アーシュ14歳13の月まっただ中
このエピソードはあと2話で終わります。
アーシュ、もう少し!
「トーマスさんの言葉はありがたいですが、私は治療から外れるつもりはありません」
私は静かに言った。
「だからフローレンス、あなたも私についてきたら、同じものを背負うことになるよ。できるの」
あえて厳しく言った。
「できるかどうかはわからないけれど、とにかくついていきます」
フローレンスはそう言った。もともとまっすぐな子だもの。そう言うだろうと思っていた。
「オレからも提案があります」
セロが声を上げた。
「中央高等学校では、冬の休みに向けて、課外活動として奉仕活動を行うことになっています。その場として治療院を挙げてもいいでしょうか」
「学生の奉仕活動など、聞いたこともない。子どもが何の役に立つというのだ」
「では私たちも手を引いてもよいということですね」
「君たちはアレクセイ様の依頼によって来ているのだろう、勝手なことをしては困る」
「つまり、メリダの子どもは役に立つが、帝国の子どもは役に立たないということですか」
「帝国の子どもが優秀でないわけがないだろう!」
治療院の代表がそうやって声を荒げると、セロは重ねて言った。
「大人が人手も物資も準備できないから学生がやろうといっているのです。現実問題として明日からどうするつもりですか」
「それは」
「もうよい、セロ、中央高等学校の奉仕活動を認める。代表、今は少しでも人手がほしい。ごねるのはやめろ。セロ、どんな感じだ」
「騎士科を中心に班を組んであります。看護など専門的なことは難しいですが、力仕事や雑用ならできます。また、生徒の親御さんから慰問の物資が集められています。布類や食料品などです。これらは明日からすぐに提供できます」
「君たちは……私たちが動けないことを予想して……そこまで」
「ふがいない。臣下でありながらいさめることも助言することもせず、ましてや現場のことなど考えもせず……」
侯爵たちが下を向く。
「おじさま、前を向いてください。わたしたちが何のために権力と財力を持っていると思っているのですか。明日には無理としても、人材も物資もすぐに集められるはずです。何日かは学生にも頼りましょう。屋敷から人も出しましょう。一ヶ月後、アレクセイ様の名のもとこの事業が発表されるまで、医者とメリダの若者の支援を全力で行い、少しでも我が国の民を救いましょう」
カレンさんの言葉に、みな力強くうなずいた。
次の日から治療は始まった。アロイスとイザークのもと、学生たちが物資を抱えて手伝いにきた。騎士隊から派遣された騎士たちと共に、野営用の大きな鍋で食事の準備をしたり、患者の移動を手伝ったりしていた。
一方私たちは、10人の治療に、正確には朝までに一人なくなったので9人の治療にあたっていた。昨日話が通っていたので、家族持ちの患者のもとには家族が来ていた。患者ほどではないが、やつれて希望のない表情をしている。家族の同意のもと、魔石を握らせ、時には首元に直接当て、少しずつでも魔力を吸い取っていく。少しでも楽になったものには、水分を取らせ、味のあるものが食べられるようなら、うすいスープを飲ませていく。
その治療を数時間おきに行い、その合間に、優先順位で分けた患者を重い順に見ていく。ここからは通いの医者も参加させていく。とにかく実践で覚えていかないと間に合わない。
2日目、話を聞いた王都の医者が2人駆けつけてきた。半信半疑ではあったが、覚えることがあるなら覚えて帰りたいと。2日目からは、私と北領の医者、トーマスさんとウィルの組み合わせに分かれ、治療の範囲を広げた。
3日目、9人のうち2人が亡くなった。なぜもっと早く治療に来てくれなかったと泣き崩れる家族を見守るしかできなかった。家族もいない患者は、ただ静かに運ばれ、いなくなった。
4日目、今までとは違う治療が始まっているという噂を聞きつけ、患者の家族が様子を見に来るようになった。医者を見て安心と感謝の色を目に浮かべ、ありがたそうに治療を見守る家族も出てきた。魔力を魔石に移すと熱が下がり、だいぶ楽になる。それだけでもいままでとは雲泥の差だ。
しかし、それを見慣れぬ色合いの少女がやっているとなると、とたんに目が不信の色に変わる。私が治療して熱が下がっても、偶然ではないかと疑われる始末だ。時にはあからさまに、北領の医者に治療を代わってほしいと願う家族もいた。そのたびに怒りを表すアレクをセロが押さえ、家族はやはり不審そうにそれを見る。普通の格好をしているアレクは単なる騎士にしか見えないからだ。
5日目。女性の患者さんで、少し男性に抵抗があるようなので代わりに見てやれないかと、トーマスさんから呼ばれた。カレンさんと同じ年ごろだろうか、熱でだるそうなようすだったが、私を見てかすかにほっとした顔をした。このようすなら、治療も効果がありそうだ。私も安心させるようにほほ笑みかけ、額に手を当てようとした時、
「妹にさわるな」
手をはねとばされた。アレクがまた動きそうになったのをセロが押さえている。
「先生、なぜうちの妹だけ治療してくれないのですか。さっきまでは先生が治療していたではないですか」
「妹さんが若い女性なのでな、女性のほうが安心かと思い」
「女性って、子どもではないですか。先生おねがいします」
「この人は、病の第一人者で」
「そんなわけないでしょう。どうやらここの治療院は、裕福な子どもたちの慰みの場になっているようですが」
その人は暗い瞳をして手伝いをしている学生たちを眺め、そしてこう言った。
「哀れな病人の手伝いをしてよい気分か。君も治療など専門家に任せて、シーツ交換でもしてきたらどうだ」
「私は生徒たちの引率をしている教師だが、少しいいだろうか」
驚いた、ゼッフル先生だ。私に目配せをすると、驚くお兄さんをうまく隅に連れていってなにか話をしている。
「初日から来て手伝いをしてるんだよ」
セロが教えてくれた。そうなのか。気がつかなかった。せっかくだからこのすきに治療をしてしまおう。
「ごめんなさい、2人だけの家族で、心配性なの」
「大丈夫、さあ、熱を手に集めてみて?」
うん、スムーズだ。この人の治療はうまくいく。
「この調子でね」
「はい」
戻ってきたお兄さんに妹がほほえみかける。
「うそだろ……」
「とても楽になったわ、兄さん、お礼を言って」
「……すまなかった、ありがとう」
合間を縫ってお昼を食べていると、
「アーシュ、君は、君はなぜ怒らない。なぜセロは私を止めるのだ」
とアレクが怒っている。
「怒るというか、傷ついてはいます。でも、こんなことすでに東領で経験済みです。その時に十分泣いたからもう大丈夫なの」
「経験済みって、アーシュ……」
「フローレンス、年若い子がいきなり治療できます、魔石を使って、なんて言っても信用されるわけないんだよ。そんなこと最初からわかってたし、慣れてる」
「しかし!」
「アレク」
セロが静かに言った。
「まだわからないのか。アーシュを傷つけているのは、考えなしに巻き込んだお前だってこと」




