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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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アーシュ15歳7の月力比べの前に

マルがかわいいという若者をもう一度確認するために振り返ったら、その人はまっすぐ歩いて馬にぶつかり、馬に頭を下げていた。よく見ると耳が真っ赤だ。


キリクでは嫁取りが軽い。7日間で5回も求婚された私はそう思ってうんざりしていたが、そうでもないのかな。マルはと言えば、ぱっと見はわからないが明らかにふわふわしている。こんなときは、さっそくウィルに告げ口だ!


「え、マル、なんなの、愛情を賭けの材料にしちゃダメだよね」

「賭けたんじゃないもの。私は強い人がいい。だから実力を見せてもらうだけ」

「かわいいとか、小さいとか、人は見かけじゃないし、それ男に言っちゃいけないことだし」

「マルだってアーシュだってしょっちゅうかわいいからとか見かけだけで求婚されるけど」

「それっていやだろ?」

「いや、ではない。ただ中身も見てほしい」

「ほら、その?オーランドっていうやつもそう思っていると思うなあ」

「だって助けてくれたし。中身もいいと思う」

「それに、若いし、稼ぎとかさあ」


そんな話をしているウィルとマルにマッケニーさんが言った。


「オーランド様は族長の長子。帝国で言えば皇太子」

「はあ?稼ぎ……はともかく、そんな、えー、つまり、面倒なところに嫁いだらマルが大変なんだぞ?もてるやつかもしれないし」

「部族の若者で最強。小さくても素早い動きで敵を圧倒するスタイル。確かに人気はある。特に男連中にな」


マッケニーさんが情報をあげていく。


「しかし浮いた噂はない。族長も奥方様も心配するほどだ」

「だけどな、もっと知り合ってから」


言い募るウィルに、マルが下を向いた。


「だって。どこに嫁いでもアーシュはいないから。だったら、かわいいなあと思う人の側にいたいと思って何が悪いの?」

「マル……」


ウィルはため息をついた。


「わかってる、こんな恋をすると思ってたよ、マルのことはオレが一番知ってるからな。アーシュに惹かれたみたいに、いつか、突然にって。でも、思ってたより少しばかり、いやだいぶ早かったからな」


ウィルは頭をがしがしとかいた。


「今すぐではなくても、嫁いだらもうあちこち回ったりはできないんだぞ。それでもいいのか。この国で生きていけるのか」

「この国はね、お兄ちゃん、息がしやすい気がする。どこまでも続く草丈の高い草原。大きな鹿。遠い山並み。そして」


マルがちょっとニヤリとした。


「たくさんあるダンジョン」

「「「あー」」」

「もちろん、肉もおいしいぞ」


マッケニーさんが余計なことを言う。そうだね、マル、いつまでも5人一緒にはいられない。一抜けしたのは私とセロだ。


「父さん、オレは反対はできないよ。ただし俺も力比べは出るからな。オレを倒さない限り、マルは渡さない」

「私も弱い人に嫁ぐ気はない」


こうしてマッケニーの兄妹が参加することはあっという間に広まり、勝てば美しいマッケニーの娘を得られると大騒ぎになった。


しかし私も他人ごとではなかった。今私とマルは、一段高い席に座らされている。私の前にはセロが、マルの前にはウィルが、剣を持って立っている。


婚約者がいるというのに、求婚が絶えない。勝てば得られるというのに、それが待てない。そのたびにセロとウィルが撃退していたが、きりがないのでこういう形になった。つまり、挑戦できるのは一日に2時間のみ。


こうなると、私やマルは、お飾りだ。異国のA級冒険者と戦ってみたい若者が毎日列を作る。すでに求婚など影も形もない。しかし、ちょっと待って。私たち、こんなの柄じゃない。


私は、お人形のように席に座りながらマルにこう言った。


「ねえ、セロとウィル、きりがないからうんざりするって言ってなかった?」

「言ってた。でも」


マルが私をちらりと見てこう言った。


「絶対楽しんでる」

「うん。ねえ、マル、ずるいと思わない?」

「思う。私たちのことなのに」

「やろうか」

「やろう」


次の日、私たちは冒険者の服を着た。セロとウィルはやっぱりなって顔をして肩をすくめた。そして私たちの代わりに一段高い席に座ってくれた。


「今日からは、俺たちと戦いたければ、この二人に勝ってからにしろ」


どよめきが起きた。ここキリクでも帝国と同じように、女性はあまり戦わないらしい。


おそるおそる挑戦してきた若者はこてんぱんにのしてやった。何度か戦ってみせると、やっと実力が理解できたようで、本気で挑戦する人たちが増えてきた。そうなると、セロもウィルも高い席で座って遊んでいることなどできはしない。結局メリダの冒険者コーナーができ、ひっきりなしに戦うはめになったのだった。帝国でのんきにしていた私たちにとって、それがどんなにうれしかったことか。


かのオーランド君も、挑戦してきこそしなかったが、マルのことをよく見に来ていた。優しい瞳で。焦がれるように。マルは気づかない。私は気づいた。ウィルも気づいている。私たちもマルを見ているからだ。いとおしいものを見るまなざしで。大人になるのを惜しむように。


その一方、若者が盛り上がっているのを快く思うものばかりではない。メリダだと。異国の者に簡単にやられているのも癪に障る。女だてらに剣などと。それに乗って大騒ぎ。最近の若者はまったく。


もともとスティーヴンはそんな年寄りたちの縛りがいやで、キリクの外に出たかったのだ。言われるがままに子どもたちを連れ帰ってきたが、さて。


「ウィルを差し出せとおっしゃる」

「差し出せなどと。正統な後継者に後継ぎを任せると言っているのだ」


相変わらずなのだ、この頑固な父親は。弟のことを考えもしない。


「ケネス、私が勝手をしたことでお前に部族長を押し付けたことは悪いと思っている。しかしもう十分部族長として立派にやっているではないか。いまさらウィルになどと。サラに、マッケニーの一族から優秀なものをめあわせればよいではないか。そのものを後継ぎにすればよい」


ケネスは弟だ。そしてサラは姪っこだ。残念ながら、弟は男子には恵まれなかったが、サラはマルに似て、感情がわかりにくいが聡明な子だ。本人が後継ぎでもいいくらいなのに、何が不満なのだ。


「いや兄さん、私はやはり部族長にしては気が弱い。ウィルに会ったが、明るくて気持ちがいいうえに、実力もオーランドと並ぶほどだといわれているではないか。サラは賢いが、結婚してうまく夫を支える性質ではないし、ウィルに族長を継がせるのに何のためらいもないが」

「ウィルは自由に育ってきた子だ。いまさら籠に押し込める気などない」

「サラならいいのか」

「何を……」

「好きでもない男とめあわせて、族長を継がせるのがサラならかまわないのか、兄さんは」

「ではサラはどうしたいのだ」

「私は……」


サラが何も答えないでいるうちに父が言った。


「ウィルに直接話をする」

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