アーシュ16歳8の月 動き出せ
通りには三体、魔物がいた。近くはセロ、遠くはウィルが倒し、すぐそばの兵舎の前の広場に向かう。相変わらず窓から人影が見えるが、門の開く気配もない。
広場に集まっていた魔物を一掃すると、私たちはバッグから魔物を出し始めた。どんどん積み上げて行くそれは、100体以上にはなっただろうか。兵舎の窓の動きがあわただしくなった。
「おい、それをそこに置いて行くな!」
叫んでいる兵がいるけど、聞こえない。
「よし、からになったか」
「なった」
「じゃあ、ヒュレムの通りに戻って、井戸の確保だ!」
「おう!」
ウィルの声にあわせて、大急ぎで通りに戻る。また三体いた。井戸は通りの兵舎と反対側の一角にある。
兵舎側に私とケナン、井戸側にセロとマルに分かれて、通りの端と端を確保し、魔物を入れないような配置にする。ケナンは誰と組み合わせてもまだ息が合わないので、人に合わせるのが一番得意な私が面倒を見るのだ。
「よし、ヒュレムを呼び出すぞ!」
どんどんどん。ウィルのノックの音と共に、ヒュレムが慎重に顔を出した。
「いいか、相談役のところは」
「お向かいだよ。さあ」
ヒュレムは安全を確認すると、通りを挟んだお向かいにさっと向かった。どんどん。ドアはすぐ開いた。おそらく、窓から見ていたのに違いない。
「カッセさん、お願いがあるんだ!」
「ヒュレム、危険なことを! そしてこの人たちはなんだ?」
「まず家に入れてくれませんか?」
ウィルの声に、一瞬だけためらうと相談役は家に入れてくれた。
「昨日から見ていたよ。声をかけるのが遅れて昨日はすまなかったな」
「いえ、ヒュレムとアズーレさんに助けられました」
「それで、魔物を倒しているようだが、兵士でもなさそうだ。君たちはなんだね」
「そうですね、外で仲間が魔物を抑えていますから手短に」
ウィルはちょっと息を継ぐと、こう話し始めた。
「まず私たちは、ダースのコサル侯から正式に依頼を受けて来た冒険者です」
「冒険者……ダンジョンに入るとかいう、あれか」
カッセさんは驚いたようにウィルを上から下まで眺めた。
「そうです。魔物のハンターだと思ってください。しかし兵舎には拒否された。人数が少なすぎると」
「確かに、五人ほどしかいなかったな」
「ダースからの兵の派遣はきます。ただしどんなに早くても今日の夕方。遅ければ数日後になる」
「数日後では町民の食料が持つかどうか」
「そうです。現にアズーレさんのところはもう水がなかった」
「やはりか。他に老人だけの家もあるんだ……」
「そこで、私たちが通りを確保するので、通りの人に声をかけて急いで水を汲ませてください」
「できるのか!」
「魔物を防ぐことはできます。できないのは町の人を信用させることです。だからカッセさん、一緒に外に来てそれをお願いできますか」
「君たちは……。わかった。すぐに行く。まずうちがやってみせよう。ザーラ、一緒に行けるかい」
ようすをうかがっていた奥さんがうなずいた。
「怖いけど、がんばるよ。あんたは通りでみんなに声をかけてて。出てこない家に私が直接声をかけるよ」
「すまないな」
「なに、見知らぬ若者ががんばってるんだもの。このくらい」
「おばちゃん、お兄ちゃんたち、強いんだ。大丈夫だよ」
「そうかい、頼もしいねえ」
ザーラは目を細めてヒュレムを見た。ウィルはドアの横の窓から通りを見渡した。大丈夫だ。
「では、行きますよ」
「おう」
「はいな」
四人は慎重に外に出た。
「まず井戸だ」
急いで井戸に向かう。それを見て二階の窓から声がかかった。
「カッセさん!」
「カッセさんだって?」
次々窓が開く。
「この若者たちが今魔物を抑えている! 今のうちに、水汲みをすませるんだ!」
「危なくないのかい?」
「見ず知らずの若者が俺たちのために体を張ってくれてるんだ!そのくらい、平気さね! さあ、急ぐんだ!」
「ザーラも出てるのかい!」
通りのドアからは次々と人が出て来た。その気配で集まって来る魔物も増える。通りの角から魔物が回って来るのを、セロやマルがザシュっと倒す。
「ひいっ」
と戻った者もいたが、相談役になだめられて水を汲みに出てくる。
「食べ物の足りていないところは。病人は?」
というカッセの声に、
「うちは昨日の夜から……」
という声が上がれば、
「うちに予備があるから持って行きな!」
と融通し合う人が出て来た。出てこなかった老夫婦は、隣の人が説得してドアを開けさせ、元気なものが水を運びこんでいた。
私はその様子を眺めながら、なんでも自分たちだけでやろうとしなくていいのだと少しほっとしたのだった。その時、
「アーシュ、兵舎に動きがある」
とケナンが声をかけて来た。こちら側もそう魔物は少なくない。広場に顔を出す魔物は、私たちに引き寄せられ集まって来る。パシュン、と、遠くの魔物を倒した時、兵舎の通用口のドアが突然開いた。
「ドアが開いたぞ!」
ドアからは10人ほどの兵が飛び出してきた。剣を構えたまま、こちらに向かってくる。思わず構えをとる私たちに、兵は、
「兵舎を抜けて来た! 手助けさせてくれ!」
と叫ぶ。魔物が怖いのだろう。汗が噴き出し、きょろきょろしている。私には、彼らを信用していいかどうかわからなかった。私は思わずケナンを見上げた。
「ケナン?」
「住民を害するほどバカではあるまい」
その声に、兵の一人が言った。
「俺は家族が町にいるんだ。助けたい、その気持ちは兵はみな同じだ。だが出てこれられなかったんだ」
その時、後ろからウィルの声がした。
「アーシュ、一旦この通りに入ってもらえ。どっちにしろ俺たちだけじゃ町を回りきれないんだ。人数がいると助かる」
「わかった。ウィルの指示に従って」
「恩に着る」
兵士たちは通りに入って行った。
「兵舎も一枚岩ではなさそうだな」
そうつぶやくケナンに、私はこう言った。
「今来た兵たちを急いで訓練して、使えるようにする。そしたら、今度は彼らに町の人に声をかけさせよう。ケナン、兵たちのやっていることは軍紀違反なんだよね」
「そうだ。上官の指示に従わなかったんだからな」
「すべてが終わったら、非常時に町民を守ったということで、罰せられないようにできるかな」
「スナイ家の全力を持って努力する」
「うん。お願い」
通りの人の安否確認と水汲みには、30分以上かかった。この町の住民だけでも500人以上はいるはずだ。このままでは今日中に回るのは難しい。
「アーシュ、この三人はこっちで面倒を見てくれ」
ウィルが三人を連れて来た。私は、魔物を見張りながら説明を始めた。
「いいですか、魔物は剣を持ってません。力は強いですが、捕まらなければ大丈夫です。だから、剣の訓練と同じように、近づいて剣を振る。それだけです。ただし、手加減していたら死にません。ちゃんと殺すつもりで剣を振ってください」
三人はごくりと唾を飲み込んだ。
「では早速やってみます。見本を見せるので。ケナン」
「わかった」
ケナンはちょうどやってきた魔物の前にたち、スッと剣を振った。ザシュっと言う重い音と共に魔物が倒れる。
「さ、次あなたから。絶対守りますから」
「わ、わかった」
魔物は倒せるものと安心したのか、その兵士は落ち着いて対応することができた。結局三人とも使える兵だとわかった。もっとも、二人は吐いた。まあ、仕方ない。その時、ウィルから声がかかった。
「作戦を練り直す。一旦ヒュレムの宿屋に集合だ!」
まだ一日は始まったばかりだ。でも少なくとも、この通りの命はつなぐことができたのだ。
10月12日2巻発売記念更新。
同日電子書籍1巻発売です!




