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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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238/307

アーシュ15歳8の月ウィルとサラ

前回の終わりからそのままスティーヴンさん視点で始まります。

キリクに到着してすぐ、一族との顔合わせは済んでいる。私とよく似た容姿に、文句を言いだすものは誰もいなかった。むしろ父親と同じ、マッケニーの後継ぎにと騒ぐやつらばかりだ。


ましてウィルの強さ。力比べの前に、マルを守って部族の者をなぎ倒していく強さには、マッケニーだけでなく他の部族にまで熱狂的な信奉者ができるほどだ。自分の娘を嫁にしないかと言う申し出も多い。そんなことを気にもせずにこの状況を楽しんでいる息子は頼もしいというか、あきれるというか、私から見ても大物だ。


案の定、族長が呼んでいるという話にもまったく顔色を変えることなくついてきた。


「よお、じいちゃん。ケネスおじさんもどうした?」

「ウィル、話があってな」


こんな風に壁を作らないウィルだから、2人ともあっという間に陥落したのだ。


「オレ結構忙しいんだ。マルの奴が大変で」

「話は聞いておる。身分も釣り合うし、問題なかろうて」

「早すぎるだろ、おじさんもさ、サラがオーランドにって考えてみろよ」

「それは……確かに心配だな」

「だろ、おもにこう、うまく会話できるのかとか、族長の嫁としてやっていけるのかとかさ」

「そうそう、わかってるな、ウィル」

「だろ、あ、サラ、心外だって顔してるけどさ、わかりにくいんだよ、お前もマルもさ。たとえばマルさ、今すごくふわふわしてるけど、みんな気がついた?」


みんな首を振った。


「あとサラさ、なんか元気ないぜ。大丈夫か」


サラは少し目を見張り、それから大丈夫とうなずいた。


「そうか?まあ、マルのことは本人がいいって言ってるから許すけど、簡単には渡さないからな、あ、じいちゃん、なんだっけ、話があるって」

「うむ、お前、ケネスの後を継いで次の族長にならないか?」

「は、オレがか。今んとこ考えられないな。なんで、マッケニーの一族の誰かでいいじゃん」

「本来は長子の息子に継がせるもの。スティーヴンのわがままでケネスが継いでくれたが、サラは女子、ウィルが継いでくれればうまくおさまるのだがな」

「それで一族のみんなが納得するのか」

「若い者は特にな、お前の強さを知っているからな」

「サラ」


ウィルはサラに向かって言った。


「お前、族長を継ぐためにずっとがんばってきたんだろ。急に来た知らないやつに継がせるって言われていやじゃないのか?」

「戸惑っているけど、いや、ではありません」

「なんでだ」

「人の気持ちは分かりづらい。一族のみんなの期待にこたえられる自信がないのです」

「サラ、マルと同じ年なんだから、普通にしゃべっていいんだぞ」

「こういうしゃべり方が楽だから」

「そうか。な、じゃあさ、族長になるのやめたら、何がしたい?」

「誰かに嫁ぐでしょう」

「嫁に行きたいとこ、あんのか?」


ない、とサラは首を振った。


「じゃ、嫁に行くまで何をしたい?」

「何を……考えたことなかったから」

「おいしいもの食べたい?どこかに行ってみたい?勉強したい?剣を習いたい?」

「……」

「な、アーシュに今度お菓子を作ってもらおうか。ドーナツ、こう、ふわっとカリッとして、熱くて、それにお砂糖がかかってるんだぜ?想像してみろよ」

「おいしそう……」

「な、串焼きはどうだ?マルの作る串焼き、うまいぜ?」

「マルが作るのですか?私も料理は好きです」

「マルもだ。やっぱりいとこだな」

「いとこ……」

「帝国に行ってみたくはないか?建物も景色も全然違うぞ」

「行ってみたい……」


サラの顔が憧れに染まる。こういう表情もできるのか。


「おいおい、話がずれてるぞ」

「ずれてないよ。おれが族長になるってことは、サラがならないってことだ。マルが幸せになるように、サラだって幸せにならないとならないだろう。大事なことだ」


父も、ケネスもあっけにとられている。私もだ。最初から見ているものが違う。これが上に立つ者の器でなくてなんだというのだ。


「ウィルよ、もしお前が族長になったとしたら何を目指す」

「それはもちろん、一族の幸せだろう。そしてその幸せがキリクの利益につながるように考えないとな。マルが幸せになるようにな。おいじいちゃん、まだなるって言ってないからな」

「今のところ考えられないとは……いやということではないのか?」

「別に」

「では」

「オレ、強くなりたい。帝都には俺より強い奴はほとんどいなかった。フィンダリアは武の国ではないから、強い奴はあまりいないんだって。メリダには俺より強い奴、まだいっぱいいるんだ。だからメリダに戻りたいと思ってはいる。けど」


ウィルは不敵に笑った。


「キリクはどうかな。若い奴には今のところ負けなしだ。この国の、戦う雰囲気は好きだ。ダンジョンも潜ってみたい。ここは、俺を強くしてくれるかな。族長になる価値はあるのかな」


ウィルはまっすぐ族長を見た。なんだこれは。忘れていたマッケニーの血が騒ぐ。ケネス、父さん、お前もか。


「若い奴らに勝ったくらいで何をほざく。力比べには出ないだけで、この国の男たちは本当に強いぞ?」

「まあ、お前程度、ここにはいくらでもいる」

「へえ、言ったな、じいちゃん、おじさん、やるか?」

「よし、表に出るか」


全員、席を立った。


「待て待て、そんな話じゃないだろう」


私はあわてて止めた。まったく、キリクの気質はこれだから。危うく私も表に出てしまうところだった。


「ウィル、私はキリクが窮屈で仕方なくて外に出た。お前に同じ思いをさせたくない。だからお前の思いを尊重する」

「急な話だからな。なあ、じいちゃん、おじさん、それすぐに決めなきゃいけない話か」

「そんなことはないが、サラのことを考えたらそう待ってもいられない」

「私は別に嫁ぐのが遅くなっても、なんだったら嫁がなくてもいいですから」


ウィルは少し考えた。


「2年。2年、待ってもらえるか」

「2年。理由は」

「1年は学校。次の1年は仲間とおそらくフィンダリアに行く。そうしたら、マルを連れて一度戻ってくるよ。だから2年。ただし」


ニヤッと笑った。


「部族長会議の期間に、キリクにいたいって思わせてくれよ。強さを、見せてくれ」

「言われるまでもない」


父が、ケネスが力強くうなずき返した。ウィルは続けて言った。


「あとさ、サラ、こんどの1年間、帝国に一緒に来てみないか」


サラの目が丸くなった。


「いい経験になるぜ。留学が無理なら、父さんの商会で見習いをしたらいい。リューイもいるしな。少しここを離れて、やりたいこと考えてみなよ。お休みの日はオレたちの屋台の手伝いをやろうぜ。せっかく帝国に店があるんだ。一族の者が見聞を広げるいい機会だろう」

「そんなことをして、もし戻ってこなかったら」

「戻ってこないような奴は、ここにいても不満があったってこと。まあ、考えてみて。なあ、話はこれでいいか?」

「ああ、2年後だな」

「そう。ま、仲間とも相談してくるわ」


ウィルはひらひらと手を振って出て行った。


「なんとも、自然に上に立つ者の考え方をしているとは……」

「ウィルの仲間の子羊は、みなそうなのですよ、父さん」

「何としても跡を継いでもらいたいものだ」


そしてウィルを見送っていたサラは言った。


「あの、父さん。私、帝国に行きたいです」



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