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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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アーシュ16歳8の月 兵の話

まず、短期集中で鍛えた国境の兵たちを二つに分け、相談役のカッセさんの他、隣の通りに親しい人がいる人を募り、その二班に分ける。それに体力のある若者が加わり、井戸の水汲みを効率的に行う。私たちも二班に分かれ、通りを二つずつ抑えて行く。


そうしている間に、魔物の数もどんどん少なくなってくる。


「よし、いったん休憩です!」


ウィルの声と共にそれぞれの家に戻ってもらう。午後からはドアが三回叩かれたら外に出るということで、まずは休憩だ。10人の兵は兵舎には戻れないので、一緒にアズーレさんの家に来てもらった。アズーレさんは宿屋時代の大きな鍋にたくさんスープを作ってくれていた。


「アズーレさん、すまない、兵舎を出ることしか考えず、食料を使わせてしまって」

「この方たちが用意してくれたものですから。私は何も」


兵たちは目を見開くと、改めて私たちに頭を下げてくれた。ちょっと照れくさい。


ドアを開けてみれば小さい国境の町、誰もかれもが知り合いだった。みんなが魔物という初めての事態にどうしていいかわからない中、方向さえ示せばあっという間に物事は動いた。


特に兵舎に近いところに住んでいるアズーレさんとヒュレムは、兵舎でも気にかけてくれる人も多かったのだろう。ヒュレムは知り合いらしい兵士と笑みを浮かべながら話をしている。兵士でも年かさの者が、私たちに遠慮がちに話しかけて来た。


「とにかく君たちに協力して町の人を助けなければと思って飛び出してきたが、正直なところ、君たちはいったい、つまり、なんなんだ?」

「ダースのコサル侯から正式に派遣された冒険者なんですが」


ウィルが苦笑しながら、何度言ったかわからない言葉を繰り返した。


「しかし、君とその子はキリクの人だろう。キリクには冒険者はいないはずだが」


さすがキリクとの国境だ。ウィルたちの容姿にはなじみがあるようだ。


「父親がキリクの人なんだ。でも、メリダで育ったから、冒険者なのさ」

「メリダ……剣と魔法の……」


フィンダリアではメリダは帝国よりいっそうおとぎ話の国なのかな。この反応、二回目だ。


「だから魔物の倒し方を知っているのか。それに、魔法も」


その人は私のほうを見て、


「こんな可憐な人も冒険者なのか」


とつぶやいた。ちょっと嬉しい。


「A級の冒険者だ」

「そして俺の婚約者だ」


ウィルの言葉に、セロが重ねた。いちいち言わなくてもいいのに。だけど、


「可憐でも怖くて手は出せねえよ」


そう言った誰かはちょっと許せない。怖いなんて言われたことなかったのに、ちょっとショックだ。もっともその一言で和やかになったので文句は言えなかった。


「それより、兵なら町の人よりは状況をつかんでいるはずです。どんな状況ですか」

「わかる範囲でだが」


その兵は説明してくれた。国境の管理は、狭間を出たすぐにあるキリク側で主に行われる。そこから少し離れたところに町があり、兵舎は町を守るようにある。兵は国境に交代で詰める。だから町を塀で囲んだりすることもなく、この国境の町フーブはごく普通の町として草原にある。


「あの日急に激しい地鳴りがして、ドーンという音と共にこちらから見て狭間の左側の山が崩れたんだ。ものすごい砂ぼこりでしばらく国境の様子もわからなかった」


右側のほうの山は高い山脈となり、フィンダリアから帝国に続き、そのまま北に曲がって帝国の北部まで途切れずに続く。その山沿いにダンジョンがある。しかし、左側の山脈には一個もダンジョンはなかったはずだ。


「そうしてやっとほこりが収まって国境に駆け付けた時は、もう狭間には大きい岩がいくつも崩れていて、道が完全にふさがれていたんだ。幸い、国境の建物そのものは壊れてはいなかった。しかし、その崩れた山肌を伝わるように、見たこともない生き物がゆっくり下りて来たんだ。次々とな」


兵は続けた。


「今なら、ただ剣を振ればいいとわかっている。しかし、人のような姿なのに唸り声しか上げず、しかも襲いかかって来る生きものにまず恐怖が先に立った。立ち向かう物は誰もおらず、国境は放棄され、皆町に逃げ戻った。魔物が来ないうちにと、せめて町の者に魔物を指し示し、助けが来るまで家を出ないようにと指示するので精いっぱいだった。それからは悪夢だった。魔物はどんどん増え、囲いのない町中を平気でうろつく。人の気配を好むようで、次々と町に集まって来るんだ」


そう、魔物は人に近寄って来るのだ。まるで退治されたいかのように。ウィルが一番気になっていることを聞いた。


「キリク側との連絡は」

「まったくとれていない」

「崩落の範囲は」

「見当もつかない。背よりずっと高い岩がごろごろと転がっているんだ。どうやってそれを取り除くのかもわからない」

「国境以外に抜け道は?」

「両側の山は険しい。狭間の道でさえあまり通るものはいないのに、抜け道を作る必要がどこにある。聞いたこともない」

「キリク側は無事だろうか……」

「少なくとも、魔物が出ても対処はできるだろうさ」

「確かにな」


ウィルは少し安心したようだった。


「隊長はダースからの大がかりな救援が来るまでは静観したほうがいいと判断しているようだ。すまない」


聞いてみれば、ともかく町の人を外に出さないようにしただけでもましなのかもしれない。


「でも明るい話題もあったな」


とウィルは言った。


「明るい? どこがだ」


いぶかしげな兵に、セロが、


「魔物がダンジョンから出てきているのなら、ダンジョンの入り口を抑えさえすれば魔物は一体も外には出てこないってことさ」


と答えた。


「そんな簡単なことなのか」


と聞く兵に、セロは、


「入口が一か所なら、そして兵がたくさんいればできることだ。帝国だってキリクだってダンジョンをうまく利用しているんだからな。フィンダリアができないことはないだろう」


と答えた。


「あんたたちがいると、何もかもが簡単に思えるよ」

「魔物に関してはな。こんな事態、すぐ落ち着くさ。しかし問題は岩なんだ」

「岩?」

「この狭間を開通しない限り、魔石の流通が滞る。お互い穀物もやり取りしていただろう」

「しかしな」

「しかし?」

「それは兵の考えるべきことじゃないだろう」

「だってよ、アーシュ」


え、何で私に振るの?


「今考えていたことを話してみろよ。ぼんやりしてただろ」


ぼんやりって、失礼な。


「私はただ、岩を崩して取り除くのに、人数がどのくらい必要か、そのための宿泊施設はどうするのか、三食の確保はどうしようか、って考えてただけだけど」

「は?」

「は、って、だって、アズーレさんのところに間借りするとして20人ほど? 他の宿屋を利用するとしても、圧倒的に足りないよね。新しく建物を建てるか、キリクのテントを使うか、うーん」


私は考え込んでしまった。小さな町だ。時々旅人が泊まって休む程度の。何かできないだろうか。何か。


「マルは帝都から魔物料理屋を引っ張って来たい」

「マル?」

「それに朝御飯の屋台。帝都で建物の工事に派遣していたやつ。あれがあると、朝ご飯はなんとかなるはず」

「確かに、魔物肉はもったいないよね。帝都に手紙を出そうか」

「そろそろ止まれ、アーシュ、マル」


ウィルが遮った。


「もう、話せって言ったのウィルなのに」

「すまん。ちょっと刺激が強すぎたようだ」


アズーレさんをはじめ、兵たちがあっけにとられたようにこちらを眺めていた。


「怖い……」


って、今度は誰が言った? ただ必要なことを考えていただけなのに。


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