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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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249/307

それぞれの高み1

書籍化記念番外編です。


『この手の中を、守りたい 1』がアリアンローズさんから、7月に出版されることになりました。読んでくださった皆さんのおかげです。ありがとうございます!


なかなか続きが書けていませんが、今日、明日、明後日と3部で番外編を更新します。前話から引き続きの話なので、読んでもらったほうがつながるかもしれません。


なお、子ども世代の話なので知りたくない方は避けてください。


人物:トニー アーシュの次男。魔力多い。

リカルド もと東門騎士隊長。アーシュ

の母とアーシュが好き。

ディーエ リカルドの副官。

グレアム 現中央ギルド長。

ジュスト 王都の翼の優秀な魔術師。

超のつくわがまま。

「さあ、今日は早く休むんだぞ」

「わかってるって、リカルド」

「おやすみ、トニー」

「おやすみなさい」


ドアがパタン、と閉まる。隣の部屋のドアが開き、人の声と、またバタン、と閉まる音がする。フェリシアにもおやすみの挨拶にいったんだろう。


リカルドはちょっと過保護なんだ。明日には俺たち、冒険者になるっていうのに。そりゃ、成人の14歳にはまだ程遠いけどさ。


あと一年、学院があるのが面倒くさい。留学という形だから仕方ないけど、母さんたちのように学外生だったらいつでも訓練してダンジョンに行けたのにな。そうすれば王都の翼の奴らにだって負けたりしないんだ。今だって負けてないけど。さ、明日のために早く休むんだ。




俺はトニー。12歳になった。いつもと同じに起きて部屋のカーテンを開ける。フィンダリアの家を出てメリダに来てからもう二年になる。父さんが一年に一回会いに来てくれるけど、俺が国に戻ったことはない。フィンダリアにはダンジョンはなく、俺の魔力は宝の持ち腐れだった。


もちろん、帝国に行くという手も、医療に携わるという手も、キリクのウィルおじさんのところでお世話になると言う手もあった。でも帝国は母さんと父さんの影響が強すぎる。キリクは魔法より剣に特化してる。メリダに行ったらどうかって勧めてくれたのは母さんなんだ。


「父さんの親戚に世話になるか」


って父さんは言ったけど、宰相家なんてごめんだよ。ダンおじさんの実家も、マリアおばさんもソフィーおばさんも見てくれるって言ったけど、俺はリカルドとディーエを選んだ。リカルドは母さんが好きすぎて他の人はすべて同じ扱いで、だからこそ誰にでも公平なんだ。父さんには冷たいけど。ディーエは逆に俺のことを大事にしてくれて、けど甘やかさない。父さん、母さん、レオ兄さん、妹のカーラ。誰とも比べられない場所に行きたかったんだ。


そうしてマルおばさんの娘のフェリシアと一緒に、メリダに来た。そして、リカルドとディーエの運営する孤児院に一緒に住みこみ、学園に通い、そして荷物持ちとして働きながら、魔法師としての修業を積んできた。


フェリシアは、つまりキリクの王女様って言うことになる。俺にはただの幼馴染だけど。留学にあたっては、社交だの護衛だの、冒険者の荷物持ちなどさせられないとかいろいろもめたらしいが、リカルドとディーエと住む以上に安全なことはないって、結局俺と一緒が認められたんだ。


濃くて長い金髪と、きれいな緑の瞳。魔力はほとんどないが、優秀な剣士だ。というか剣バカだ。キリクではまだ女が剣をすることは一般的ではない。剣と魔法の国のメリダに憧れてここに来た。女の子だけど、強さを志す気持ちは一緒だ。


そしてやっと今日、俺とフェリシアと、そしてジャンの三人で冒険者デビューなんだ。


「よーう、準備はできたか」


いつものようにのんびりした調子でジャンがやってきた。ジャンは父親に似て大柄だ。せっかくマリアおばさんのきれいな金髪と青目を受け継いでいるのに、父親似の鋭い目つきがそれを台無しにしていると、学院の女子が噂してた。


俺は母さんに似て優しい顔立ちだとリカルドがよく言うけど、そんなの嬉しくない。ジャンの大型の魔物のようなその鋭くしなやかなさまがうらやましくて仕方ないが、そんなことは口に出さない。ジャンとフェリシアが剣士で前衛、俺が後衛というバランスのとれたパーティだ。


「さあ、行こう!」


って、フェリシアが言うけど、一応リーダー俺だからな。緊張している様子を悟られないように、孤児院のみんなに見送られて家を出る。


さあ、王都の翼のやつらに負けないように、スタートだ。


俺たちは昨日まで荷物持ちとして潜っていたダンジョンを駆け降りる。自重? そんな言葉どうでもいい。フェリシアとジャンが切りまくる。俺は魔物の数を減らし、時には攻撃の矛先を変え、二人が戦いやすいようにサポートする。もちろんスライムなんていたらこっちのもんだ。そうして瞬く間に10階まで下り、気が付いたらみんな肩で息をしていた。


「10階……降りすぎた」

「思ったより降りたな。まあ仕方ない、昼にしよう」


俺はお湯でスープを作り、母さんたちが考えたというサンドをみんなでほおばった。こんな時は甘いものが一番だ。これも母さんが魔法師のために考えたクッキーをかじる。


「アーシュおばさんの考えたもの、今でもそのまま使われてるなんてすごいよね」

「うん。でも俺、母さんがこれを見たらなんていうかわかる気がする」

「え、喜ぶだろ」

「いいや」


たぶん母さんはうれしそうな顔はするだろう。そしてちょっと悲しそうな顔で、


「もっと工夫して変えてくれてよかったのに、って言うんじゃないかな」

「いいものはいいからなあ」


ジャンがこれでいいのにという顔をした。でも、母さんは、


「工夫がないと停滞するのよ。宿屋だってどうしてまねる人が少ないのかしらって思うのよ」


って言う。まねされたら、売れなくなっちゃうって思わないんだろうか。


お昼を食べてなんとか体力を回復すると、俺たちはダンジョンを駆け上がった。行きよりは魔物が少ないからなんとかなったが、本当は体力はかなり限界に近かった。かなり遅い時間になって、やっと戻ってきた俺たちに、ギルドのみんなは温かい拍手をくれた。フェリシアが誇らしげに魔石を出す。


「4万8千ギルよ! 初めてで3人にしてはよくやったわ!」


受付のお姉さんがほめてくれた。こんなにがんばってもよくやったどまりか。ちょっとがっかりした。


「まあ、二人で5万ギルの伝説の子羊にはかなわないってことね」


父さんか! フェリシアと顔を合わせて、二人で天を仰いだ。


「人と比べることじゃないだろ。それより今日の反省だ」

「わかったよジャン」


そこに王都の翼の若いやつらがやってきた。王都の翼はメリダで一番大きいクランで、実力者ぞろいだ。リカルドとディーエの孤児院も優秀な冒険者を多く出しているが、何しろ規模が小さい。俺は魔法師で、剣士のリカルドとディーエだけでは教えるのに限界があるから、王都の翼のジュストやギルドのグレアムさんに戦い方を教えてもらっていた。


それが若い奴らの気に障ったらしく、こうしてからんでくる。ジュストなんかきまぐれだから、何回も頼みこんでやっと時々教えてもらえるくらいなんだ。こいつらはそんな努力もしないで、同じクランだからというだけで当然教えてくれると思ってるところが面倒くさい。こうして俺たちにからんでる暇があるなら、ジュストに頼むことに時間を使えよ。


「こんなに遅くまでやってそれだけかよ、ざまあねえな」

「フェリシア、いこう」

「待てよ、お前ら、親よりも全然弱いんだってな」


父さんよりも? もちろん、弱いさ。


「格上にも負けなかったって、子羊のアーシュ、有名だもんな」


母さんか。うーん。実のところ、母さんが優秀な冒険者だったってことは知ってるし、帝都の涌きを収めたってことも聞いてはいる。けど、見たことはないんだ。だからそう言われてもな。


「自分たちはどうなの? みんな親より強いの?」

「そりゃあな」

「みんな両親が冒険者だったの?」

「そ、そう言うわけじゃないけど……」

「自分ができてないこと、人に求めないでくれる?」


むしろフェリシアが怒った。フェリシア、母さんのこと好きだもんな。


「けど、そんなに強くないのは事実だろ。それなのにさ、クランにも入ってないのにジュストさんに張り付いて、迷惑なんだよ!」


そこかよ。俺とジャンはうんざりした。


「関係ないでしょ!」

「目障りなんだよ!」

「自分だって強くないくせに」

「じゃあ、勝負だ!」

「いいわよ!」


ええ? フェリシアは案外けんかっ早い。そこからどれだけ魔石が稼げるかの勝負が始まったのだった。


人物:フェリシア マルの娘

ジャン ニコとマリアの息子


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