それぞれの高み2
番外編2話目です。
帰って勝負の話をすると、リカルドは顔をしかめたが、ディーエは、
「バカやる時期も必要だろ。まあ、気が済むまでやってみろ」
と言った。
それから二週間、俺たちは勝ったり負けたりしながら競い合った。つっかかってくるだけあって、あいつらは新人では群を抜いていた。勝負の決め手は魔石の数と質だ。
だから、やつらが行った後は、ダンジョンに魔石だけ取った魔物が放置されてる。魔物の持ち帰りは推奨されているが義務ではない。現に強いパーティは深層に下りることを優先させるため、低層階の魔物は放置することが多い。
しかたなく、俺たちも負けないように、次第に魔石だけ取って深く降りるようになっていった。フェリシアは何かにあおられるように魔物に向かって行った。俺は、無駄にした魔物を見るたびに母さんがなんていうか胸が痛んだが、勝負を途中で降りるわけにはいかなかった。
そんな俺たちをギルドの人たちは静観していた。副ギルド長のジャンの父さんこそ何か言いたげだったが、俺たちはあえてそれを避けていた。
最終日、俺たちのほうが先に上がってきた。勝負は拮抗していた。すでにその日5万ギルを稼いでいた俺たちは、王都の翼の奴らを待った。勝っても負けてもこれでこの騒ぎが終わる、それでいいと正直ホッとしていたんだ。
ずいぶん遅くに帰ってきた王都の翼の奴らは疲れ果てていた。いい狩りができなかったらしい。俺たちの5万ギルの額を聞くと、絶望したような顔をした。フェリシアは逆に胸を張って勝ち誇った。
やつらは魔石の袋を投げ捨てると、フェリシアの肩を突き飛ばした。不意をつかれたフェリシアは床に倒れた。
「おい、なにをする!」
「勝ち誇った顔をしやがって、むかつくんだよ! しょせん親の七光だろ!」
確かにフェリシアは王族だ。しかし、ダンジョンでそれがなんの関係があるだろう。今までの訓練を、この二週間の勝負を、お互いに見てきただろう。つまりこいつらは、強いとか強くないとかじゃなく、俺たちが気に入らない、それだけだったってことか。
俺はフェリシアを助け起こして、こぶしを握りしめた。人に魔法を向けてはならない、人に暴力をふるってはいけない。フェリシアがやられて悔しくても。俺たちの剣は、魔法は、魔物を倒すため。それが冒険者だ。殴られる覚悟を決め、動かない俺たちをやつらはバカにしたような目で眺め、俺のことも突き飛ばそうとしたその時、
「はい、そこまで!」
と声がかかった。え、その声。
顔を上げると、ジャンの父さんの横に、ローブを着た大きい人と小さい人が立っていた。最近よくみる魔法師だ。
「ニコ、冒険者の質が落ちたんじゃない?」
「ギルドじゃねえよ、王都の翼は相変わらずってことさ」
「相変わらずジュストたちは若い子の面倒を見ないのね」
「もう世代交代の時期なんだがなあ、若いのが育ってないんだろうな」
ローブの人たちは、フードをおろした。
「え、銀髪に、黒髪」
「宰相家のだれかか? いや、琥珀の瞳、巻毛」
「子羊だ」
「丘の上の子羊だ」
「伝説の」
父さん、母さん!
「なんで、四月だろ……」
こみ上げてくる何かを押さえるために、わざとそう言った。
「風に左右されない新しい船の開発さ。試走のついでに、お前たちを見に来たんだ」
「セロったら、トニーが冒険者になるのに間に合わないからって、焦って開発してたくせに」
「だって見たいだろ。息子の晴れ姿をさ」
俺のために。けど、俺は殴られそうになって震えてるだけで。
「なんだよ、親だのみかよ!」
「あの優男と小さい女が伝説なんてありえない。期待して損した」
王都の翼の奴らはそう言って去ろうとした。
「待ちなさい」
母さんが静かに言った。
「なんだよ」
「ギルドでの私闘は懲罰対象よ」
「おばさんには関係ないだろ」
「現A級冒険者としての忠告です。ニコ」
「お前ら、俺が見てんのにいい度胸してんな。冒険者どうし勝負しようがどうしようが口を出すことはしない。しかし、ギルド内で無抵抗の相手に一方的に暴力を振るったらアウトだ」
「だって」
「だってもくそもねえ。王都の翼、ほんとにどんな教育をしてるんだ」
ニコは天を仰いだ。
「まあ、そう言われるとね。はっきり言って教育はしてないよ。だから懲罰でもなんでも与えるといい」
「ジュスト!」
「ああ、アーシュ、今日もきれいだねえ。明日一緒にダンジョンに潜ろうよ」
ジュストはまるで毎日会ってでもいるかのように気軽に母さんに声をかけた。母さんは苦笑して言った。
「変わらないのね。あなたのところの若い子なのに」
「僕らさ、アーシュもだけど、誰かに甘えて育ってきたかい。自分の目指すものがあって、自分で成長してきただろう。クランに所属して自分で努力できる環境は与えてる。そこからどう育つかは自分次第だろ」
「それも一理あるけれど」
母さんは、王都の翼の若い奴らを見た。ばっさり切り捨てられて青くなっている。
「ニコ、罰則はどんな感じ?」
「一ヶ月のダンジョン出入り禁止。先輩冒険者による研修。まあ、引き受けてくれるやつがいたらだけどな」
あいつらはますます青くなった。ジュストが引き受けるとは思わないし、そうなると周りもそれに倣うだろう。つまり、もう冒険者としては終わりってこと。そこまでのことをしたのかな。俺だってもう少しで手を出すところだったのに。
「トニー、同情はだめ。力ある冒険者が人にそれを向けてはいけないということは、大原則なの」
うん。俺はうつむいた。フェリシアもうつむいている。こんな大ごとになるとは思わなかったんだ。
「セロ」
「わかってるよ」
母さんに父さんが答えた。仕方ないなあって顔をしてる。
「ニコ、私たちが引き受けるわ」
「アーシュ、お前。これはクランの思い上がった若い奴にとってはいい薬なんだぞ」
「それでも。若いころ、ジュストにお世話になったこと、ここで返しておくの」
「おいおい、お世話になったじゃなく、迷惑かけられたことの間違いだろ」
ジャンの父さんは俺の父さんと顔を合わせ、ちょっといやな顔をした。何があったんだろう。
「後で話してやるよ」
父さんがそう言った。
「まあ、でも、一ヶ月は待てないから。ニコ、出入り禁止を後回しにして、先に先輩の研修とやらをやってもいいかな」
「いいぞ、グレアムに許可は取っておく」
母さんは王都の翼の若い奴らに向き合った。
「いい? 明日から一日おきにダンジョンに一緒に入るからね。合間には王都の翼で訓練よ。わかった?」
「……」
「これをやらないと冒険者としては終わりよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
三人はよろよろと帰って行った。
「さて、トニー、フェリシア、ジャン。あなたたち、反省しているでしょうね」
やっぱり怒られる。弱虫だから。
「殴られそうでも我慢したのはよかった。フェリシア、やり返さなかったのもね」
俺とフェリシアははっと顔をあげた。
「冒険者として正しいことよ。でも、この二週間、随分乱暴な狩りをしていたわね。そんな自分に誇りを持てる?」
俺たちはうつむいた。ほんとは狩りは勝負なんかじゃない。肉と魔石を安定して供給し、その中で冒険者として高みを目指すべきなんだ。
「あなたたちも明日から一緒に研修し直しよ。いいわね」
うん。うん。うなずく俺たちを、母さんはうれしそうに順番に抱きしめた。
そんな母さんよりいつの間にか、俺のほうが大きくなっていたんだ。
アーシュ 主人公。おばさんと言われ正直へこんだ。
セロ おばさんと言われへこんだアーシュがかわいい。
ジュスト 人にとってどうかは関係ない。自分にとってアーシュは変わらずおもしろい。
ジャン 初めて見るトニーのお母さんに驚き。きれいな人は見慣れているが、黒髪と琥珀のひとみにドキドキ。




