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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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216/307

アーシュ14歳11の月に

次の週、騎士科のクラブには行かなかった。その間に何をしていたかというと、刺繍だ。これはフローレンスに教えてもらいながら、ハンカチにイニシャルを刺していく。もともと裁縫はしていたので、難しい模様はできないが、イニシャルくらいは何とかなりそうだ。そしてとても楽しい。


練習にウィルのイニシャルを刺し、そうしてセロのイニシャルを刺していく。最後がダンだ。だってダンが一番仕上がりにうるさいからだ。


「針も剣の仲間」


そんなわけがないのだが、マルも楽しそうに刺繍をしている。その間も、セロとウィルは騎士科の女子からのアピールが結構あったらしい。クラスが違うのだから、ようすがわからなくてもしかたない。もっとも、私たちも廊下ではよくすれ違い、結構イヤミを言われてはいた。セロとウィルはクラブにも行かず、放課後は談話室や異文化クラブに入り浸っていた。


そうして11の月に入った頃、騎士科のクラブに行ってみた。思い思いに訓練したり、グループを作って雑談したりしている。活気があって楽しそうだ。


「アロイス!」

「来たか、アーシュ、マル」


私はアロイスと話しながら、わざと女子たちのそばに寄っていった。アロイスが私に言った。


「せっかくだから、剣を合わせようか」

「うん、やろうか」

「普通科の子が、ケガをするわよ。無理に剣なんか振らなくていいのに」


私が近くにいると、何か言わずにいられないようなのだ。まるで心配するような言い方で、私をバカにしている。周りの男子たちが、何を言ってるんだという目で見ているのにも気づかない。


こないだの対抗戦に出た人は、私にやられているからね。


「そういえばダンジョンはどうだったの?ニコとブランは優しかったでしょ。今度は私が見てあげようか」


二人は青い顔をした。あー、ダメだったんだ。


「ダンジョンなんて、騎士になってからで十分ってわかったから、もういいの」

「行けなくても、気にしないで。女の子には難しい場所だから」


私は優しく言った。


「行けなかったんじゃないわ。行かないだけ」

「そうなの、私なんかぜんぜん平気だから、ひ弱な女の子の気持ちがわからなくてごめんね」

「ひよわ?」

「さ、アロイス、行こう」

「待ちなさいよ!」

「なに?」


私は迷惑そうに言った。


「ひ弱かどうか、見せてあげる」

「え、でも、普通科の女の子なんか相手にできないって……」

「騎士科なのに、ひよわなんてバカにされたら黙っていられないわ!」

「えー」

「アーシュ」


アロイスがたしなめるように言った。


「しかたないな、相手をしてあげる」


もともと剣を振るためのクラブだ。舞台は整っている。この1週間、刺繍をしてのんびりしていただけでなく、実はこっそり剣の訓練も見ていた。2人とも、力や体力より技術と素早さで勝負するタイプ。同じタイプの私は、これはやりやすい。


結局、相手になるほどの強さではなかった。何度も倒れては立ち上がってくるのには感心したが、2人は体力切れになってしまった。もちろん私たちは息も切らしていない


「な、何なの、あなたたちは」

「冒険者だよ」

「たかが解体屋でしょ!」

「まだ元気があるんだね。その解体ですらできなかったのに?」

「あんなの、騎士の仕事じゃないわ!」

「じゃあ、騎士の仕事ってなに?」

「陛下を守ることよ」

「それは近衛の仕事だけど、近衛になれなかったら?」

「なれるわ。女子は貴重だもの」

「今のままではなれないと思う」


私は言った。


「なれるわよ!」

「なれないよ」

「剣に勝ったくらいで!」

「ねえ、そんなことじゃないよ、私が言っているのは」

「え……」

「あなたたち、私にいつも突っかかってくるけど、私たちのことちゃんと見たことあるの」

「見てるわよ」


私はため息をついた。


「じゃあ、私たちはどんな人?」

「え、メリダの留学生で、涌きを偶然収めたとかで、調子に乗っている女子?ちょっとかわいいからって鼻にかけて、男の子を侍らせて」


あきれた。剣で負けてもこれだ。


「合ってるのはメリダの留学生ってとこだけだろ」


アロイスがあきれてつぶやく。


「私ね、ここにくる前に中央騎士隊にお世話になって、女性の騎士についてもらったの。ミーシャとミラナって言う人」

「尊敬する騎士よ。あなたたちにつくなんて、かわいそう」

「メリダの留学生を見極める役割もあったと思う。そういう仕事もあるのね、騎士には」

「説明されなくても知ってるわよ」

「最後には友だちになったよ、ミラナとミーシャ」

「まさか」

「なんでだと思う?」

「知らないわよ」

「騎士になってもそう言うの?」

「さっきから何を言ってるの?」


話す意味があるんだろうか。


「いい?もしあなたが騎士で私たちが監視対象だとする。最初に私の見た目を見て、剣も弱いしかわいこぶってると思ったとするね」

「その通りじゃない」

「剣は弱かった?」

「そ、それは、本物の騎士に比べれば……」

「私はミラナとは互角だったよ」

「まさか」

「かわいこぶってるって、何がそう思うの?」

「いつも男子と一緒にいるじゃない」

「あなたもでしょ」

「それは騎士科だから……」

「セロとウィルとダンは幼なじみ。アロイスたちは友だち。侍らせてない。対等だもの。それにフローレンスやナズもいるけど、それは数に入れないの?」

「それは……」

「あなたたちみたいに、男子に媚びたり、誘ったりしてもいないよ」

「そんなこと」

「してるよね。男子にまとわりついてる」

「あ……」

「でね、ダンジョンに行った。魔物の解体までする、つらい場所。あなたは行けないけど、私たちは行ける。つまり、私たちの方が強いってこと」

「……」

「今日は、剣でもかなわなかった。つまり、私たちの方が強いってこと」

「……」

「かわいこぶってる。としたらなんのため?」

「なんのため?」

「強いのにかわいこぶってる。なんのためと判断する?」

「わからないわ……」

「普通は男をだますため。だからあなたたち、私たちに突っかかってくるんでしょ」

「そうよ!だから!」

「私たち、だましてた?」

「……」

「剣が弱いって自分で言った?」

「……」

「誰かに甘えてた?」

「……」


「最初から気に入らないから、偏見の目で見て、観察してもその真実を見ようとしないのは誰?」

「あ……」

「そしてもしこれが仕事なら、上司に、観察対象は弱いしカワイコぶってるだけですって報告するの?」


黙り込んだ。


「あなたたちにとって私は気に食わないかもしれない。でもね、私にとっても、あなたたちは、勝手な思い込みで悪口ばかり言ってきて、剣で負けても認めないし、仲良しに言い寄って迷惑をかけるいやな女子なの」

「そんな……」


「これでわからないなら好きにすればいい。でも、私たちにイヤミを言うのはやめて。セロとウィルにまとわりつかないで」

「……」

「アロイス、訓練を続けようか」

「……わかった」


みんな何事もなかったかのように訓練を再開した。2人はふらふらと帰って行った。


その日の帰り際、私はセロたちを呼び止めた。


「あの、これ……」

「ハンカチ?どうしたの?」

「先週、フローレンスに教わって刺繍したの。もらってくれる?」

「いいの?ありがとう!」

「オレのちょっといびつじゃない?」

「ウィルのは練習だった」

「ひどくない?」


笑い声が起きた。マルはアロイスたちに渡した。


「ホントはね、これ、騎士科の子たちと勝負するため作ったの」

「今日決着がついてたよな」

「うん、でもね、少し油断したら、女子力で勝負よ!って言われそうだったから」

「あー、言いそうだな」


アロイスが言った。


「だからフローレンスに相談して、最初から練習しておこうと思って……」

「アーシュ、受け流すようでいて、意外に徹底してやるよな」


ウィルが言った。


「うん。でもね、なんの勝負をしてるのかと思ったら馬鹿らしくなって」

「どういうこと?」

「セロ、私よりあの子たちの方が刺繍がじょうずだったら、あの子たちを選ぶ?」

「いいや」

「あの子たちの方が剣が強かったら?」

「いいや」

「だから、この刺繍は、勝負にしたくない、ただ気持ちを込めたいって思ったの」

「うん」

「オレのは練習だけどな」

「練習の気持ちを込めたよ」

「刺繍楽しかった」


マルも言った。


「要はあの子たちが迷惑をかけないようにすればいいの、そしてそれは片付いたと思う。だから」


私とマルは微笑んで言った。


「いつもお世話になってるお礼」


ありがとうの声と笑い声がはじけた。


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