからさ」

「アーシュと一緒ってとこか?」

「そう、ま、見た目にはぼんやりしているようにしか見えないんだけどな」

「ひどくない?」

「ひどくないか?」


また声がそろった。ダンとアーシュは目を合わせて、肩をすくめた。


「仕方ないよな」

「仕方ないよね」

「「だてに子羊商会をやってるんじゃないんだから」」


そう声を合わせると、ダンとアーシュは、


「でさ、ダンジョンが落ち着いたら、獣脂の生産を考えようぜ」

「そうだね、でもこの町500人くらいしかいないんだよ。人手が足りないんじゃないかな」

「だからさ、考えたんだけど、やっぱり海辺のマリスの町でさ」

「あー、植物の油もか」

「そうそう」


と話し始めた。


結局こうなるんだよ、とセロは二人を眺めた。隣ではウィルとマルがサラと肉屋の伯父さんと真剣に話をしている。


どこに行ったって、俺たちは子羊なんだ。


じゃあ俺はどうするんだ、とセロは空を眺めた。不思議と焦りはもう感じなかった。やるべきことがそこに待っているような予感に、少しだけ胸が締め付けられるような気がした。


『この手の中を、守りたい』1、2巻と電子書籍版1巻も発売中。子羊に飽きたら25歳が主人公のコメディ、いや、恋愛ジャンルの「聖女二人ぶらり異世界旅」もいいかもね?

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