それぞれの高み3
番外編、三話目です。
「ほんとはウィルとマルもいたらよかったんだけどね」
「えらくなりすぎて自由がないのさ、仕方ないよ」
母さんと父さんは次の日集まった俺たちを前に、のんびりとそんな話をしている。
「さて、それでは今日から研修です。まず、冒険者の目的を再確認です。フェリシア?」
「魔石と魔物肉の安定した供給です」
「よろしい。では、その若い君」
「は、はい」
集まった中で母さんが一番小さいのに、一番偉そうだ。
「あなた個人の目的は?」
「え? 個人?」
「自分は何を目指すのかってこと」
「俺は、俺は剣士で、だからだれよりも強くなりたい! です」
「よいですね。では、そのためにダンジョンで何をしますか」
「え、魔物を狩る?」
「それだけ?」
「は、はい」
「それじゃあ、ダンジョンの外で訓練だけしてるのと変わらないじゃない」
母さんはあきれたように言った。
「冒険者の目的と、個人の目的。両立することを考えながら、ダンジョンに行きます。今日は私とセロの見学ね」
そう言うとすたすたとダンジョンに向かった。
「私アーシュおばさまの戦うところ初めて見る。あんなに小さくてきゃしゃなのに、大丈夫かな」
「セロおじさんと二人だけだろ、俺たちが後ろでしっかり守ろうぜ」
「そうだな」
三人で誓い合った。俺より小さくなった母さん。しっかり守るんだ。
そんな風に思っていた時もありました。
ダンジョンに入る直前、父さんがこっちを振り向いて、ニヤリとしたんだ。
「久しぶりだからな。ちゃんとついてこいよ」
どういうことだ?
結論から言えば、父さんと母さんはすごいの一言だった。
「一階ごとに交代な」
って何のことだろうと思ったら、一階は父さん一人で、二階は母さん一人でって、交互にやって行くんだ。俺たちが手を出す暇なんてない。せめて魔物の解体でもと思っても、父さんと母さんがさっさと済ませてしまう。二人の後には何にも残らない。
あっけにとられている場合じゃなかった。魔法師を見学できることはそんなにないんだ。俺は必死で母さんの戦い方を観察した。
母さんは一見力のない魔法をうつけれど、それは綿密に効率が計算されている。魔法師の怖いのは魔力切れだ。無駄玉は一切打たない。10階に来た時、お昼はまだずいぶん先の時間だった。
「もう少し行ってもいいかしら」
そんなにかわいらしく言ってももう俺たちはだまされない。
「母さん、物足りないんだろ?」
母さんはてへっと首をかしげた。そんなの、喜ぶの父さんだけだよ。まったく。父さんはといえば、こんなに大事なものはないという顔をして母さんを眺めているだけだ。
そこからは二人での戦い方を見せてくれた。どう剣士のフォローをしていくか。どう役割分担をするか。一瞬一瞬が貴重だった。
15階まで来ると、
「さあ、お昼にしましょう」
と言って、ポーチから次々と食べ物を出す。パンと水で済まそうとしていた王都の翼の奴らをやれやれと眺めると、
「今日はこれにしなさい」
といってサンドとスープを渡している。
「ジュストはおいしい食事にはこだわっていたんだけど、どうしたのかな」
と首をかしげている。
「確かにそういう時代もあったらしいですけど、冒険者は苦難に耐えるものだと言う考え方が最近のはやりで、質素な食事でいいと、俺たちはそう教わりました」
「まあ」
母さんは悲しそうな顔をした。
「食べ過ぎはよくないけど、きちんと食事を取ることが力を上げるコツなの。現にジュストはちゃんとご飯を食べてるでしょう」
「はい。でも剣士は」
「剣士ならなおさら。体を作るのに魔法師より良い食事が必要なの」
そう言われても納得できないようだ。
「まあ、私が見ている間は昼は私が用意するから。ちゃんと体の動きで判断してね」
「はい」
その日一日は見たものすべてを吸いこんで、何一つ吐き出さないように、みんなふらふらと帰ったのだった。
次の日は王都の翼の訓練場を借りて訓練だ。
「今日は模擬戦よ」
模擬戦か。俺は後ろに引っ込もうとした。
「ちょっとトニー、何引っ込んでるの」
「え、だって魔法師は人に魔法はうてないよ」
「え、本気で言ってるの。グレアムは?」
「対物はやったけど、対人はやってない」
「あ、あー。そうかも。しかたない。これも経験よ。まず言っとくね。トニー、ごめんね」
「はあ?」
相手は母さんと父さん。こっちはフェリシアとジャンと俺。いくら父さんが強くても、3対2はどうなんだろう。大勢の人が見学に来ていた。
「魔法は人に直接当ててはいけないけれど、それ以外は認めます」
母さんの宣言と共に試合は始まった。
「風よ」
母さんのその一言で足元の土が舞い上がった。一瞬視界を失った俺たちは、父さんに仕留められて終わり。その間、二秒。
「母さん、卑怯だよ!」
「卑怯? 魔物が何体もきた時に、一体ずつ相手をするから待ってくれって言うの?」
「それは……」
「模擬戦は力の優劣をつけるためのものじゃないのよ! ダンジョンに潜って、その状況でどう効率よく動いて相手を倒すかのシミュレーションなの。甘えないで!」
「くっ」
見学していた人たちもあっけにとられて何も言えない。それから俺たちは、翼の奴らと交代で何度倒されたかわからない。正直、最後は立てないくらいだった。
それからお昼をちゃんと取らされ、午後は試合をいちいち止めてどうするか考えさせられて。夕食を取ったかどうかも覚えていないくらい疲れて、泥のように眠った。それが二週間だ。三年でほとんど授業がなくてよかった。母さんと父さんは、夕ご飯のあとあちこちに出かけていた。
二週間目の終わり。俺たちはさすがに少しは母さんたちに対抗できるようになっていた。それでも負けっぱなしだ。王都の翼の奴らとも、どうやって2人を攻略するかさんざん話し合った。共通の敵を得て、いつの間にかわだかまりは消えて行った。
最後の日、作戦は徹底した母さん狙いに決めた。俺と母さんでは魔法合戦でかなうわけがない。だから俺とフェリシアで父さんを押さえて、ジャンに母さんを仕留めてもらう。卑怯かな。いや、シミュレーションだ。
普段剣を使わない俺が剣を持ってフェリシアと共に父さんに向かう。剣だってちゃんと毎日訓練してるんだ。父さんがそれを見てほうと口の片側を上げた。そのすきに、いけ、ジャン!
けど、俺たちはあっという間に父さんに倒された。ジャン!
カシーン。なんだ。母さんが腰の剣を抜き、ジャンの剣を受け止めている。
と、下からぐっと剣は押し上げられ、カ、カーンとジャンの剣は跳ね飛ばされた。俺たちは呆然とした。
「言っとくけど、帝国の女騎士くらいなら、母さん負けたことないからね」
知らないよ、そんなこと。俺たちはがっくりと腰を落とした。完敗だ。
母さんはくすくす笑っていた。父さんはニヤニヤしている。そうして、母さんは俺たちに言ったんだ。
「いい、冒険者が目指すのはそれぞれの高み。人と比べることじゃないの。その目的が生活のためだってぜんぜん構わないのよ。お金も大事なんだから」
王都の翼の奴らは、他の奴らも真剣に聞いていた。もう母さんを小さいからといってバカにするやつはいない。
「お休みの一ヶ月しっかり訓練して、いい冒険者になるといいわ」
「あ、ありがとうございました」
予定外の二週間が入ったから、もうフィンダリアに帰らなくてはならないと言う父さんと母さん。
「思いがけずトニーと過ごせてよかったわ。冒険者になって母さんのことなんか忘れてるかと思ってた」
「そんなわけない。母さんは、いつだって母さんなんだ」
「あなたはあなたの高みを目指して。そして時々は会いに来てもいい?」
「もちろん!」
「これからは年に何回かは行き来できるようになるだろう。アーシュの宿屋もだいぶ落ち着いたし、あっちこっち行こうな」
「そうね」
目的が変わってるよ! 俺のことはどうした!
「トニーとスライムダンジョンに行きたかったわ」
「また来ればいいよ」
知らなかったんだ。母さんは実は根っからの冒険者だったってこと。父さんが俺に、片眼をつぶって見せた。ほんとにもう、かなわないや。
母さんに母さんの、父さんに父さんの道があるように、俺の前にも一本の道がある。迷わずに歩いていくんだ。
番外編、お付き合いいただき、ありがとうございました。今度はアーシュの少女時代に戻りたいです。
現在は『聖女二人ぶらり異世界旅』を連載中です。召喚された異世界でぶらり旅を楽しみたいのにトラブルに巻き込まれる。そんな二人ののんきな珍道中。興味があったらのぞいてみてください!
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