アーシュ15歳4の月マッケニー商会
マッケニー商会に行くのは週に一日、6の日だけ。勉強、乗馬は商会の敷地内で行われているが、食事はマッケニーさんの屋敷で取る。そのまま泊まっていくときもある。夕食は、アンディさんとリューイもたいてい一緒だ。ここも勉強の場なので、会話はキリク語ですることが多い。
とにかくマッケニーさんが楽しそうなので、素直に甘えている。
そのどこに反感を買うのかと考えてみても、いまひとつぴんとこない。
そんなある日、店舗のほうを通りがかった時、めずらしく店員のいらだった声が聞こえた。
「うまく使えないって言われても、それはそういうものですから」
「こっちは安くない金を出して買ったんだぞ、使いづらいから持ってきているのに、なんでちゃんと説明してくれない」
どうやら魔石コンロを買った商人のようだ。
「いままでその製品を買われた方から不満が出たことはないんです。無理して買うから使い方がわからないんですよ」
「なんだと!」
あらら。王都の子羊亭ならこれは怒られるわー。そう思うのだが、特に店員を叱るものもいない。
「ちょっと見せてくれますか」
「え、あ、お願いする」
ウィルが間に入った。え、めずらしい。
「あんたは何を」
「ちょっとだまっててくれ」
文句を言う店員に静かに言うと、しん、とした店内でウィルが魔石コンロを点検する。
「ああ、料理を出す仕事ですか?」
「ん、そうだ、よくわかったな」
「買ってすぐなのによく使いこまれているから。魔石コンロは初めて?」
「そうだ。一定の火力で便利なものだな。しかし着きが悪くなってな」
「そうでしょうね、アーシュ、ぼろきれを貸してくれ」
「いいよ、はい」
「いいですか、この着火部分にずいぶん汚れが付いているので、ここをこのように重点的に掃除してください。料理をするとどうしても汚れるから」
「なるほど、確かに」
「っと、こうすると、ほら」
「おお、ちゃんと着火したよ」
「仕事で使うと魔石の減りも早いですからね、火力が落ちたら気をつけて交換するといいですよ。普通のコンロより扱いは楽だけど、やっぱり整備しないと長持ちしませんよ。せっかくの買い物ですからね」
「そう言われるとその通りだなあ、便利なものだから何もしなくてもいいと思っていたよ」
「仕事の相棒ですからね、大事にしましょうよ」
「ありがとうな」
「どういたしまして」
商人は機嫌よく出て行った。道具は大切にしなきゃね。さあ、勉強に行こう。
「ちょっとあんた、何勝手なことしてるんだ」
「説明の手伝いをしただけだけど?」
「会長の息子だからと言って、店員でもない部外者が口を出さないでくれ」
「ああ、それはそうだけど」
ウィルは頭をかいて言った。
「じゃあさ、あんたこそあの人をどうするつもりだったの?」
「どうって、難癖付けてくる客は追い出すにきまってるだろう」
店にいる店員はみなうなずいている。
「実際、今までこんなことほとんどなかったんだ。それが去年から魔石の補充は入るし、なんでか庶民も買っていくようになって、庶民ほど文句をつけてくるんだ。使い方がわからないなら買うなっていうの」
「庶民にとっては高い買い物だからな。うまく使えないなら当然聞きに来るだろう。それの何がおかしい?」
ウィルは不思議そうに聞く。店員はため息をついていった。
「別に無理して売らなくったって儲かってるのに、貧乏人に売る必要ないだろ」
「はあ。まあ、父さんの商売だからな。そうしたいならそうすればいいさ。邪魔したな」
「待て」
「リューイ?」
私たちはアンディさんのことはおじさんやアンディさんと呼んでいたが、リューイのことは呼び捨てにしていた。年が近いからお互いにそうしようということになったのだ。
「ウィル、仮にも会長の息子だろ、中途半端に口をだすな」
「だから帰ろうとしてるんだけど」
「そうじゃない、逆だ。やるならちゃんとやれ。ずっと思ってたんだ。なんで店で修業しない?いつ店に出るかとずっと待ってたんだが、いつ来ても勉強と乗馬だけ。そろそろ商売の勉強をしないと」
「ごほんごほん」
私は咳払いをした。リューイははっとすると、私たちを別室に連れて行った。店員はやっぱりいやな目でウィルを見ていた。
「なあリューイ、父さんから聞いていないのか、オレ別にマッケニー商会を継ごうとは思ってないぞ」
「なんでだ!魔石の輸出をほそぼそとやっていたころから、ここまで大きくしたのはスティーヴンさんだぞ!その苦労を無駄にするのか!」
リューイさんってもっとひょうひょうとした人かと思っていた。
「そうはいってもなあ」
「正直、最初は孤児として過ごしていたと聞いて同情はしたが、教育のない底辺の冒険者かと思っていた。しかし、叙爵されるほどの活躍をして、会ってみれば教養もある。今だって客あしらいも大したものだ。それだけの素質があってなぜ跡を継ごうとしない」
「いや、まあ」
「スティーヴンさんにあれだけ大事にされていて、なんで返そうとしない!」
「うーん」
「今まで何にも興味がなくって、たんたんと仕事をこなし商会を大きくしてきたんだ。それが君たちが戻ってきてから、毎日楽しそうで、6の日を心待ちにしていて、それなのに君たちときたら、勝手に屋台は出すわ、7の日はダンジョンに行ってしまうわ、もっと商会に顔を出せないのか!」
「でもリューイ、あんただってもう親元から離れてるだろ、そんなにしょっちゅう親と会ってんのか?」
「私は成人するまでは親と一緒だった。君たちとは違うんだ。失われた時間を取り戻すべきだろ」
私はセロと顔を見合わせた。要はスティーヴンさんに心酔していて、愛情を注がれているのに返さないウィルとマルが腹立たしいと。
「ていうかさ、そんなに父さんが大事なら、リューイが商会をしっかり継げばいいんじゃないのか」
「な、実の子どもを差し置いて、私はそんな恩知らずではない!」
リューイはまだ言っている。私は聞いた。
「もしかして、リューイ、それお店でも口に出してる?」
「何をだ、アーシュ」
「息子なんだから、継ぐべきとか、店で修業すべきとか」
「もちろんだ。私が継ごうと思っているなどと思われたら困る」
だからだよ!それで店員がウィルに変な期待を持っていて、なんで店に来ないのかと思っているんじゃ……。でなかったらリューイ派が多くて、ウィル派を警戒してるとか。
「面倒な話だよ……」
「何が面倒だ」
マッケニーさんだ。
「リューイがさ、オレはその気がないのに商会を継げだの修業しろだの言ってくるからさ」
「私はお前に継がせるつもりだが」
「はあ?そんな話になっていないだろ。リューイでいいじゃん」
「このままのリューイならだめだ」
「リューイはまだ若いから。これからだろ」
ウィルに若いと言われたリューイがあっけにとられている。
「わかってるはずだ、ウィル」
「あー、やっぱり面倒だ!うっかり店に出るんじゃなかった!」
そんな時もあるよね。私は少し遠い目をした。




