アーシュ16歳8の月勝負
私とマルは、サラと一緒に前庭に向かった。兵が訓練している姿が民に見えるということ自体、なにかの抑止になるらしいのだが、そこには思った以上の人たちが集まっていた。おもに兵士ではあったが。私たちがセロたちのところに向かって歩いていくと、ざわめきが起こった。
「アーシュマリア殿、マーガレット殿、そのいでたちは……」
コサル侯は戸惑ってそう言った。
「私の護衛になるかもしれないということなので、ぜひ参加させてください」
「しかし……」
セロとウィルとダンが集まり、その向かいには六人の護衛とケナンが立っていた。
「ご婦人の立つところではない。引きなさい」
私たちの格好を見てケナンが眉をしかめてそう言った。生意気な若造に、今度はわがままな令嬢が加わったと言うところか。マルはそんなケナンを無視してウィルに話しかけた。
「お兄ちゃん」
その一言でざわめきが大きくなった。確かにそっくりだものね。こうやって見ていても見ごたえのある兄妹だ。大柄だが細身の筋肉質な体に、濃い金色の髪をたてがみのようになびかせているウィル。すらりとしなやかな体つきに、同じく金髪を波打たせているマル。そっくりの緑の瞳で真剣に向き合っている。
「だめだ。マル。お前の出番はない」
「だから最初にやらせて」
「お前なあ」
「お兄ちゃんが戦ったら、一人で全員やっつけちゃうでしょ。そしたらマルの番が来ない」
おや。面倒くさそうだった護衛の表情が変わったよ。
「それでいいだろ」
「やだ。マルも戦う」
「アーシュもか?」
私もうなずいた。その時、
「アーシュ」
とセロに呼ばれた。セロは振り向いた私に一歩近づくと、両手を伸ばし、髪にそっと触れた。
「リボンがほどけそうだった」
そう言うと、右手をそのまま私のほほに当て、優しくほほ笑み、また一歩引いた。
この時一気に殺気が膨れ上がったような気がしたが、気のせいかな。ちなみにリボンはほどけてないはず。セロは案外悪い人だ。
私とマルはくるりと護衛の人たちに振り向いた。
うんざりしたような目、馬鹿にしたような目、さまざまだが、ひとつだけ言える。女だからといってこの状況では、もう勝ったようなものだ。帝国ですら女騎士がちゃんといたのに。
「じゃあ、弱い順で、私から」
「勝っても交代だよ、アーシュ」
「わかった」
護衛はいかにもやりたくなさそうな若い人が押し出されてきた。その時ウィルの声がかかる。
「アーシュ、魔法はなしでな」
「うん」
「魔法?」
相手が気をとられた時、コサル侯の声がかかった。
「はじめ!」
私は素早く踏み込むと気の抜けていた相手に打ち込んだ。カーン、と相手は受け止めたが、バランスを崩したところに剣にひねりを加える。
「あっ」
からーん。剣が落ちておしまい。油断しているからだよ。さて、次は誰かなと。
「アーシュ」
ちぇ。マルの番か。
これを油断していただけだと思って相変わらず甘く見ていたら余裕でマルの勝ちだが、さて。いつの間にか会場は静まり返り、誰もが真剣に試合を眺めていた。
マルと次の護衛がしっかりと向かい合う。
「はじめ!」
二人共飛び出さずタイミングをうかがっている。と、マルがじれて飛びかかった。カーン、と相手が受ける。グイグイと押し込むマルに、たたらを踏む相手。しかし、ふんばってマルを押し返した。バッと一旦離れたあと、カーン、カ、カンと打ち合う。それは何分か続き、やがて相手が疲れたところにマルの1本が決まった。疲れるとか、護衛失格だろう。
さてと、今度は私だ。
「マル!」
「ちぇ」
ちぇじゃないよ。私だって、さっきは物足りなかったのだ。剣を振って前に出る私。
「アーシュ、もういいだろう」
「だってちゃんと戦ってないし」
このままでは、私は単に油断した相手に勝っただけの人ではないか。ちょっと膨れる私に、セロがニヤリと言った。
「俺がやらないと納得しない奴がいるからな」
ケナンがふんという顔をした。しかたない。
セロはゆっくりと前に出て、口の端をニヤリと上げた。
「いっぺんにかかってきたっていいんだぜ」
顔色の変わった護衛は次々と飛びかかり、あっけなく倒されていった。さすがに最後のケナンは粘ったが、セロの相手ではなかった。
呆然とし、悔しがる余裕もないフィンダリアの面々だった。私は呆れてこう言った。
「私たち帝国では騎士団で訓練してたんだよ。セロだってウィルだって、めったに負けたことないくらい強いの。そもそもなんでセロが叙爵されたか知ってるの?」
ケナンは首を横に降る。
「帝国軍が困り果てていたダンジョンの涌きを収めたからだよ」
目を見開いた。
「帝国の若い貴族の護衛としか考えていなかったんでしょう。護衛対象のことをきちんと調べないとか、そもそも護衛失格だよね。それに」
私はちょっと胸を張った。
「私とマルも、A級冒険者なんだから」
なったばかりだからね!
私はセロに振り向いた。後ろでくっくっと笑っていたセロは頷き、コサル侯に、
「ということで保護者は2名。申し訳ないがすぐ中央に連絡を取ってください。問題を起こしたら帝国も巻き込む立場であることは理解しています。私たちは問題を起こすつもりはないと報告してください」
と言った。コサル侯は、うなずいてこう念を押した。
「しかし、連絡が来るまではこの町に待機だ。いいね」
しかたない。
「なあ、アンタらまだ余裕あるよな。手合わせしようぜ」
国境の兵士達がいつの間にか集まっていた。目をギラギラさせて。サラが私の袖を引いた。
「なに?」
「アーシュ、チャンスだよ」
ん? サラがカップを傾けるしぐさをした。
「チャンス? あ」
「お茶、売れないかな。ドーナツは時間がないかなあ」
「サラ、いい考え! ダン!」
「なんだ?」
「お茶! サラが! 売ろうって」
「お? まあ、退屈だしな。やるか」
ダンもニヤリとした。
「コサル侯!」
忙しく指示を出していたコサル侯が振り向いた。
「なんだかこれから大会が始まりそうですし、ここに出店を開いてもいいですかね」
「出店? 揉め事でないなら好きにしたらいい」
「ありがとうございます」
「おいおい、俺たちをダシにして商売か」
ウィルが笑ってそう言った。セロはやりたくないのか兵に囲まれているがそっぽを向いている。
「まだおやつ前だしね。サラ、お茶を入れている間に、ドーナツの準備できる?」
「できると思う! やるの?」
「やろうよ!」
「じゃあ、俺とアーシュとサラはお茶班」
「マルとお兄ちゃんとセロは戦闘班」
そう宣言するダンとマルに、セロがうんざりしたように言った。
「やるのか?」
「この場を作ったのはお前だろ。責任取れ」
「仕方ない」
セロがやる気になったのが伝わり、場が一気に盛り上がった。いつもそうだ。セロはそうでもないのに、周りが放っておかない。
さあ、久しぶりにお茶販売だ!
「戦闘訓練だろ……」
それもね!
10月12日2巻発売記念5日目。
同日電子書籍1巻発売です!




