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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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263/307

アーシュ16歳8の月国境だってフィンダリアには違いない

ちょうどウィルとサラが馬でキリク方面に出ようとしていた時、コサル侯の使いがあわてて私たちを呼びにきた。


「キリクとの国境からの使者とのこと。お急ぎのようすで!」

「わかった。すぐに行く」


ウィルが答えると、私たちはそろってコサル侯のもとに急いだ。とにかく情報を聞かなくては何も始まらない。むしろ私たちに教えてくれる気になって驚いたくらいだ。


「コサル侯! いったい何が! 今キリク方面に向かおうとしていたところです」

「そのキリク方面のことだ」


ウィルに答えるコサル侯は顔色が悪い。側でケナンも頭を抱えている。


「どうやら国境を越えたところにあるキリクの狭間の山が崩れたらしい」

「なんだって! あの狭い道がか!」

「通ったことがあるのか?」

「昨年の夏に」

「そうか」


コサル侯は少し震える手で髪をなでつけ、


「世間話をしている場合ではなかった。それで山が崩れて魔物があふれたらしい」

「魔物が? しかしキリクのあの狭間の付近はダンジョンはなかったはずだ」

「詳しいことはよくわからん。魔物があふれるなど。フィンダリアでは想像もつかぬ」


そこに少し休んでいた使いの兵が口を挟んだ。


「いっぺんにあふれたというより、山肌を伝って少しずつ地上へ出てきている感じです。国境の町の近くまで来ているため、襲われるのを恐れて、民は町長の館や丈夫な建物に閉じこもるようにさせておりますが、自宅にいるものもおります。もう丸一日以上たちますが、国境の兵士たちが立ち向かおうにも、我が国の兵は魔物と戦った経験がない。まして四つ足ばかりではなく、ぶよぶよしたモノや人型のモノもいて、どうしたらいいか……」


兵は一旦息を継いだ。


「少し休んだら、我らは二手に分かれ、帝国とフィンダリアの城に向かいます。どちらも馬なら三日とかからぬはず。特に帝国なら魔物の対処もなんとかなるはずだ。それまでなんとか……」

「もちろん、ここの兵士も向かわせる。替え馬を用意し、ここからも人手を割こう。とにかく確実に情報が届くように調整しよう。とりあえず少し休みなさい」

「ありがとうございます」


兵はソファにぐったりともたれた。


「というわけだ。こんなことを言う立場でないのはわかっているが……」


コサル侯は少しいいよどんだ。ウィルはうなずくとこう言った。


「いえ、ちょうど今ようすを見に行こうとしていたところでした。しかし、魔物のことだけではない。あそこの隧道は狭くて長い。どのくらいの範囲が崩れたのか。帝国側からは直接行く道はないと聞いたように思いますが」

「フィンダリアからもその道一本しか行くすべがない。両側の山を越えていく道もなくはないのかもしれないが、聞いたことがない」

「となると」


ウィルがセロとダンに目をやった。


「行ってみなければわからないが、話からは魔物が涌いた、というより普通のダンジョンに新しい入口ができた、という印象を受けた。そんなこと聞いたこともないけどな。だとしたら、自然に出てくる魔物は俺たちと砦の兵士でなんとか抑えられるだろうが」


というセロにコサル侯は目を見開いた。その自信に満ちた発言はなんだ。そこに、


「問題は、物流だ」


とダンがつぶやいた。


「帝国やフィンダリアに連絡して兵を連れて戻るとしておよそ10日。国境の町の食料や燃料はもつのか。そこから魔物の対策をとり、初めて狭間の土砂をよけることになるが、どのくらいの手間と時間がかかるのか。その間キリクとの連絡は一切とれないが、魔石やその他の食料の輸出入はどうなるのか」


ダンは一つ一つ数え上げる。


「ざっと考えてもこれだけの問題がある。一筋縄では行かないぞ……」


しかし、ウィルがこう口を出した。


「幸い、キリクとの貿易は魔石中心で、各国とも食料はある程度自給できるはず。とりあえず大きな混乱はない、はずだ」

「いや、確かに食料は問題ない。しかし、フィンダリアは魔石を自国で生産しない。帝国も不足しているからこそ魔石をキリクから輸入しているのだ。フィンダリアに魔石が行きわたらないことに……」


コサル侯がいっそう顔色を青くした。私もはっと気づく。


「魔石が足りなければ病の治療にも支障をきたすよ。今までみたいに気軽に交換できなくなるから」

「そんな問題が……」


コサル侯は呆然とした。いけない。暗い見通しで落ち込む前に、まずやるべきことをやらなくては。


「コサル侯」

「な、なんだ」


私はコサル侯をしっかりと見て言った。


「やるべきことを整理しましょう」

「あ、ああ」


私は一つ一つ数え上げた。


「まず使者に。帝国に送る使者には、報告に加えて二つ」

「二つ?」

「一つ。新しいダンジョンができた可能性を考えて、ギルド総長と、冒険者の派遣を要請してください。それまでは先に子羊が向かうと」

「子羊? とりあえずそう伝えさせよう」

「二つ。ちゃんと見なくてはわからないけれど、岩を取り除く作業をしなければなりません。工事の手配をと」

「そんな先のことを……」

「先に人手や物資を集めないと。これはフィンダリアも同じです。規模によってはかなりの人手と物資を国境に集めないといけません」


コサル侯は何も言わなくなった。


「次に私たちですが」

「お、おう」


私はウィルとセロを見た。頷いている。


「先行します」

「無茶な」

「無理はしません。様子見をしながら少しでも魔物を減らします」

「できるのか」

「メリダでも涌きは体験していますから」

「むう」

「兵はまとまった数を連れて来てください。それから、医師や、特に食料等が不足している可能性があります。各家庭にそれほど物資を備えているとは思えないのです。だから同時にできるだけ物資も運んだほうがいいと思います。できれば周辺の町に伝令を出して、物資の援助を要請してもいいくらいです」

「わ、わかった」

「ウィル」


私はウィルに声をかけた。


「予定を変更する。冒険者4人で先行する。サラは」

「行きます!」

「いくら馬の扱いがうまくても、魔物相手では足手まといになる。サラを心配しながらでは戦えない」

「でも!」

「聞き分けてくれ。その代わり、兵がたどりついてからはサラとダンの勝負になる。おそらく食料も不足しがちだろう。子羊でも手配できるだけの食料は確保しておきたい」


サラは両手をぎゅっと握りしめると、かすかにうなずいた。ウィルは強い瞳でコサル侯を見ると、


「コサル侯、最悪を想定しよう。キリクとの道がすぐに通じないことを考えて、万全の準備をするように、くれぐれも、フィンダリアと、帝国に連絡をお願いする」

「ああ、わかった」

「では、セロ、アーシュ、マル、急いで準備をしてくれ。なるべく早く出発する」

「「「わかった!」」」

「私も、私も行こう」


ケナンが声をあげた。


「馬は乗れるか」

「大丈夫だ」

「では一緒に。ただし、ほぼ一時間後。間に合わなければ置いていきます」

「承知した」


新しいダンジョンが開いたかもしれないほどの崩落。誰もが口にしなかったが、通っていた人たちはどうなったのか。キリク側はどうなっているのか。たった一か所の国と国とのつなぎ目が切れてしまったいま、私たちは否応なしに、フィンダリアには背を向けることになったのだった。


10月12日2巻発売記念更新8日目。

同日電子書籍1巻発売です!


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