アーシュ15歳5の月の終わりに
遅くなりましたのでひっそり更新です。
そうして、表向きはウィルの教育という形で、リューイは私たちと一緒に働くことになった。ダンは平日でも下見に動くし、マルは魔物肉屋の踊る子羊亭によく顔を出す。ダンの預かりと言っても、要は子羊の働き方をよく見ておけということなので、そういった機会にも必ず立ち会わせる。
そのため放課後にリューイを呼びに行ってから出かけることも多くなり、
「リューイさんが会長の息子に振り回されている」
ともっぱらのうわさだった。正確に言うとマッケニーさんのわがままに若者全員が振り回されているのに。
しかしリューイは本当にお坊ちゃんだった。部族でも部族長に次ぐ家の出でもあり、最初からいわゆる幹部候補だ。
下積みもあったはずだが、貴族を相手にするのに気を使う程度。魔石は一定価格で買い取り。キリクから来る魔石の量も少しずつ増えるのみ。マッケニーさんの役に立つことばかりを考え、今ある仕事を少しでもうまくやる事だけやってきたのだ。
マルについて歩いても、魔物肉の買い取りから下ごしらえができない。屋台を引いて歩くことがまず恥ずかしい。呼び込みのために声を大きく上げられない。言ったら悪いが、下町の小汚い人たちに接するのが苦手。
フーゴは持ち前の明るさと人懐こさと若干の無神経さとであっさり乗り切ったし、ナズは案外何でも平気でこなすので問題なかったが、リューイはなかなか慣れなかった。そしてやっぱり気持ちがマッケニーさんの方を向いていた。ほめてもらいたいのだ。ウィルもダンもちょっとお手上げ状態だ。マルはリューイさんがどうなろうとまったく興味はないし。
「ダンジョンに連れていって鍛えるわけには行かないし、参ったな」
「けど、キリクだろ、地位の高いものはかなりの割合で冒険者になるはずだよ」
ダンが言った。ウィルはぶつぶつと答えた。
「冒険者ではあるらしい、けど14歳で留学してるからな……。商売の問題かと思ったが、ありゃスティーヴン教の信者だな……しかも片想いだし」
「いっそのこと、オレのオヤジだ!手を出すな!とかやってみたら」
「無理。リューイが父さんを好きなのは気にならないんだ、別に」
ウィルはふう、と息を吐いて、改めてダンに聞いた。
「なあ、ダンの評価は?」
「うん、業者とのやり取りも慣れてるし、俺たちより大人だし、うちが狙ってる庶民からやや上の顧客層にはまったく問題ないと思うよ。あー、つまり一号店は任せられないが二号店なら任せられる感じ」
「魔石や魔道具を狙って参入してくるような相手にはまだ対抗できないってことか。まだそんな動きはないみたいだけど、いずれ誰かが動くだろ」
ウィルは悩ましげだ。そこにだまっていたセロが声をあげた。
「なあ、リューイが今どんな人かなんてあんまり関係なくないか」
「え、セロ、なんで?」
「オレさ、世話になってるからあんまり言わなかったけど、別にマッケニーさんのことはそれほど尊敬してない」
「え、立派な魔石商だろ」
ダンが驚いて言った。
「ん、でも尊敬してない。だからリューイが今どんな人でもどう成長しようとどうでもいいと思ってる」
みんな驚いた。セロは普段、誰のことも悪く言わない。もちろんマッケニーさんのことを悪く言っているわけではないが……。
「いつものアーシュじゃないけど、これは俺たちが受け持つべき問題じゃないんだ、ほんとは」
う、すみません。
「一ヶ月リューイを預かった。そろそろみんなで話しあっていい時期だろう」
「まあな、そうするか」
ということでマッケニーさんのお屋敷だ。6の日の夕御飯のあと、みんなで集まった。マッケニーさん、アンディさん、リューイ。子羊5人。フーゴ。
「俺ちょっと、部外者だし」
とフーゴが相当遠慮していたが、
「今後商売で関わる相手だから。あと部外者がいたほうがいい」
とセロに参加させられていた。
一人緊張するリューイに、マッケニーさんは、
「どうだった、何か勉強になったか」
と聞いた。
「はい、お遊びと少し馬鹿にしていましたが、マルの屋台も綿密な計算と勝算のもとにやっていることがわかりました。また、ダンと一緒に子羊亭のたち上げを見て、とてもおもしろかったです」
「ふむ、ウィル」
「商売に関しては特に。ただ、庶民に物を売るということをきちんと勉強したほうがいいと思った」
「ダン?」
「貴族相手なら問題ないでしょう」
マッケニーさんは二人のそっけないとも言える返事に首をかしげた。
「もう少し親身になってくれるかと思っていたが」
「父さんの意図がわかればもう少し考えたけど、わからなくなったから。はっきり言わせてもらうけど、リューイをどうしたい」
ウィルが切り込んだ。リューイだけでなく、アンディさんもマッケニーさんの答えを待っている。マッケニーさんは少し考えた。あ、これ何も考えてないパターンだ。
「特には。このまま次の世代に任せたらもしかして商会がつぶれるかもとは思っているが、それは時代の流れだろうし」
「スティーヴン、お前何言って……」
「アンディ、お前に任せてもいい。子どもも戻ってきた。やり残した後悔はない。またふらふらしてもいいし」
「そんな、どこに行くって言うんですか!」
「どこにかなあ」
マッケニー組は大騒ぎだ。
「なあ、どうしよう」
フーゴもおろおろしている。そこにセロの声が響いた。
「なあ、いい加減にしろマッケニーさん」
部屋が静まり返った。
「ウィルもマルも一度はあんたのわがままに巻き込まれて、孤児になったんだ。二度はない」
「セロ、お前はわかるはずだ。縛られる苦しさを、解き放たれる喜びを、遠くへ行く楽しさを」
「オレの憧れを坊やのわがままと一緒にするな。あんたにわかるのか。どこにも属さない苦しみを、行くあてのないつらさを。遠くに憧れざるを得ない者の悲しみを」
「坊やとは」
マッケニーさんがふっと笑った。
「坊やだろ。自由を求めて遠くに行き、遠すぎて妻子をなくしたんだ。その間の悲しみをアンディとリューイは見ていたかもしれない。だからあんたを甘やかすんだろう。暖かい場所でな。だがその間やせこけて寒さに震えていたウィルとマルを見ていたのはオレだ。アーシュがいなければ次の冬は越せなかった」
アンディさんとリューイは目を見開いた。知らなかったのか。セロは続けた。
「ウィルとマルはあんたを許した。けど、もう一度自由になるためにウィルとマルを、そしてリューイを利用するなら俺は許さない」
「許さずにどうする」
「孤独を。ウィルとマルは返さない」
「自分は美しい妻を得て羽ばたこうとしているのに?」
「共に飛べる鳥を選んだからな」
パンパン、と手を叩く音がした。
「セロ、言い過ぎだ」
ウィルだ。苦笑している。
「聞いた通りだ父さん。ちゃんとしないとセロがオレたちを返してくれないよ。父さんがいない間誰がオレたちを育てたと思ってるんだ。めんどくさがってないで、ちゃんと父さんもリューイを育てろよ。魔石の再利用もちゃんとするって約束したろ。オレたちもいそがしいの」
「父さん、私にとってリューイは友だち、アンディはおじさん。父さんにとって商会は子ども、キリクは家族。そんな簡単に捨てていいものじゃないの。捨てなくたって遠くには行ける。どうしたの?疲れちゃったの?」
天使がここにいる。
「甘えんな、父さん。大人なんだから、面倒だからって放りだすな。キリクと従業員の生活がかかってるんだ。何が悪いのかはっきりさせて、ちゃんとリューイを後継者として育てろ」




