アーシュ14歳9の月イベント中
オレは今日も騎士科の生徒たちから逃げて、談話室にいる。ここにいると、フローレンスやナズに遠慮して、騎士科の生徒たちは来ないからだ。
「セロ、ちょっとは相手してやってもいいんじゃねえ?」
「相手してやってただろ、ずっと。でももう三週間だ。いい加減にしてほしいよ」
「まあな、負けたやつも再戦再戦ってうるさいよな、修行して出直せって感じ」
ウィルはまだ元気だ。騎士隊のヨナスやクンツは強かったが、それでも互角だった、と言えると思う。そんなオレたちには、騎士科の生徒は正直、相手にならない。それが伝わるのかヤツらはますますいきり立つ。オレの剣は、生きるための剣だ。魔物とはいえ、命あるものを切って生活の糧にしているのだから、遊びや力比べなんかに使いたくないんだ。ため息をつくと、マルが1人でやって来た。
「あれ、アーシュは?」
「教室でやり残したことがあるから、先に行っててって言われた」
「そうか、珍しいな」
アーシュとマルはいつも一緒だからな。やはり先に来ていたフローレンスやナズ、いつもいるフーゴやハルクやダン、そしてアロイスやエーベルと話をしながらアーシュを待つ。テオドールはベルノルトにからまれて嫌そうにしている。仲がいいのか悪いのか。戦えってしつこくしなけりゃこいつも悪いやつじゃないんだが。アーシュ、少し遅くないか?
談話室の入り口から、ライナーが入ってきた。自然と顔をしかめてしまう。最近ちょっとしつこいんだ、こいつ。と、ライナーは握った手を黙ってこちらに差し出した。なんだ。赤い、リボン。
「ちょ、セロ何やってんだ、ウィル、止めろよ!あ、マル、どこに行くんだ!」
フーゴが叫んでいる。何って?ちょっとライナーを首のとこで持ちあげてるだけだよ、片手でな。
「マル!待て!え、な、なんだあんたたちは!」
談話室の入り口から、大柄な生徒たちがどんどん入ってくる。マルは外に行けずに押し戻されてる。騎士科の三年生だ。ちっ、ライナーだけの考えじゃないのか。
「セロ、おろしてやれよ」
ダンが言うからしかたない。ライナーがせきこんでいるが知ったこっちゃない。三年生の1人がオレの目を見て声を出した。
「ふん、やっと本気になったか」
「アーシュをどうした」
「丁重にもてなしてるはずだ」
「どこにやったと聞いてるんだ!」
「どうせ助けには行けまい、ライナー、教えてやれ」
「っ、ゴホッ、3階の、教室に、1人で……」
その瞬間、立ち上がっていたオレたちは、力が抜けて座り込んだ。
「え、アーシュをさらったの、閉じ込めてるってこと?女の子を?騎士の卵なのに?」
代わりのようにハルクとベルノルトが立ち上がり、フーゴがわめきたてた。
「セロ、助けに行かなきゃ、ってなんで落ち着いたの、え、ダン、ウィルも」
3階くらいアーシュにはなんてことない。とりあえず大丈夫だろう。いや、待て、アーシュからリボンをどうやって取った?オレはまた立ち上がっていた。
「ライナー、お前リボンをどうやってとった」
「ゴホッ、え、壁に追い込んで……」
「待て、セロ!」
視界が狭い。アーシュをどうしたって?
「落ち着け!」
何かがオレを押さえてる。アーシュをどうした?
「大丈夫だ!アーシュは大丈夫だって!」
ウィル?オレを羽交い締めにしている。
「ウワサ通りか。ずいぶん大事にしてるようだな」
三年生が言った。
「まあいい。返して欲しければ、本気の勝負だ」
「卑怯なヤツらと、本気の勝負?」
オレはせせら笑った。ホントに笑わせる。いいだろう、立ち直れないくらい、徹底してやってやる!その時、バン、と窓が開いた。
「セロ!大丈夫!ケガさせてない?」
窓からアーシュが入ってきた。スカートが邪魔で、わたわたしている。リボンがないから、髪も乱れている。走ってきたのだろう。
「え、窓から、女子なのに」
誰かが馬鹿なことを言っている。
「だって入り口は人がいっぱいで……」
アーシュが顔を少し赤くして言い訳している。
「なっ、鍵は閉めたはずだ!」
「だから窓から出てきたの」
「3階だぞ!」
「ツタがあったから、それを伝って降りてきたけど」
「バカな……」
「え、なんで?」
なんでじゃないよ、窓から入ってくるより、閉じこめられた3階からツタを伝って壁沿いに降りてくるほうが恥ずかしいことなんだよ、女子としてさ。あと、入り口が入れないからって、窓から入ったりはしないんだ、普通はさ。
「うっ、くっ、はははっ。壁を伝って……見たかった……」
「セロ!心配したのに!」
そして閉じ込められた自分よりも、オレのことを心配してくれる。大事な大事な、ちょっとずれた女の子。第一声が、ケガさせてない?か。強さに対する信頼。それがオレの力と余裕になる。オレは冷静になってその場にいる三年生を見回した。
「お前ら、オレと何がしたいんだ。1人ずつなら、だいぶ相手をしてやっただろう」
三年生は口々に答えた。
「いつも本気じゃなかった」
「本当に涌きを収めたのか」
「騎士がほめるほどの実力があるか全然わからない」
オレはため息をついた。最近ため息が多い。
「要はオレの本気の実力を知りたいってことか」
三年生はみなうなずいた。
「なら団体戦だ」
「団体戦?」
「オレは冒険者だ。パーティを組んで戦ってる。涌きだってパーティで戦ったんだ」
「しかし」
剣士で強いのは俺だけって思ってるんだな、バカものどもめ。
「ハンデをやる」
「なんだと!」
「オレたちは4人だ」
「じゃあ俺たちは」
「全員でいい」
「は?」
「やりたいヤツ全員でかかってこい」
「何を言っている……」
「全員でかかってこないと、本気にもなれないって言ってるんだよ」
三年生から怒りがざわっとたちのぼった。
「一対一が騎士の誇りだ」
「お前たちに騎士の誇りを語る資格はない!」
「ぐっ」
「時間をやる」
「何を」
「対戦は明日、放課後。場所は訓練場。私闘とみなされないよう、うまく話して先生の許可を取っておけ」
「……承知した」
三年生は去っていった。ライナーが何か言いたそうにこっちを見たが、無視した。勝手に後悔でも何でもしてろ。
「アーシュ」
「焦ったんだよ、閉じ込めるんだもん。ドアを壊すわけにはいかないし……リボンまた取られちゃった。ごめんね」
「いいんだ。ほら、後ろを向いて」
「ん?」
オレは胸ポケットから新しいリボンを取り出した。アーシュの豊かな巻き毛にそっと結ぶ。そのまま少しうつむいたやわらかいほほにのばしたくなる手を抑える。
「大丈夫。なくしても、またつけるから」
「うん」
「お前、いつでも持ってんのか……」
ウィルがつぶやいたが、それがどうした。だってアーシュはすぐなくすんだ。リボンをつけたアーシュは、心配していたマルと手をぎゅっとつないだ。
「勝手に決めて悪かったが、もううんざりだ。明日一気に片をつける。子羊の力を見せてやる。いいか」
「「「うん」」」
決戦だ。アーシュを巻き込んだこと、後悔させてやる。




