アーシュ16歳8の月 それが子羊
立ちあがったウィルはてきぱきと話を始めた。
「はい、まず町の魔物を倒しながら国境側の入り口に兵を集めます。そこから、三つに兵を分ける。一つは町を巡回し、残りの魔物を倒す。一つは入り口で町に魔物が入って来ないように見張る。残りは国境に向かいながら草原の魔物を倒し、なおかつダンジョンを見つける」
ウィルはみんなを見渡しながら、
「ダンジョンを見つけたら、ダンジョンの入口に兵を常駐させ、出てきた魔物をその場で倒す。できればダンジョンの一階程度は探索して、倒した魔物を解体して戻せるようにしておきたい」
「当座はそれでいいとして、その後どうするか……」
アラフ隊長はウィルの計画をそのまま受け入れるようで、その先のことを悩んでいる。
「隊長、聞いていますか、俺たちが帝国に、ギルド総長の派遣を要請した話を」
ウィルがそう声をかけた。
「む、そのように聞いてはいるが、本当に来るのか。来たとしてどうにかなるのか」
隊長は首をかしげた。そう、ギルドの仕組みがよくわかっていないのだ。
「まずダースで足止めされなければいいが……」
ウィルは一瞬遠くを見るような目をしたが、続けてこう言った。
「ギルド総長は私たちの知り合いです。メリダでもギルド長をやっていたタフな人です。ギルドやダンジョンの仕組みは専門家のほうがいい。あ、やばい、娘が生まれたばかりなのにって怒られるよ……」
ウィルはちょっと困ったような顔をして頭をかいた。
「まあ、仕方ない。冒険者を連れてきてもらうように言ってあるので、ギルド総長が来たら探索が一気に進み、ダンジョンの特徴が明らかになるでしょう。それまではダンジョンには深入りしないほうがいい」
そう言うとウィルは腰をおろした。
「俺に考えられるのは、魔物のことまで。狭間の岩をどうするかはフィンダリアしだいなんですが、どうなりそうですか」
「ダース侯が、この山沿いに西に行ったところにある鉱山の町に、採掘の技術者を送るよう要請を出していた。私たちが出てくる前に使者を出していたので、急げば数日後には専門家が来てくれるはずだ」
「ならよかった。さすがに俺たちも岩のことはわからないからな」
大まかな方針はたった。
「ちょっといいですかね」
そこでダンが立ちあがった。
「キリク方面から物が流れてこない、また、この何日か町が動いていない状況ですよね。そして新たに兵が50人やってきて、町の物資はどうなっていますか」
「物資……」
副官二人が遠い目をした。そんなことまで考えている余裕はなかったのだ。が、立ち直った。
「兵舎にも50人を泊めるのでさえ正直難しい。兵舎の中の広場にも天幕を張ってもらうことになるだろう。それに食料も閉じこもっている間にだいぶ減っている。町もおそらく同じだ」
そう言う副官にダンは安心させるように頷いてみせた。
「予想どおりです。アラフ隊長」
ダンは隊長に声をかけた。
「もちろん、兵の分は食料などは持ってきているぞ。」
ダンの言葉に、隊長は鷹揚に答えた。副官は、
「ありがたい」
と息をついた。ダンはさらに続けた。
「私は子羊の物資担当として、ダースの町の商人と、それから兵舎の近くの肉屋を連れてきました。つまり、大がかりな行商の準備はできています。早めに町の安全を確保してもらえれば、適正な物資の分配を行い、通常の商売を再開してもらう予定です」
「君は、いや君もこの若者たちの仲間なのか」
そう尋ねる副官に、ダンはにこっと笑った。
「もちろんです」
心なしか胸を張るダンに、マルが尋ねた。
「ダン、あの肉屋のおじさんを連れて来たの?」
「そうだ、マル、あのおじさんだ」
「よし!」
意気込むマルだった。私は生ぬるい目でマルを見てしまった。
「串焼きのおじさんか……」
「違う、アーシュ、いや、違わないけど、違う」
「どっちだ」
珍しくマルがちょっと焦っている。
「肉屋のおじさんとは、魔物肉の話をしていて、いつか魔物肉の調理もしてみたいもんだって、そう言ってくれてたから」
「解体要員として来てくれたんだ!」
「そして串焼き出してくれる!」
「やっぱり!」
「あ!」
ついに本音を漏らしたマルに、少しその場がなごんだ。
「どうせアーシュたちのことだから、魔物を倒すだけ倒して始末に困っていると思ったんだよ」
ダンがそう言って笑った。
「予備の収納バッグもたくさん持ってきている。とりあえず、外の魔物を入れておく分くらいはあるだろう」
「助かるよ」
魔物を積み上げてすっきりしたけれど、それで気味悪がられた因縁の魔物山だ。早くなくすに限る。
「そうだ、空き家や集会所のような広くて使える場所はありますか?」
今度は私の番だ。副官二人はお互いを見やると、腕を組んで首をかしげた。
「空家と言えば、町長の家が空家だが、誰が管理しているのだったか」
「町長の家が空家?」
おうむ返ししてしまった私に、副官は頷いた。
「そうだ。十何年か前だろうか、当時の町長が子どもがなく、亡くなった後、遠い親戚も誰も辺境には来ずに空家になっていたと思う」
「今の町長は誰なんですか?」
「町長はいない」
「いない?」
「500人程度の町だ。もめ事のある町でも、利益のある町でもない。自分が、という者もおらず、守備隊隊長が兼務していたのだ。だから、まあ、隊長が町長代理だとも言える」
それは当てにならないね。
「落ち着いたらそこを貸してもらえないでしょうか」
「だいぶ荒れていると思うが」
「少なくとも、冬に向けてこれから野営は厳しくなるでしょう。テントに雑魚寝なら、まだ建物の中で雑魚寝するほうがましだと思うの。建物を見せてもらわなければならないけれど、うまくいけば宿泊所にできるかもしれない」
「宿泊所、とは……」
戸惑う副官に、
「だって、フィンダリアと帝国に応援を要請していたでしょう。帝国からは確実ではないけれど、フィンダリアの王都からは確実に兵が来る。それに西の町からの職人も来る。少なくとも、泊まれる場所を確保しておいて損はないと思う」
と言った。
「それは、なんとも、確かにそうなのだが」
「アーシュよ、予算はどのくらいかかる」
戸惑いを隠せない副官の代わりに、隊長がそう聞いた。
「建物の状態によりますが、建物を買ったり建てたりするほどはかかりません」
「コサル侯から便宜を図るように言われている。予算は出すので、泊まれるようにしてもらえるとありがたい」
「はい、では魔物のほうが落ち着いたらすぐに取りかかります」
「さて」
アラフ隊長はニヤリとした。
「先行隊の価値をわかってもらえたかな」
「はい、もう正直腹がふくれて入らないほどです」
副官二人は苦笑するしかなかった。
「では本格的な作戦は明日からということで、今日は腕試しに、少し魔物をやってくるか」
「いいですね」
アラフ隊長は立ち上がった。
もし、魔物の発生がダースの側だったら、兵は全員飛び出して行っただろう。同じ国境のはずなのに、こうも違う。この調子なら、おそらく明日で魔物の脅威はなくなるだろう。
そしておそらく、狭間を開通させるという長い戦いが始まるのだ。
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