アーシュ15歳8の月力比べの夜に
オーランドは疲れ果てていた。長い一日だった。ウィルはかつて戦ったことのないほどの強敵だった。
しかし、この一戦は負けられない戦いだ。初めて見た、強い瞳。
族長の息子として生まれ、いずれキリクを継ぐこの身に、投げかけられるのは期待の目だ。決して強いとは言えないこの小さな体を鍛え、生活を律しながら生きてきた。
責任を負うことにためらいはない。しかし、せめて伴侶は、父と母のように、対等に支え合える人をと思ってきた。条件の合う人はいる。それでもその目は、オーランドをではなく、族長の息子を見ている。
マルは違った。オーランド自身を見ていた。強いのかと、私に釣り合うのかと問いかける瞳に、自然と嫁問いをしていたのだった。そうだ、何としても、この強い瞳をした輝かしい人を手に入れるのだ!
オーランドはしっかりと立って、剣を握り直した。
審判は立たない。納得するまでの勝負だ。
今日は私としか戦っていないマルは力にあふれている。一方、オーランドは一日戦って疲れ果てている。
始まりの合図もない。マルから動き出した。カン、と剣を合わせると、オーランドが押されて一歩下がる。それを力ではね返すと、2人は剣で打ち合った。しかしいつもの私のようにオーランドがはね飛ばされる。倒れたオーランドが起き上がるのをマルは待っている。オーランドは立ち上がるとまたマルに向かっていく。それが何度続いただろうか。
もうやめてほしい、自国の王子が一方的にやられるのを見ているキリクの人はそうおもっていたに違いない。オーランドが倒れるたび、声のない悲鳴が聞こえるような気がした。そしてついに立てなくなる時が来た。
肩で大きく息をするオーランドを、それでもマルは待つ。ゆっくりと、剣を杖にして、オーランドは立ち上がった。
マルは静かに歩み寄ると、オーランドの前に剣を置き、片膝をついた。驚いて目を見張るオーランドにマルは言った。
「倒れても倒れても折れない心、確かに受け取りました。あなたは強い。私を嫁にもらってくれますか」
オーランドはマルに手を伸ばした。
「もちろん、もちろんだとも。共に生きてくれますか」
「はい」
マルの手がオーランドと重なる。
かたずを飲んで見守っていた周りから、大歓声がわいた。
「誰にもやりたくなかった」
隣からウィルの声がした。
「うん」
私も答えた。あの手は私のものだった。出会った時からつなぎあってきた私たちの手。働きに行く時も、旅立つ時も、いつでも二人で手をつないできたのだ。
やせて目だけ大きかった頃。初めて2人で町にでた日。みんなで串焼きを食べた日。いつだって私より少し大きくて、少し子どもで。道を間違えそうな時は必ず正してくれた。迷った時は背を押してくれた。涙があふれた。隣でウィルが唇を震わせて上を見ている。
両脇で握りしめた私の手を、セロがそっとつなぎ直す。ダンがウィルの肩に手を回す。
「まだ2年以上ある。今はほら、祝福のともしびをあげよう」
セロはそう言うと手のひらを上にして、灯りを1つともした。そうだ、祝いの時だ。私は涙をぬぐうと、灯りを1つともす。ウィルも乱暴に顔をぬぐうと、灯りを1つともした。ダンも1つ。
「すげえ」
フーゴ、1年一緒にいたけど、魔法を見るのは初めてだったね。
次第にそれに気づいた周りもざわめきだした。
「なんだ、あの灯りは」
「魔法か?」
「魔法だ」
歓声がざわめきに代わり、やがて静寂が訪れる。
「アーシュ、いくよ、1つ」
「「「うん、2つ、3つ……」」」
灯りを1つずつ増やして行く。それをマルに送り届けよう。私たちの灯りはオーランドとマルを祝福するように舞い踊り、真っ暗な夜空に消えて行った。
「幸せにな!」
ウィルの言葉に2人はうなずき、再び起きた歓声はいつまでもなりやまなかった。




