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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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232/307

アーシュ15歳もう5の月

いつも私ばかりうっかりしているわけではないのだ。


「若いって……。これでももう商売を手伝って6年以上たつんだ。まだ学生の君たちに何がわかる!」

「6年、父さんを見てきたのか……」


正しくは手伝いで3年、就職して3年ということになる。リューイは一族の中でも学業に優れ、マッケニー商会の大事な一員として、つまりウィルの将来の片腕として期待されていたらしい。だから中央高等学校にも留学しているし、高校時代から商会の手伝いもしていた。ウィルとマルがいなくなって、後継者扱いになってからも、頑張ってきたという自負があるのだろう。また、ウィルとマルがいなくなる前のマッケニーさんのことも知っている。


自分の部族の部族長の息子だ。外国で嫁取りしたと聞いたときは部族中が悲鳴を上げたし、部族長にならないと聞いた時も大騒ぎだった。現在はまだマッケニーさんの父親が部族長として健在だが、次代はマッケニーさんの妹の婿であり、よい人なのだがやや求心力に欠ける。


とにかく、人物としても、お騒がせな人としても有名であり、また魔石の輸出を安定させてキリクの経済を活性化させている人でもある。だからこそ輝いていたし、妻と子を失ってからの変わりようは皆を心配させたのであった。


皆がどうやっても輝きを取り戻せなかったのに、子どもたちが帰って来てからはあっという間に元に戻った。よく笑い、表情も変わる。何やら商売さえ新しいことを始めている。帰ってきた息子は父によく似て輝かしい。キリクでは高く評価される冒険者でもある。娘もまれにみる美しさだ。


安定していたとも、停滞していたともいえるマッケニー商会は、いま混乱のさなかにあったと言ってもよい。しかも、息子が現れて半年以上、商売に目を向ける気配もない。どうなっているのかと不安なのだ。どうなるかわからない息子に期待するくらいなら、安定したリューイにつこうかどうか。


ばかばかしい。それが私の率直な感想だ。だから不安や敵意のこもった目で見られても知らんぷりしていたのだが……。


「そして6年、安定した客相手に安定した商売をしてきたってことだろ、リューイ」

「当然だ。マッケニー商会だぞ。帝国唯一の魔石商だ」


リューイは誇らしげに言った。


「オレ、マッケニー商会を継ぐつもりはないって言ったけどさ、リューイ」

「だからなんで」

「興味ないから。それにな、もし興味があったとしても継がない」

「どういうことだ」

「商売やるなら、自分で新しく始める」

「始めるって……」

「考えもしなかったのか?」

「……」

「なあ、リューイ、こっち来てから一年、マルが去年やったことってなんだ?」

「マル?去年魔物肉のお店に関わってたか?あと今お遊びで屋台やってるだろ。ウィルも手伝ってるやつ」


うーん。やっぱりそう思ってたか。


「マル、屋台の内訳を教えてやれ」

「屋台そのものは自分の店の所有物。朝しか使わないので昼は店に残ってる。それを有効活用。したがって賃料はなし。魔石コンロの魔石は自分で魔力を補充できるから燃料代もかからない。串焼き一串500ギル。それを200串。ほぼ2時間で売り切る。原価は結構高くて、一串200ギル。300ギル×200串で、60000ギルのもうけ。以上」

「アーシュは」

「私はドーナツ一つ200ギル、三つなら500ギルで売ってる。砂糖が高いのと、獣脂の仕入れもあるから原価は100ギルを少し切るくらい。300個ほど売るから、利益は30000ギル。その時手伝ってくれた友だちにアルバイト代を出しても、2人で2,3万は稼ぐかな」


リューイはあっけにとられている。屋台はお嬢さんたちの遊び、赤字が出てマッケニーさんにうめてもらってるくらいに考えていたのだろう。子羊がそんなことするか。お小遣い稼ぎって言ったって、毎日の自分の生活をきちんと立てられるくらいは稼いで当然だ。


「魔物肉の店な、あれ、料理はマルが考えて、オレたちが出資して、マルがオーナーだから。儲かってるぞ、ふつうに」

「はあ?アイデアを出しただけじゃなくて?」

「そもそもオレは子羊商会っていう商会のオーナーの1人なんだ。もちろんマルも。つまり幼馴染で立ち上げた商会に入ってるってこと。まだ大きな商売はしていないし、今のところ人生の中心を商売にするつもりはないけど、冒険者で稼いだお金を出資して、支えていくつもりだし」

「しかし、会長はお前を後継ぎにって」

「からかわれたんだよ、リューイ、そしてはっぱをかけられたの。気づけよ」


ウィルはあきれて言った。


「オレが、というかオレの商会が本気でやるなら、マッケニーはつぶれるかもね」

「な!」

「ああ、ダンに散々おどかされたなあ」


マッケニーさんがおかしそうに言った。


「学生じゃなきゃ、んでダン一人だったらやってたかもな」


ダンが肩をすくめた。やる?やらないよ。やれるけどな。


「そうだなあ、ウィル、ダンならその才覚はある。子羊の一員でいてくれてよかったよ」

「スティーヴン、どういうことなんですか」

「ああ、つまりな、マッケニー商会がつぶれたらどうなる?」

「あ、スティーヴンが悲しむ」

「まずそれかリューイ」

「なんだというんだ、さっきから。父親が大切じゃあないのか」

「マッケニー商会が潰れたらまず困るのはキリクだ。そして商会の従業員。今までマッケニーと取引してきたすべての商人。客。もちろん父さん」


ウィルが言い聞かせた。


「まあ、父さんくらいならオレとマルが養ってやる。オレたちは、人を苦しめるために商売をするんじゃない。最初は深く考えずに始めたけど、いま商売をやるなら、他の人が思いつかないこと、そして商売をすることで楽しむ人、助かる人がいることが条件になると思う」


そしてリューイを見つめて言った。


「だから、マッケニーはつぶさない」

「つぶさないでくれよ、ほんとに」


マッケニーさんは笑った。


「でも父さん、言いたくないけど、このままじゃまずいぞ」

「まあな、内側からつぶれたらまずいよな、やっぱり」

「めんどくさがってないでなんとかしろよ」

「ははは、商会を大きくしたからもう私は十分じゃないか?」


リューイは情けなさそうな、少し悲しそうな目で2人を見ている。6年、見てきた。それでも、親子の絆にはかなわないのか。そう思ってるんだろうなあ。


「リューイ、違うよ」

「アーシュ?」

「親子だからじゃない。似た者同士だからだよ」

「どういうことだ」

「権威や自分を縛るものは嫌い。自由に生きたい。好きなことややりたい事にはまっすぐ。そのほかはちょっとめんどくさい」

「マッケニーさんはそんな」

「そんな人だから国を飛び出して勝手をしてるんだと思うけど。ウィルがキリクに生まれて世界に興味を持ったらマッケニーさんになる。マッケニーさんがメリダに生まれて強さに興味を持ったらウィルになる」

「それなら私は永遠にこの商会を継げはしない」

「飛び出して新しく始めることと、もう大きくなったものを大事にしてさらに大きくすることは役割が違うと思うけどな」

「アーシュ、私は……」


リューイさんはうつむいた。


「うん、めんどうだな。リューイ、しばらく子羊について歩け」

「何言ってんの父さん、オレたちがめんどうだし」

「ダンにでもまかせればいいだろう」

「いや、ちょっと待ってください、マッケニーさん、俺今、新しい商売始めようとしてて」

「ダン、ちょうどいい、リューイを勉強させてやってくれ」


ダンに流れ矢が飛んできた。


そしてなぜだか週末にリューイを預かることになった。そんな時もあるよね。ダンが遠い目をした。

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