表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

247/307

ターニャの思い

番外編です。アーシュのルーツを知りたいという希望にお答えして。ルーツとまでは言えませんが、アーシュのお母さんの話です。


ターニャ:アーシュのお母さん

トニア:アーシュのお父さん

リカルド、ディーエ:現東門騎士隊隊長と副隊長。ターニャの孤児仲間。

私はターニャ。22歳だ。23歳を迎えることはないだろう。宿屋の天井を眺めながら、ぼんやりとそう思う。


「かあちゃん!パンを買ってきたよ!」

「まあ、アーシュ、ありがとう」


本当はもう食欲なんてないのだけれど。きらきら目を輝かせるアーシュを悲しませたくなくて、かたい黒パンを、ほんの少しだけ口にする。


私は持っている魔力が極端に少ない。メリダでは本当にめずらしい。そのうえ、魔力の少ない子どもは、魔力熱が出るころまでには弱って亡くなってしまうという。だから大人になったメリダの人は、多かれ少なかれ魔力を持っているものだ。この体質は、遠くの国から来たというとうちゃんに似たのだろう。かすかに覚えているとうちゃんは私と同じ色の髪と目をしていた。とうちゃんは私が五つの時亡くなったので、覚えていることはほんの少し。今のアーシュのように、弱ったとうちゃんを心配していたことを覚えている。


メリダにはよその国からの定住者が極端に少ない。夢を持ってやってくるには船旅の二週間は遠すぎる。やってきた旅人も何年かいるうちに、とうちゃんのように体調を崩すので故郷に帰ってしまう。しかし帰る費用すらないとうちゃんのような人は。王都の片隅で消えてしまうしかない。孤児の病気も見てくれる奇特な薬師のおばばが、そう言ってた。


かあちゃんもいたようにおもう。けれど、とうちゃんの代わりに行商に出たとき、涌きに巻き込まれてなくなったのだと聞いた。いつかアーシュに話してあげなくちゃと思っていたのだけれど。


パタン。ドアの音がして目が覚めた。気が付いたらまた眠っていたようだ。もうほとんど起きていられない。アーシュが手を真赤にして戻ってきていた。洗濯をしていたのね。何も言わなくてもなんでもしっかりしてしまうこの子に、私もトニアもどんなに助けられたことか。そのトニアももういない。


魔力がゼロでなかったことが幸いして、私はなんとか生き延びた。トニア、リカルド、ディーエ、それに孤児の仲間たち。よく熱を出して寝込む私は何の役にも立たなかったけれど、孤児のみんなは、放りださずに一緒に過ごさせてくれた。


ねえ、アーシュ、あなたのとうちゃんはね、ディーエと共にリカルドの優秀な副官だったのよ。冒険者をやっていても、戦闘では弱くって。最弱のナイトなんてあだ名までつけられていたのだけれど、慎重で危機意識が強いトニアがいたら、孤児たちの作戦が失敗することなんてなかった。行動力があって突き進むリカルドは周りのことを見失いがち。ディーエは優秀だけど、リカルドに反対することはない。逃走経路を確認し、周りに警戒を怠らない、そんなトニアがいたからこそ、私たちは王都でも最大の孤児のグループを維持していられた。


12歳を過ぎて、美しくなった私は、いろいろな人から求婚されるようになった。美しいとか、そんなことはどうでもいいと思っていた。大切なのは仲間を思う気持ち。一緒にいたい気持ち。私のことを知らない、外側だけ見てほめたたえる人なんか気持ち悪いだけ。


でもついに14歳になった時、大きなお店の旦那さんから、囲われ者の話が来た。孤児だもの。正式な奥さんにはできないって。その代わり、孤児たちの仕事の面倒を見てあげるって。


私はいつ死ぬかわからない弱い体しか持っていない。みんなのためになるのなら、それでもいいかもしれないと思った。すでに冒険者になっていたリカルドやディーエはいい。孤児のグループには、まだ小さい子もたくさんいる。リカルドたちはそのすべてを引き受けて、命を削るようにダンジョンに潜っていた。


でも、みんなが反対した。せめて孤児でも職人でも、冒険者でもいいからちゃんと結婚して幸せになってくれと。そしてリカルドが、結婚を申し込んでくれた。


リカルドは兄のような人だ。いつも心配して、私を大事に大事に守ってくれる。私と結婚したら、きっと大事にしてくれて、今以上に頑張って、他の孤児も見捨てられなくて、そしていつか限界が来る。


それに商人の報復も怖い。大手の商人が孤児を排斥し始めたら、リカルドたちがどんなに頑張っても王都では生きていけなくなるだろう。


そうして商人に、承諾の返事をしようとした時、トニアがいたずらっぽくほほ笑んでこう言ったの。


「ターニャ、逃げようか」


トニアが大好きだった。いつも静かに側にいてくれたトニア。目立たないけれど、いつも仲間に気を配っていたトニア。誰と結婚しても長くは生きられない、だからあきらめて気持ちを押し込めていたけれど。


「王都の外に逃げてしまえば、孤児たちの責任とは言えないだろ?リカルドは他の孤児たちを見捨てられない。俺なら抜けたってなんとかなる」

「でも、私そんなに長くは……」

「だからこそ、その時間を共に。ターニャ、ずっと好きだった。いっしょに幸せになることを考えてくれないか」


幸せになってもいいのだろうか。


孤児たちには何も知らせなかった。リカルドを裏切って逃げ出したことにしようと。そうすればリカルドも被害者だからと、トニアはそう言った。兄弟よりも仲良しだった三人。つらくないわけがない。


けれど、私たちはふたりでそっと旅立った。ニルムに向けて。だからね、アーシュ、あなたは小さいころ海を見て育ったのよ。


西門には、リカルドがいたような気がした。トニアは、馬車の外に出て、西門をいつまでも見ていた。


それからはもう、大変だったの。旅暮らしは思ったよりお金がかかるし、トニアは冒険者としてはいまいちだし。私はすぐに熱を出して寝込むし。そうして、一生授からないと思っていた子どもを授かったの。アーシュ、あなたよ。


出産も大変で、子どもの命か妻の命かを選べとお産婆さんに言われてね、どっちも助けてくださいってトニアが泣くものだから、頑張ったわ、私。だからね、アーシュ、あなたと共に過ごした日々は、私にとってはおまけの宝物のようなものなの。


あまり泣かないあなたを心配しておろおろしていたら、ある日突然仕事のように泣き始めて。朝に一回、お昼前に一回。お昼寝前に一回。夕ご飯の後に一回。時計を見てるんじゃないかと思ったわ。アーシュの声で時間がわかるって言われたものよ。おむつを外すのは早かったけれど、なかなかしゃべらなくて。しゃべったと思ったら大人のように話すものだから、もうおかしくてね。


一度王都に戻って、こっそりリカルドに会いに行ったりもしたわ。王都ではやっぱりトラブルがあったから、すぐに旅だったけれど。


それでも命は少しずつ減り続けて。最期の時を過ごすために、メリルにやってきたの。


アーシュ、あなたが今一番ほしいものは、私の命ね。でもね、トニアが先に行かなくても、私の命はもう尽きるところだったの。願いをかなえられなくてごめんなさい。


願わくは、あなたにも私にとってのトニアやリカルド、ディーエが現れますように。ディーエはいらないかしら。いじわるだものね。あなたならいつか、あなたのおじいちゃんのふるさとにもいけるかしら。


また眠ってしまいそう。眠った先には、トニアが待っているの。アーシュ、先に行くわね。あなたがいて幸せでした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ