アーシュ15歳9の月ノールにて
次の日、セロはまた港に、ウィルとダンはやっぱり鍛冶屋に出かけた。私たちはダンジョンだ。帝国のように街とダンジョンが離れていないので、行くのはすぐだった。ギルドはちゃんと機能していて、ダンジョンのすぐそばにあった。案内してもらってダンジョンに入ると、一階の安全地帯に解体所があった。
さっそくお願いして、脂身をもらい、小さく刻んで熱し、魔法で冷やして固形にしていく。油が簡単にたくさん手に入れられることに女衆は大興奮だった。
ダンジョンに気持ちを引かれながらも、作った油を持って館に戻る。ドーナツ待ちの人でいっぱいだ。でもちょっと待って。せっかく油が手に入るんだもの、他の料理もしようよ。
ということで、港町ならではの魚のフライ。今朝とれたてのものを切り身にして用意してもらっていました。塩とハーブで下味をつけ、粉をはたいて油にじゅっと沈めます。こんがりあがったところで試食です、はい、どうぞ。
「これは……」
「こんがり香ばしいのに魚はジューシーで……」
「アツアツでおいしい……」
ドーナツとは違うけれど、揚げ物は贅沢でおいしい。冬の厳しいノールではよい食べ物になることでしょう。さ、油をドーナツ用に変えて、お待ちかねのドーナツです。
これもわっと歓声が上がった。あれ、そう言えばサラにごちそうするつもりだけだったのに、なんだか大がかりになっている。ん?族長さんとケネスさんとスティーヴンさんだ。ちょっと来い?ドーナツをあげ終わってからでいいから?
スティーブンさんはノールに来てからもマルの側にいて、にこにこしてついて歩いているのだ。族長もケネスさんもウィルの案内をしたいのだが、ウィルは自分で好きなところに行ってしまうし、マルのやっていることもおもしろそうだしでふらふらしている。今日は獣脂を作るということと、新しい料理が食べられるということでこちらに来ていた。
「獣脂の技術を提供してくれ。それと魚のフライを広めたい」
かまいませんが。スティーヴンさんは、魔物肉の商売のときに間接的に関わっているはずなのだが、それを自分のところで応用することに気づかなかったらしい。というか領地のことをあんまり考えていなかったのだろう。自由すぎる。
獣脂の技術は、工場を作る場合はメリダでは一定の割合で利益をもらっていること、専用のなべや魔道具などはメリダに注文すれば手に入ること、帝都の解体所に見本があることなどを伝えた。
「スティーヴン、お前はそんなに近くに見本がありながら……たとえ離れていても、国のことを考えるのが族長の血筋というものだろう!」
怒られていた。
「キリクに広めてもかまいませんが、一応商業ギルドにも登録してある特許ですので、一定の割合の利益は口座にお願いします」
「しかし、そんなに低い割合でいいのか」
「もともと石けんのために作ったものでもあるし、あとレーションの材料として」
「む、石けんはスティーヴンが手に入れてくれるが、あれはよいものだな。獣脂が原料なのか……」
「獣脂も原料の一つですね。石けんはダンが担当ですから、必要なら相談してみてください」
「なんと!君たちはいったいどれだけの知識を持っているのだ!」
「父さん、それもだが、レーションとは何かね」
「ん、ダンジョン用に開発した携帯クッキーのようなもので、一ヶ月ほどもつ……」
「その作り方は?」
「必要ですか?長期のダンジョンアタックのために作ったものなんですけど……」
「深層までの行軍も時々ある。家族持ちが多いから、朝はしっかり食べるし弁当も持たせてもらえる、しかし長期となると黒パンを食べ続けることになるのでな。変わり種があるとうれしいのだ」
「えんばくが必要なんですが、用意できますか?魔法を使える人がいると作るのは楽なんですよ」
「む、魔法を使えるものなどいないが、えんばくは馬の飼料としてたくさん栽培されている。それを食べるのか……」
「あとはドライフルーツ、廃蜜糖などですが」
「手には入る。用意するのでまず作ってみてくれないか?」
「いいですけど……」
なんだか大がかりになってきた。
鍛冶が盛んなので、獣脂用のなべはすぐ作れそうだ。ダンジョン内なので、魔石コンロを使うことにして、これはマッケニー商会からそのまま持ってきてもらう。午前中は獣脂を作りながら指導、お昼にかけて揚げ物を提供。魚だけでなく、魔物肉やコッカの肉もあげられることを広めた。お母さんたちが知ったら、家庭で作れる。一般的な料理になる。食生活が充実。これ大事。
それから、えんばくを消化しやすく食べやすいオートミールにする作業を見せていく。蒸したえんばくをつぶしてくのが大変だが、人手でできないことはない。乾燥させるのは時間がかかるが、冬にまとめて作るのもよいだろう。できたものをおかゆにしたり、スープに足したりして食べ方も広めていく。
そしてレーションはと言うと、これも大好評だった。
それにしても、ダンジョンと密接に関わるキリクはメリダと似て過ごしやすい。なぜ魔法師がいないのかだけが疑問だ。そんなことをしていると、あっという間に9の月に入ってしまった。
その間、セロは若い漁師たちと知り合いになり、船で漁に出ていたそうだ。ダンジョンに入らなくても、漁師は大事な仕事。家の仕事として継ぐ人もいれば、ダンジョンの狭苦しさがいやで漁師になる人もいるのだという。
「ノールは昔からある漁港でね、ずっとずっと前は帝国とも取引があったらしいって言ってたよ」
「帝国って……山脈は通れないって言ってたよね」
「だから海沿いに。近いんだ、帝国の北領とは。船で一日もかからない」
「なんで知ってるの、セロ」
「え?えーと、漁師の友だちに?聞いたから……」
私はじっとセロを見た。セロはあちこち目をそらした後、ため息をついてこう言った。
「見てきました。すみません」
「別に謝らなくていいけど。危なくないの?海からの交流なんてないでしょ?」
「公式にはね。だから海岸沿いに船で出かけて、遠くから北領の港を見てきたんだ。ノールと同じくらいの規模だったなあ」
「海は危険じゃないの?」
「ん。よっぽどの天候の悪さじゃない限り大丈夫だって。北領の近くではここと違う魚が取れるらしくて、たまに行くんだって」
「そのまま海沿いにシュレムに行けたらいいのにね」
「アーシュもそう思う?オレもそう思ったんだ。シュレムまで船なら一週間かからないと思う。そうできたらさ、メリダからここまで一ヶ月しないで来れるだろ。そしたらウィルにも会いやすいしな」
「問題は寄港地だね」
「寄港地?」
「途中で寄る港ってこと。船小さいでしょ?夜はどうするの?」
「メリダに行くくらい大きい船なら大丈夫か」
「この港には入れなくない?」
「港に入れるくらいで、寝泊まりできる広さがあり、スピードの出る船、か」
「収納バッグをたくさん用意して、乗客を乗せられるようにして、定期便にすれば」
「いいな、それ」
私たちは顔を見合わせ、吹き出した。
「「利用する人がいないけどね」」
そう、特に貿易はしていないので、需要がない。
「それでも、そんな船を作ってみたいな」
「それであちこちの港を渡り歩くの。旅人として」
「旅人か」
「もちろん、売るものは持って行ってね」
「それは旅人じゃなくて、行商人だろ」
はは、夢がないな、私は。でもいつか航路がつながったら。
メリダはもっと近くなる。




