アーシュ15歳8の月力比べ始まる
マッケニーさんと部族長に呼ばれたウィルが帰ってきた。
「何の用だったの?マルのこと?」
「そうじゃなくて、オレのことだった。後継ぎにならないかって」
「「「「後継ぎ?」」」」
驚いた。すかさずセロが口を開いた。
「でもウィル、マッケニー商会の後継ぎは断っただろ、それなのにか?」
「今度はじいちゃんとおじさんからの話だからな。父さんは好きにしていいっていってたけど」
「で、どうするんだ?」
「うん、まあ受けようかと思ってはいる」
なんだって!考えもしなかったよ……
「もともと冒険者として力をつける以外の将来は考えていなかったんだ。けど、いつまでも5人一緒にはいられないだろう。いずれはみんなが旅立つんだ。メリダに戻ることを考えていたけど、マルがキリクに留まるなら、オレもキリクに留まってもいい。何よりこの国は肌に合う」
「しかしマッケニーの領地は、ラノートからさらに北へ1週間だ。帝都からだと4週間かかってしまうのか……」
セロがうーんと考え込んでいる。
「なあ、マッケニーの領地の産業ってなんだ?」
「ああ、ダン、ダンジョンの魔石の産出のほかは、良質な鉱石が出ることから鍛冶だな。いい剣を打っているようだぞ。もともとはその輸出によりマッケニーが帝国との販路を持っていたらしい。そこから魔石も扱うようになったってわけ。あとはキリク唯一の港がある。だから漁業も盛んだな」
「オレたちが見る中で一番北の海になるな。行ってみたいな」
セロはいつでも行ってみたいのだ。
「なあ、行こうか」
「ダン?」
「学校はもう少し休めるだろ、またラノートまで来ようと思ったら来年まで待たなくちゃならないんだ。それならいま行っちゃおうぜ。跡を継ぐかもしれないんなら領地は見ておいたほうがいい」
「そうか。なら行くか」
「「「「行こうよ」」」」
それからウィルがちょっと言いにくそうに言った。
「あ、それからな、サラを連れてくことになるかもしれない」
「いとこの?」
「うん。あいつ、言いたいことなかなか言えなくて、自分を抑えて生きてるんだ。自己主張の強いマッケニーの中で、あきらめて流されてしまってる。マルにはアーシュがいて、メリルの仲間たちもみんなマルのことわかってくれてた。だからのびのび育ってくれた。けど、マルがもしここで育ったらサラのようだったかもしれないと思うと、なんか気になってしょうがないんだ。だから一回領地から離したいと思った」
私はマルと目を合わせた。サラとは顔合わせはしている。マルと似ててかわいいなと思っていた。楽しみ?うん、楽しみ。一緒に屋台をやろうか?うん、やろう。
「私たちは大丈夫。むしろ楽しみ。何を一緒にやろうかな」
「いきなりはな、少しずつにしてくれよ」
「ふーん、大事にしてるね」
「いとこだからな。ダンもセロもよろしくな」
マッケニーの領地へ行くことは、私たちを含めても大喜びで承認された。少しでも領地に興味があるということが大事なんだと思う。ただ、フーゴは戻ることにした。
「ついていきたいけどさ、こんな機会ないし。けど、さすがに一人くらい学校に戻って説明する必要があるだろう。それに収穫はあった」
フーゴはほくほくしていた。
「キリクの大鹿の皮はなかなか出回らないんだ。魔石の荷と共に、いくらか融通してもらえることになった。これで定期的に皮が手に入るとなったら、考えられることいっぱいあるんだ」
「一人で戻ることになっちゃうけど」
「いいんだ。キリク語も勉強したし、マッケニー商会の荷と大鹿の皮と一緒に帰るよ。帝国出身なのにキリク語がしゃべれるっていうのが、ここまで役に立つとは思わなかったよ」
それならいいんだ。一緒に勉強しててよかったね。そんな出来事もあったけれど、部族長会議も終わり、とうとう力比べの日がやってきた。
力比べはトーナメント制だ。特に強いものを東西に振り分け、後はくじ引きで対戦相手を決める。今年は優勝がマルの嫁取りの権利だ。参加者は多いが、一日で終わる。最後の試合はかがり火の中だそうだ。
もっとも、マルは勝った人に嫁ぐとは一言も言っていない。オーランドが勝ったら、嫁に行ってもいいと言っているだけなのに。
「ま、誰が来てもオレが倒すから心配ない」
と豪語するウィルは、西の筆頭。オーランドが東の筆頭という扱いになる。
午前中は8人を残して終了。あ、初日にからんできた男の子もいる。俺が勝つ、とサインを送ってくるが、勝っても私は関係ないんだけど。ちなみにセロは出場していない。
「無駄なことはいい」
それって嫁取りが無駄?
それともオレにかなうやつはいないからやっても無駄?
怖くて聞けませんでした。セロ怖い。
午後。会場は大盛り上がりだ。準決勝の前に、私とマルの試合がある。キリクも女性が戦うことは珍しい。でも、私たちが戦うのを見て憧れる女性が増えたんだって。
「すぐには変わらないと思うけれど、はっきりと意見を言える女子を増やしたいのよ。女子が冒険者でもいいのだと少しでも思ってもらいたいの。あなたたちすごい人気よ」
とは、オーランドのお母さんの言葉だ。族長のお母さんに頼まれたら、やらないわけにはいかない。ええ、対戦しましたよ。普段からマルに負けっぱなしの私だが、この時とばかり粘りましたね。そして女子の悲鳴のような歓声が響く中、やっぱりまた負けました。ううん。マルは強いなあ。
そんな盛り上がりのなか、準決勝はウィルと例の男の子。東は南端の領地の男の子とオーランド。
「セロの代わりに倒しといてやる。アーシュだって妹だからな!」
そう言って倒してくれました。兄貴!オーランドはまったく危なげなく勝ちあがってきた。
夕闇が迫る中、かがり火がたかれる。二人とも今日は何試合しただろうか。すでに肩で息をしている状況だ。でも、ダンジョンでは、そんなことは何回もあった。二人は静かに向かい合う。
カーン。始まりの合図とともに2人が飛び出す。組み合って動かない。力が拮抗しているのだ。ぐっと体をねじってウィルが離れる。距離をとり、ようすをうかがいつつまた剣を会わせる。今度は激しい打ち合いになる。ウィルが攻めて行く。オーランドが守る。今度はオーランドが攻める。試合は長く続いた。と、組み合ったウィルの体勢が少し崩れた。すかさずオーランドが打ちこみ、勝敗が決した。どよめきが走る。
しかし二人とも倒れこみ、立てないでいる。ウィルがなんとか立ち上がり、オーランドに手を貸して立たせる。肩を貸しあう2人に、惜しみない歓声が注がれた。そんな中、ウィルはニヤリとして言った。
「冒険者は甘くないぞ。お前にマルが倒せるかな」
オーランドははっとした。そうだ、この一戦に力を注いでいたが、マルは「私に勝てたら」と言っていた。まさか、今?かがり火の中、ウィルによく似た顔がほほ笑んでいる。金髪ががかがり火を受けて輝く。
「オーランド、まさか終わりじゃないよね?ダンジョンでは、疲れても魔物は待ってくれない」
そこに、戦いの女神が立っていた。




