アーシュ16歳8の月 草原の日暮れに
和やかなお昼休みもすぐ終わり、午後からはまた二手に分かれて町の人の水汲みの確保だ。
「その前にっと」
もう魔物がだいぶ少なくなった広場に、私とセロは午前分の魔物を置きに行った。
「おい、やめろ!」
って聞こえないし。二人でくすくす笑いながら魔物を積み上げ、さっと戻ってきた。しかしふと思った。魔物に慣れ過ぎていてわからなかったが、もし普通の女の子が魔物を積み上げながらくすくす笑っていたらどう思う?
確かに怖いというか、不気味というか。
「よし」
と決意した私にセロがけげんそうに言った。
「なんだ?」
「少なくとも魔物を倒したり置いたりしながら笑うのはやめよう」
「何のことだ?」
「これで怖いとはもう言われなくなるよ、きっと」
「その程度で怖いとか言ってるやつらなんか気にするなよ」
「うーん、でもね」
気になるよね、やっぱり。
「……問題は笑うか笑わないかじゃないんだよな……」
「なに?」
「い、いや、さ、急ごうぜ。……婚約したって虫は寄って来るんだからな、まったく。怖いくらいでいいのに」
「うん?」
何かセロがぶつぶつ言っているが、なんだろ。まあ、正直なところ、できれば数日中には魔物をかばんに入れ直してダンジョンに置きに行きたいところなのだ。フィンダリアでもキリクのそばのここら辺りは涼しいが、夏の気温は恐ろしい結果を招く。魔物の数はだいぶ減った。明日には国境まで行けるだろうか。
午前でリズムがつかめた私たちは、魔物を減らしながらどんどんと町の人に声をかけて行く。夕方には町にはほとんど魔物はいなくなり、町の人たちの安否も確認された。しかし、夜の間に魔物は増える。町の外のようすはどうなっているだろうか。
私たちは10人の兵と共に、町を一歩踏み出し、国境までを眺めた。国境から町まで一本の街道がまっすぐに続き、両側には草原が広がる。見晴らしのいいそこからは、完全に岩と土砂で埋まった狭間がはっきりと見えた。
そして、削れた岩肌を回りこむように、あるいは積みあがった岩を乗り越えて、一体、また一体と魔物が下りてくる。国境から少し入ったところ。おそらく、そう遠くない所にダンジョンがあるようだ。
もちろん、草原の魔物はすべて町のほうに歩いている。数にすれば広い草原にたった百数十体ほどだろう。
「ま、明日には楽になるんじゃねえか」
「今日も少し減らしとくか?
「草原は回収が大変だねえ」
などとのんきに言っている私たちの横で、兵たちはおびえた顔で立ちすくんでいる。昼に散々魔物を倒してきたはずなのに。
「魔物は倒せるってわかったでしょう。あんなにたくさんいても、いっせいに襲いかかって来ない分、ダンジョンより楽なくらいだよ。それでも怖いの?」
私は思わず聞いてしまった。
「怖いさ!」
若い兵がすぐに答えた。
「むしろあれを見て何で怖くない? 見たこともない魔物が、全部町を目指してる。倒せるだろうって言われたって、ドアの中には入らないから大丈夫って言われたって、怖いものは怖いんだよ!」
あ、スライムだ。パシュン。叫んでいる兵の横でスライムに魔法を放つ。
「そうして顔色も変えずに平然と魔物を倒すあんたらも、魔法も。何もかも怖いんだよ……」
声が小さくなった。そうか、そうだよね。慣れ過ぎていてわからなかった。私だって、前の世界で、ゾンビがあちこちから迫ってきたら怖かっただろう。家の中に身をひそめていただろうな。
でも今私は、隠れる側ではない。倒す側だ。そう、なんだっけ、映画で見たあの、たくましい女の人のように。映画? そう、なつかしい。たくましい?
「16歳なのに、私」
「アーシュ?」
「怖がりもせず、平気で魔物を倒す、魔法師か」
そうつぶやいた私を、みんなが心配そうに見つめた。怖いと言った兵は、気まずそうに下を向いている。
「いいじゃない」
「アーシュ?」
「かっこいいじゃない、私!」
怖いと思われたからなんだというのだ。家に閉じこもっておびえているより、外に出て魔物を倒せる力があるほうがかっこいいではないか!
「もう、怖くてもいいよ」
私は思いっきり笑顔を浮かべた。八歳のころから鍛え上げたこの力を、全力で出せばいい。
「やるか、アーシュ」
ウィルがニヤリとした。
「それでこそ俺のアーシュ」
とセロ。もういいから。
「いつだって構わない」
とマル。
「さ、日暮れまでもうひと働きしますかね!」
私は笑顔のまま兵の方に振り向いた。
「怖かったら見てたらいいよ」
ケナンが無言でずいっと前に出た。兵はまだ戸惑っている。
「さ、いくぞ」
「「「「おう」」」」
ウィルの声に、私たちは一斉に駆け出した。
「なんて女だよ……」
ポツンとつぶやきが落ちた。
「ま、女神だな」
「かわいいしな」
「可憐だしな」
若い兵ははっと顔をあげた。
「俺たちは嫌われたくないからな。さ、やつらがやっつけちゃうけど、残った魔物を丁寧に倒していこう」
「そのくらいならできるな」
残りの兵も前に踏み出した。
「俺は!」
顔をあげる兵に、
「お前は一人で悩んでろ」
「その間に、俺はアーシュちゃんの好感度をあげるからな」
「俺はマルちゃん派だな」
「ライバルは少ないほうがいい」
「俺は嫁がいるけどな」
「俺もセロとやらに対抗する気力はないな」
みんなはそう口々に言って朗らかに笑った。
「怖くないのか……」
「怖いさ」
年かさの兵が答えた。
「でも、俺たちが守る町だ」
その目にもう怯えはかけらもない。別の兵も、
「俺たちもかっこよくなろうぜ」
と言って笑った。無我夢中で剣を振るっている間は怖くなかった。でも、草原に広がる魔物を見たら急に怖くなったのだ。若い兵は自分の腿をばん、ばんと叩いた。
「動け、動け、俺! かっこ悪い自分なんかいやだ。俺も戦うんだ!」
それを後ろから誰かが押した。ほら、一歩踏み出せた。一歩踏み出せたら、もう大丈夫。
「さあ、俺たちも行くぞ!」
夕暮れの草原に向かって走り出す。町の入口に残っている兵は誰もいなかった。
10月12日2巻発売記念更新。
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