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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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211/307

アーシュ14歳10の月始まる

「ぜいたくはさせられませんが、帝都ではあれが普通です」


カレンさんが言う。それはそうだろう。親の元にいても、衣食住に苦労する子どもだっているのだ。しかし、


「仕事のあっせんは……」

「身元のはっきりした子から雇われるのが普通ですから」

「孤児院にいたままで働くのは」

「それなら次の子のために出ていけと言うことになります」


ということになる。


「試しにということで、この孤児院をギルドの冒険者養成に使ってみていいと、アレクからは許可は出ている。もちろん、アロイスの父さんにも許可は取ったし、男の子たちが食い詰めてダメになるよりましだと、孤児院側からも許可が出ている。これから具体的にどうするかだ」


グレッグさんが言った。


「既に希望者を募って、5人ほど希望を出している。冒険者向きではない子も多いから、一部の子をすくい上げることしかできないのが残念だが」

「ちょうどここは労働者街にも近いです。魔物肉の卸しのおじさんとは話してみた?」

「話してはみた。解体を教えるのはいいそうだが、あまり多くなると売り先がさすがにないそうだ」


私はマルとダンとうなずきあった。


「グレッグさん、小さくていいから、おじさんに投資して、肉屋を拡大しましょう。小さめの解体工場を作ってもらいます。同時に魔物の獣脂も生産してもらいましょう」

「そりゃあ、工場で使う器材は持ってきたが、工場を作っても売れないんじゃあ」

「私たちが買います」

「は?」

「え?」


グレッグさんとフーゴがあっけにとられた。


「労働者街に、魔物肉の店を出します。良いお肉はおじさんが貴族に出荷する。そうでないお肉も実はおいしいから、料理して食べさせる店を作る。それでも余るようなら、屋台を出します」

「いやアーシュ、ちょっと待て」

「解体は夕方からだから、学校から帰ってきた孤児を使ってもらう。魔物肉のお店も、店員としてなるべく孤児院の子を雇うようにする」

「アーシュ、待ってくれ」


グレッグさんと、フーゴが交互に言う。


「それで採算が取れんのか」

「取れます。計算済みです」


グレッグさんが言うと、フーゴも言う。


「肉の話なら、俺んちを通してくれよ」

「宿題がわかったら」

「あと、元締めがいるから、そこに通さないと……」

「それはグレッグさんがやる」

「俺がやんのか」


フーゴが続ける。


「宿題って、考えてもわからないんだ」

「孤児たちの食事を見てどう思った?」

「まずそう。落ちたパンなんて食べないだろ」

「なんで孤児を雇うと思う?」

「安上がりだから?」

「不合格」

「まだ?」


私もため息をついた。あれをやるか。


「フーゴ、剣はできる?」

「護身用に少し」

「イザークは?」

「騎士科ほどではないが、できる」

「ライナーはもちろん、と」


3人が何?という目で見た。


「今度の週末、ダンジョンに行くから。フーゴとイザークは親の許可を取ってきて。それから、前の日の夜から水以外ご飯を食べないで来て」

「俺も?」

「私は行ってみたかったからいいが」

「俺もいいのか」


それぞれフーゴ、イザーク、ライナーだ。


「お腹がすく体験をしてもらうから。その日ご飯食べれるかどうかは、魔物を倒せるかどうか次第ね」


解体工場はともかく、冒険者希望の孤児たちは、平日には剣の訓練を、学校のない週末にはダンジョンに潜る訓練をすることになった。12才から14才まで5人だ。


そして次の週末になった。ライナーはこれが罰になるのか悩んでるふうだったし、フーゴはとにかくお腹を空かしていた。イザークはたんたんとしている。


冒険者登録をさせ、


「まずしばらくついてきて」


と、ダンジョンの1階からスタートした。3人とも初めてのダンジョンに驚き、少しはしゃいだようだったが、魔物が出たとたん静かになった。


「これが……」


つぶやく声は誰のものか。弱い魔物だ。簡単に倒し、先に進む。既に3人の顔は真っ青だ。すると、ちょうど解体できる魔物が出てきた。すぐに倒し、解体していると、フーゴがたまらず吐きそうになっている。イザークとライナーはがんばっている。さあ、もう小さい魔物しかいない。


「フーゴ、ラットがいる。あれをやって」

「無理だ、倒せないよ」

「10歳でも倒せる。護身できる力があれば大丈夫」


フーゴはやった。さらに魔石を取り出すため、解体させた。3体で限界が来た。他の2人はもっと冷静だった。そうして、お昼前にダンジョンから戻って来た。


ほっとしたようすの3人に、小さな魔石を換金させる。珍しそうに300ギルを握りしめ、ダンジョンの興奮を語るフーゴたちを連れて、帝都に戻り、下町のパン屋さんに入った。


「これでパンを買ってきて。それがお昼ご飯だよ」


3人は素直にパンを買ってきた。さあ、ここからだ。


「あれだけがんばってこれだけなの」


というフーゴ。黒パンなど見たことがないイザーク。ライナーも同じだ。それでも、お腹がすいているから食べ始めた瞬間、私は3人の手からパンを叩き落とした。


呆然とする3人。フーゴだけはハッとしてパンを拾う。そして、


「何をするんだアーシュ!せっかく俺が稼いだパンなのに!」


と言った。続いてイザークもライナーも拾った。


「落としても平気なの?」

「落したんじゃない、アーシュが叩き落としたんだ!」


フーゴは怒っている。私は静かにフーゴを見た。


「落としたパン……」


フーゴの顔色が変わる。


「これしかなければ、落としても食べる……ダンジョンに行けなければ、そもそもお金を稼げない。稼げなければ、食べられない」


フーゴはすがるように私を見た。


「食べられなかったらどうなる?」


返事をまたずにあちこち目をさまよわせた。


「アーシュたち、孤児だったって言ってた。お腹、すいてたのか?」


私たちはうなずいた。


「働いた?」


うん。


「何歳から?」

「私は7歳」


イザークもライナーも息をのんだ。あれ、考えてみると、7歳の私、結構がんばってたな。


「仕事は自分でも探したんだよ。でも解体工場でも雇ってくれて。1時間100ギル。かあちゃんの看病で、その時は1日1時間しか働けなかったけど」

「黒パン、1個分。7歳で、仕事を探す……」


フーゴが言った。


「商売は、利益のため。もちろん、それは大切だ。けど、孤児を雇うのは、食べて行けるようにするため……」

「お腹が空くのはつらいんだよ。仕事さえあれば、食べて行ける。そうすればがんばって稼いで、色々なものが買えるようになる。先まで考えたらお得なんだよ」

「雇用を増やすための商売……」

「フーゴ、合格!」

「あ……」


「パンと一緒に食べられるように、串焼き買ってきてあげる」


マルが走って行った。


「剣を振ってさえいれば、父さんにほめてもらえて、食べ物にも何にも不自由したことがなかった……」


ライナーがパンを見て言った。


「俺はパンのために働くのか、いや、騎士は陛下を守るために働く。陛下を守ることは、帝国臣民を守ること。パンのために働く民を守ること」


ライナーはハッとして言った。


「落ちたパンを拾う民をバカにすることが騎士か。守るべき民を侮って、俺は!強くなるためなら何でもしていいと!お前のこともなんにも知らずに!」


ライナーは、あの事件以来、初めてしっかりと私を見た。


「アーシュ、すまなかった。俺は、俺は間違っていたんだな」


うん。ライナー、合格。イザークも何かを考えている。


「アーシュ、みんな、メリダの話を聞かせてくれないか。君達のことが知りたいんだ」


そう言った。なんの話からしようか。


マルが串焼きを買って戻って来た。


「3本以上あるように見えるよ」

「商売のために、投資」

「ならしかたないね」

「しかたない」


友だちと食べる黒パンと串焼きは、とてもおいしかった。



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