アーシュ15歳9の月学校へ行こう
獣脂も落ち着いたので、いよいよ学校のため帝都に帰ることになった。ここから四週間、しかしキリクでは馬を使い、二週間の行程を1週間で駆けることになった。
サラは生粋のキリクっ子だ。静かなように見えても馬は得意だ。筋肉痛に悩まされながらも、みんなで毎日爽快に馬で駆け抜けるのは楽しかった。
結局、ダンジョンは1日しか潜れなかったが、久しぶりに魔法を使って戦った。ようす見についてきたキリクの面々は感心しきりだったが、遠慮なく魔法を使えるというのはいいものだ。
ニコとブランはキリクのダンジョンがおもしろかったらしく、残ることになった。宿泊や食事のカードは使えないのだけれど、ノールでは領主館にお世話になるし、紹介状を書いてもらって少しずつ南下するんだって。
「とりあえず全部のダンジョンに行ってみる。15個だ」
「あんまり楽しいからって船に乗り遅れないでね」
「さすがにな、マリアに会いたいしな」
「帰ったら結婚なの?」
「できたらな。帰ったらもう19歳だ。しばらく王都を拠点にするが、いつか帰りてえな、メリルに」
「グレッグさんがいないからなあ」
「アーシュにとっちゃグレッグさんがメリルか。オレらは副ギルド長にも世話になってるからな、もうギルド長になってるか」
「私だって、子羊館があるからね、あそこは私の宿屋だもん。でも、1回メリダに戻ったらまた来るのは大変だから」
「ああ、マルな。思い切ったよなあ、そんなやつだと思ってはいたけどさ。アーシュはこの先どうするんだ?」
「学校が終わったらフィンダリアで宿屋をやろうと思ってる」
「フィンダリアか。ダンジョンがないからな」
「冒険者じゃない人を宿に呼び込めるかな。でも、旅って楽しいじゃない」
「俺らはな。冒険者じゃない人たちが宿屋に何を求めているかはよく考えないとな」
「うん」
帝国のダンジョンに招かれたのではなかったかとは思うが、ノアさんたちががんばっているし、何よりこれまで大きな貢献をしているから、いいのかな。
キリク中央のラノートに寄り、オーランドに顔を見せてきた。マルは、
「オーランドは帝国に来ないの」
と聞いていたが、
「さすがに帝国に行くのはな。あまり交流のない国の王族が来るとなると、大事になってしまうから」
「お忍びでとかは?」
「お忍びか」
「帝国がダメなら、来年春にフィンダリアで待ち合わせるのは?」
オーランドはそれならできるかもという顔をした。婚約者に会いたいと遠まわしに言われているのだ。嬉しくないわけがない。
「諸国を巡ってみるのも勉強だよ」
いいこと言ったって顔をしてるよ、マル。1年会えないのが嫌なだけでしょ。あれ、そういえばマルも、王族扱い?
「マッケニーには頼んでおくが、正式なものなので、一応帝国には婚約者がいることは知らせておく。お前たちも個人的に皇族と知り合いなのだったか?必ず知らせておいてくれ。帝国内で何かあったら外交問題だからな」
部族長会議の後処理で忙しい中、国境まで馬でついてきてくれることになった。2人で馬を掛けているところをセロと並んでほほえましく見ていると、
「お前らもだからな。まったく結婚してもいないのに長年連れ添ったみたいな風格が漂ってるよ。俺だけ?俺だけなの?1人は」
とダンがブツブツ言っていた。いつかマルのように、きっといい出会いがあるよ。
国境で別れを惜しみつつ、ここから馬車で2週間、遅れた授業の分の勉強もしながら帝都に向かう。私とダンはフィンダリアのようすをしっかりと眺めながら、来年のことに思いを馳せる。
子羊商会としても、魔物肉屋などできちんと利益は回収しているから、原資は少しずつ増えている。ダンは王都の子羊亭で継続的に利益を上げているし、私は特許類とギルドの朝食やレーションからの収入があり、2人ともかなりの資金を用意できる。おおがかりな宿屋を開いたとしてもおそらく借金することもないだろう。
「でもな、俺はフィンダリアの人たちも取り込みたいと思っているんだ。半分出資してもらってもいいくらいだよ。自分の国だぜ?しかも帝国の人ですらない。俺たちの爵位は少しは効くかもしれないが、マルのことはむしろ警戒要因かもしれないしな。この宿屋で、フィンダリアの人にも利益がないとな」
「じゃあ帝国で開く予定の宿屋も帝国の人を取り込むか……いや、ちょっとめんどくさいかも……」
「ま、とりあえずフィンダリアでな」
そんな計画を立てていたら、2週間なんてあっという間だった。
9の月の終わり、やっと新学期の始まりだ。サラは留学する気はなかったので、マッケニー商会預かりになる。帝国語を勉強しながら商会の手伝いをし、週末は私たちと一緒に行動する。住むところも一緒だといいのだが。
「事前に申請があったとはいえ、学生の本分は勉強にある。しかも予定よりかなり遅い。しばらくみっちり勉強してもらう」
久しぶりにゼッフル先生に怒られた。しかもまともな理由でだ。しかたない。
同級生たちは温かく迎えてくれたし、さっそくクラブに引っ張って行かれた。屋台の復活も街の人に喜んでもらえた。
帝都について早々に、アレクのところにも行ってきた。マルの婚約については、フリッツさんと共にしばらく絶句していた。
「マルは串焼きにしか興味がないと思っていたから……油断した」
油断したって。本音が漏れてるよ。まあ、私は予約済みだからダメだけど、子羊の誰か1人は帝国の人と結婚させたかったのだろう。
「しかしマルがな、まさかな……」
どれだけショックなの。
「考えようによっては、キリクとのつながりができたとも言えるんだよ。交友が広くなってよかったじゃない」
「そうなのか、そうなのかな、うん、とにかくおめでとう」
マルが嬉しそうに答える。
「ありがとう、アレク。キリクでね、魚の揚げ物がおいしくてね」
それ私が作ったやつだから。できたてホヤホヤの名物だから。
「串揚げっていう料理もあるんだよ」
ぐるり。マルがこっちを向いた。しまった、言ってしまった。
「アーシュ、それは?それはどんな料理なの?串?」
「ええとね、肉や野菜を串に刺して、フライにするの」
「アツアツを串で持って食べられる。なんで考えつかなかったんだろう!」
まあね、串ごと揚げるとか思いつかないよね。
「まあ、新しい料理は後で考えろ。それよりな、ちょっと話がある」
ん、少し警戒してしまったのは仕方ないだろう。




