アーシュ14歳10の月始まる
「ぜいたくはさせられませんが、帝都ではあれが普通です」
カレンさんが言う。それはそうだろう。親の元にいても、衣食住に苦労する子どもだっているのだ。しかし、
「仕事のあっせんは……」
「身元のはっきりした子から雇われるのが普通ですから」
「孤児院にいたままで働くのは」
「それなら次の子のために出ていけと言うことになります」
ということになる。
「試しにということで、この孤児院をギルドの冒険者養成に使ってみていいと、アレクからは許可は出ている。もちろん、アロイスの父さんにも許可は取ったし、男の子たちが食い詰めてダメになるよりましだと、孤児院側からも許可が出ている。これから具体的にどうするかだ」
グレッグさんが言った。
「既に希望者を募って、5人ほど希望を出している。冒険者向きではない子も多いから、一部の子をすくい上げることしかできないのが残念だが」
「ちょうどここは労働者街にも近いです。魔物肉の卸しのおじさんとは話してみた?」
「話してはみた。解体を教えるのはいいそうだが、あまり多くなると売り先がさすがにないそうだ」
私はマルとダンとうなずきあった。
「グレッグさん、小さくていいから、おじさんに投資して、肉屋を拡大しましょう。小さめの解体工場を作ってもらいます。同時に魔物の獣脂も生産してもらいましょう」
「そりゃあ、工場で使う器材は持ってきたが、工場を作っても売れないんじゃあ」
「私たちが買います」
「は?」
「え?」
グレッグさんとフーゴがあっけにとられた。
「労働者街に、魔物肉の店を出します。良いお肉はおじさんが貴族に出荷する。そうでないお肉も実はおいしいから、料理して食べさせる店を作る。それでも余るようなら、屋台を出します」
「いやアーシュ、ちょっと待て」
「解体は夕方からだから、学校から帰ってきた孤児を使ってもらう。魔物肉のお店も、店員としてなるべく孤児院の子を雇うようにする」
「アーシュ、待ってくれ」
グレッグさんと、フーゴが交互に言う。
「それで採算が取れんのか」
「取れます。計算済みです」
グレッグさんが言うと、フーゴも言う。
「肉の話なら、俺んちを通してくれよ」
「宿題がわかったら」
「あと、元締めがいるから、そこに通さないと……」
「それはグレッグさんがやる」
「俺がやんのか」
フーゴが続ける。
「宿題って、考えてもわからないんだ」
「孤児たちの食事を見てどう思った?」
「まずそう。落ちたパンなんて食べないだろ」
「なんで孤児を雇うと思う?」
「安上がりだから?」
「不合格」
「まだ?」
私もため息をついた。あれをやるか。
「フーゴ、剣はできる?」
「護身用に少し」
「イザークは?」
「騎士科ほどではないが、できる」
「ライナーはもちろん、と」
3人が何?という目で見た。
「今度の週末、ダンジョンに行くから。フーゴとイザークは親の許可を取ってきて。それから、前の日の夜から水以外ご飯を食べないで来て」
「俺も?」
「私は行ってみたかったからいいが」
「俺もいいのか」
それぞれフーゴ、イザーク、ライナーだ。
「お腹がすく体験をしてもらうから。その日ご飯食べれるかどうかは、魔物を倒せるかどうか次第ね」
解体工場はともかく、冒険者希望の孤児たちは、平日には剣の訓練を、学校のない週末にはダンジョンに潜る訓練をすることになった。12才から14才まで5人だ。
そして次の週末になった。ライナーはこれが罰になるのか悩んでるふうだったし、フーゴはとにかくお腹を空かしていた。イザークはたんたんとしている。
冒険者登録をさせ、
「まずしばらくついてきて」
と、ダンジョンの1階からスタートした。3人とも初めてのダンジョンに驚き、少しはしゃいだようだったが、魔物が出たとたん静かになった。
「これが……」
つぶやく声は誰のものか。弱い魔物だ。簡単に倒し、先に進む。既に3人の顔は真っ青だ。すると、ちょうど解体できる魔物が出てきた。すぐに倒し、解体していると、フーゴがたまらず吐きそうになっている。イザークとライナーはがんばっている。さあ、もう小さい魔物しかいない。
「フーゴ、ラットがいる。あれをやって」
「無理だ、倒せないよ」
「10歳でも倒せる。護身できる力があれば大丈夫」
フーゴはやった。さらに魔石を取り出すため、解体させた。3体で限界が来た。他の2人はもっと冷静だった。そうして、お昼前にダンジョンから戻って来た。
ほっとしたようすの3人に、小さな魔石を換金させる。珍しそうに300ギルを握りしめ、ダンジョンの興奮を語るフーゴたちを連れて、帝都に戻り、下町のパン屋さんに入った。
「これでパンを買ってきて。それがお昼ご飯だよ」
3人は素直にパンを買ってきた。さあ、ここからだ。
「あれだけがんばってこれだけなの」
というフーゴ。黒パンなど見たことがないイザーク。ライナーも同じだ。それでも、お腹がすいているから食べ始めた瞬間、私は3人の手からパンを叩き落とした。
呆然とする3人。フーゴだけはハッとしてパンを拾う。そして、
「何をするんだアーシュ!せっかく俺が稼いだパンなのに!」
と言った。続いてイザークもライナーも拾った。
「落としても平気なの?」
「落したんじゃない、アーシュが叩き落としたんだ!」
フーゴは怒っている。私は静かにフーゴを見た。
「落としたパン……」
フーゴの顔色が変わる。
「これしかなければ、落としても食べる……ダンジョンに行けなければ、そもそもお金を稼げない。稼げなければ、食べられない」
フーゴはすがるように私を見た。
「食べられなかったらどうなる?」
返事をまたずにあちこち目をさまよわせた。
「アーシュたち、孤児だったって言ってた。お腹、すいてたのか?」
私たちはうなずいた。
「働いた?」
うん。
「何歳から?」
「私は7歳」
イザークもライナーも息をのんだ。あれ、考えてみると、7歳の私、結構がんばってたな。
「仕事は自分でも探したんだよ。でも解体工場でも雇ってくれて。1時間100ギル。かあちゃんの看病で、その時は1日1時間しか働けなかったけど」
「黒パン、1個分。7歳で、仕事を探す……」
フーゴが言った。
「商売は、利益のため。もちろん、それは大切だ。けど、孤児を雇うのは、食べて行けるようにするため……」
「お腹が空くのはつらいんだよ。仕事さえあれば、食べて行ける。そうすればがんばって稼いで、色々なものが買えるようになる。先まで考えたらお得なんだよ」
「雇用を増やすための商売……」
「フーゴ、合格!」
「あ……」
「パンと一緒に食べられるように、串焼き買ってきてあげる」
マルが走って行った。
「剣を振ってさえいれば、父さんにほめてもらえて、食べ物にも何にも不自由したことがなかった……」
ライナーがパンを見て言った。
「俺はパンのために働くのか、いや、騎士は陛下を守るために働く。陛下を守ることは、帝国臣民を守ること。パンのために働く民を守ること」
ライナーはハッとして言った。
「落ちたパンを拾う民をバカにすることが騎士か。守るべき民を侮って、俺は!強くなるためなら何でもしていいと!お前のこともなんにも知らずに!」
ライナーは、あの事件以来、初めてしっかりと私を見た。
「アーシュ、すまなかった。俺は、俺は間違っていたんだな」
うん。ライナー、合格。イザークも何かを考えている。
「アーシュ、みんな、メリダの話を聞かせてくれないか。君達のことが知りたいんだ」
そう言った。なんの話からしようか。
マルが串焼きを買って戻って来た。
「3本以上あるように見えるよ」
「商売のために、投資」
「ならしかたないね」
「しかたない」
友だちと食べる黒パンと串焼きは、とてもおいしかった。




