アーシュ14歳13の月見守っているから
どうしてもここで一旦話が区切れるので、今日は少し短いお話です。
「グレッグ、メリダに帰りましょうか」
「ん?」
少しうつむいて歩くアーシュたちを見送りながら、カレンはグレッグにそうつぶやいた。
「私のために帝国に来てくれただけでなく、結局大きな仕事をしてくれているあなたには感謝してるの」
「そうか」
「でもね、父にも母にも元気になった姿を見せることができたから、もう十分なの」
「うん」
「私は帝国の民。アレクセイ様に頼まれたら断るわけにはいかないの。でもアーシュは違うわ。アレクセイ様も、フローレンスも、そのことを何もわかっていない気がするの」
「そうだな」
「2人が、ひいては帝国が、今回のことで本当にわからないようであれば、アーシュを連れて帰りましょう」
「そうしようか」
「端から端まで馬車で2週間。小さな小さなあの国へ。アーシュがうつむかないあの国へ」
グレッグはカレンの肩をそっと抱き寄せた。
「その時は必ず返すと私も誓おう」
後ろから声がかかった。
「大使」
「お前もまだ大使と呼ぶのだな、それでもいいが、グレッグよ」
アールはもう見えなくなったアーシュの後ろ姿を追った。
「これでもし事業が成功すれば、帝国はアーシュを離したがらないかもしれない。あの手この手で引きとめるだろうな。自由に動かすことが、あの子のよいところを一番引き出すとも知らずに」
アールは続けた。
「こんなあの子が見たくて留学させたわけではないのだ。メリダに戻ることであの子の翼が戻るのならば、私は全力でそれを支える」
「わたしもそうしよう」
「マッケニー」
「しかしメリダに戻すというのはいただけないな。私がキリクにつれていこう」
「息子と娘を連れていきたいだけだろう」
アールが笑う。
「それもある。国にも利になるだろう。でもそれ以上に、あの若者たちが大好きなのだよ。キリクに来て、果てしない草原に目を見張り、馬を駆り、ダンジョンで張り切る姿が目に浮かぶ」
マッケニーも見えなくなった息子たちの後ろ姿を目で追い、かすかにほほえんだ。それを少し離れた所から、ローラントとディーンが眺めていた。
「ローラント」
「侯爵」
「何を思う」
「友との距離をつかみかねている、ただの小さな女の子だと」
「その通り」
「病の治療法を見つける、涌きをおさめる、冒険者を育成する仕組みに孤児の雇用を組み込む、停滞していた学校を動かす。弟のイザークの何と成長したことか」
「ふむ、アロイスも誇らしかった」
「それをあの小さな女の子がやったのかと。信じられぬ思いと、あの小さな肩にかかる重さとを。今はただ、それが心配で」
「我が国から見たら、利用できるものは何でも利用すべきとは思わないのか」
「視野が狭くなることの恐ろしさは、まさに今学んでいるところです」
「成長したのは弟だけではないということか」
ディーンもアーシュたちの帰った先をながめた。
「アレクセイ様の、あきらめていた生を取り戻してくれた子羊たち。フリッツによると、それは献身的だったそうだ。手の届くものなら何でも助ける、そういう子たちなのだよ。しかしそれで甘えてしまったのだろうな、その手を自分の物と勘違いしているように見える。私とブルクハルトは反対したのだが。違う国の、違う価値観、違う生き方を持った自由な若者たちなのにな」
「私たちがすべきことは」
「なるべく早く、帝国の力だけで病を治療する体制を作ることだ。年若い少女に甘えずにすむように」
「そうですね」
その頃、部屋に残ったアレクは、フリッツにお茶を入れてもらっていた。
「もっとあっさり引き受けてくれると思ったのだが」
「アレク様、彼女はまだ14歳の学生です。やりたいことも多いでしょう。頼り切ってはなりませぬ」
「わかっている。ただ私は、苦しかった時、額にあてられたあの優しい手を、今も苦しんでいる民にも分け与えてほしいと思っているだけだ」
「フローレンス様にももっと気を使いなさいませ。15歳は難しい年頃です」
「フローレンスか。もっと落ち着いていると思ったのだが」
「落ち着いた15歳など、何の魅力もありませんよ。常に気にかけ、優しくなさらないと」
「あー、気をつける」
「それから、セロ様の言ったことを真剣に受け止めてくださいませ。二年いなくても何とかなったのです。一週間くらい政務は棚上げできるはずです」
「セロか。あいつはいつでもアーシュの騎士だな。わかった」
体はほぼ元通りになった。ただ、眠れぬ夜、子羊たちの声が聞きたくなる。眠りにつくまで続く、優しい話を。ただの友だちでいられるのなら、また話しに来てくれるだろうか。




