アーシュ14歳11の月に
次の週、騎士科のクラブには行かなかった。その間に何をしていたかというと、刺繍だ。これはフローレンスに教えてもらいながら、ハンカチにイニシャルを刺していく。もともと裁縫はしていたので、難しい模様はできないが、イニシャルくらいは何とかなりそうだ。そしてとても楽しい。
練習にウィルのイニシャルを刺し、そうしてセロのイニシャルを刺していく。最後がダンだ。だってダンが一番仕上がりにうるさいからだ。
「針も剣の仲間」
そんなわけがないのだが、マルも楽しそうに刺繍をしている。その間も、セロとウィルは騎士科の女子からのアピールが結構あったらしい。クラスが違うのだから、ようすがわからなくてもしかたない。もっとも、私たちも廊下ではよくすれ違い、結構イヤミを言われてはいた。セロとウィルはクラブにも行かず、放課後は談話室や異文化クラブに入り浸っていた。
そうして11の月に入った頃、騎士科のクラブに行ってみた。思い思いに訓練したり、グループを作って雑談したりしている。活気があって楽しそうだ。
「アロイス!」
「来たか、アーシュ、マル」
私はアロイスと話しながら、わざと女子たちのそばに寄っていった。アロイスが私に言った。
「せっかくだから、剣を合わせようか」
「うん、やろうか」
「普通科の子が、ケガをするわよ。無理に剣なんか振らなくていいのに」
私が近くにいると、何か言わずにいられないようなのだ。まるで心配するような言い方で、私をバカにしている。周りの男子たちが、何を言ってるんだという目で見ているのにも気づかない。
こないだの対抗戦に出た人は、私にやられているからね。
「そういえばダンジョンはどうだったの?ニコとブランは優しかったでしょ。今度は私が見てあげようか」
二人は青い顔をした。あー、ダメだったんだ。
「ダンジョンなんて、騎士になってからで十分ってわかったから、もういいの」
「行けなくても、気にしないで。女の子には難しい場所だから」
私は優しく言った。
「行けなかったんじゃないわ。行かないだけ」
「そうなの、私なんかぜんぜん平気だから、ひ弱な女の子の気持ちがわからなくてごめんね」
「ひよわ?」
「さ、アロイス、行こう」
「待ちなさいよ!」
「なに?」
私は迷惑そうに言った。
「ひ弱かどうか、見せてあげる」
「え、でも、普通科の女の子なんか相手にできないって……」
「騎士科なのに、ひよわなんてバカにされたら黙っていられないわ!」
「えー」
「アーシュ」
アロイスがたしなめるように言った。
「しかたないな、相手をしてあげる」
もともと剣を振るためのクラブだ。舞台は整っている。この1週間、刺繍をしてのんびりしていただけでなく、実はこっそり剣の訓練も見ていた。2人とも、力や体力より技術と素早さで勝負するタイプ。同じタイプの私は、これはやりやすい。
結局、相手になるほどの強さではなかった。何度も倒れては立ち上がってくるのには感心したが、2人は体力切れになってしまった。もちろん私たちは息も切らしていない
「な、何なの、あなたたちは」
「冒険者だよ」
「たかが解体屋でしょ!」
「まだ元気があるんだね。その解体ですらできなかったのに?」
「あんなの、騎士の仕事じゃないわ!」
「じゃあ、騎士の仕事ってなに?」
「陛下を守ることよ」
「それは近衛の仕事だけど、近衛になれなかったら?」
「なれるわ。女子は貴重だもの」
「今のままではなれないと思う」
私は言った。
「なれるわよ!」
「なれないよ」
「剣に勝ったくらいで!」
「ねえ、そんなことじゃないよ、私が言っているのは」
「え……」
「あなたたち、私にいつも突っかかってくるけど、私たちのことちゃんと見たことあるの」
「見てるわよ」
私はため息をついた。
「じゃあ、私たちはどんな人?」
「え、メリダの留学生で、涌きを偶然収めたとかで、調子に乗っている女子?ちょっとかわいいからって鼻にかけて、男の子を侍らせて」
あきれた。剣で負けてもこれだ。
「合ってるのはメリダの留学生ってとこだけだろ」
アロイスがあきれてつぶやく。
「私ね、ここにくる前に中央騎士隊にお世話になって、女性の騎士についてもらったの。ミーシャとミラナって言う人」
「尊敬する騎士よ。あなたたちにつくなんて、かわいそう」
「メリダの留学生を見極める役割もあったと思う。そういう仕事もあるのね、騎士には」
「説明されなくても知ってるわよ」
「最後には友だちになったよ、ミラナとミーシャ」
「まさか」
「なんでだと思う?」
「知らないわよ」
「騎士になってもそう言うの?」
「さっきから何を言ってるの?」
話す意味があるんだろうか。
「いい?もしあなたが騎士で私たちが監視対象だとする。最初に私の見た目を見て、剣も弱いしかわいこぶってると思ったとするね」
「その通りじゃない」
「剣は弱かった?」
「そ、それは、本物の騎士に比べれば……」
「私はミラナとは互角だったよ」
「まさか」
「かわいこぶってるって、何がそう思うの?」
「いつも男子と一緒にいるじゃない」
「あなたもでしょ」
「それは騎士科だから……」
「セロとウィルとダンは幼なじみ。アロイスたちは友だち。侍らせてない。対等だもの。それにフローレンスやナズもいるけど、それは数に入れないの?」
「それは……」
「あなたたちみたいに、男子に媚びたり、誘ったりしてもいないよ」
「そんなこと」
「してるよね。男子にまとわりついてる」
「あ……」
「でね、ダンジョンに行った。魔物の解体までする、つらい場所。あなたは行けないけど、私たちは行ける。つまり、私たちの方が強いってこと」
「……」
「今日は、剣でもかなわなかった。つまり、私たちの方が強いってこと」
「……」
「かわいこぶってる。としたらなんのため?」
「なんのため?」
「強いのにかわいこぶってる。なんのためと判断する?」
「わからないわ……」
「普通は男をだますため。だからあなたたち、私たちに突っかかってくるんでしょ」
「そうよ!だから!」
「私たち、だましてた?」
「……」
「剣が弱いって自分で言った?」
「……」
「誰かに甘えてた?」
「……」
「最初から気に入らないから、偏見の目で見て、観察してもその真実を見ようとしないのは誰?」
「あ……」
「そしてもしこれが仕事なら、上司に、観察対象は弱いしカワイコぶってるだけですって報告するの?」
黙り込んだ。
「あなたたちにとって私は気に食わないかもしれない。でもね、私にとっても、あなたたちは、勝手な思い込みで悪口ばかり言ってきて、剣で負けても認めないし、仲良しに言い寄って迷惑をかけるいやな女子なの」
「そんな……」
「これでわからないなら好きにすればいい。でも、私たちにイヤミを言うのはやめて。セロとウィルにまとわりつかないで」
「……」
「アロイス、訓練を続けようか」
「……わかった」
みんな何事もなかったかのように訓練を再開した。2人はふらふらと帰って行った。
その日の帰り際、私はセロたちを呼び止めた。
「あの、これ……」
「ハンカチ?どうしたの?」
「先週、フローレンスに教わって刺繍したの。もらってくれる?」
「いいの?ありがとう!」
「オレのちょっといびつじゃない?」
「ウィルのは練習だった」
「ひどくない?」
笑い声が起きた。マルはアロイスたちに渡した。
「ホントはね、これ、騎士科の子たちと勝負するため作ったの」
「今日決着がついてたよな」
「うん、でもね、少し油断したら、女子力で勝負よ!って言われそうだったから」
「あー、言いそうだな」
アロイスが言った。
「だからフローレンスに相談して、最初から練習しておこうと思って……」
「アーシュ、受け流すようでいて、意外に徹底してやるよな」
ウィルが言った。
「うん。でもね、なんの勝負をしてるのかと思ったら馬鹿らしくなって」
「どういうこと?」
「セロ、私よりあの子たちの方が刺繍がじょうずだったら、あの子たちを選ぶ?」
「いいや」
「あの子たちの方が剣が強かったら?」
「いいや」
「だから、この刺繍は、勝負にしたくない、ただ気持ちを込めたいって思ったの」
「うん」
「オレのは練習だけどな」
「練習の気持ちを込めたよ」
「刺繍楽しかった」
マルも言った。
「要はあの子たちが迷惑をかけないようにすればいいの、そしてそれは片付いたと思う。だから」
私とマルは微笑んで言った。
「いつもお世話になってるお礼」
ありがとうの声と笑い声がはじけた。




