アーシュ14歳9の月イベント発生
久しぶりにダンジョンに行き、アロイスやテオドールと楽しく過ごした。ハルクは解体も含めて真剣に見学していた。次は解体もやらせよう。騎士科ではないけれど、騎士の家なので剣の腕はそう悪くない。手間をかけさせるけど、ダンジョンにはなるべく参加させてくださいときちんとお願いされたので、セロは連れて行くだろうと思う。
しかし、他の人たちはどうだ。1週間しか過ごしていないけれど、やはり今の学校は特別なのかなと思う。遠巻きにされるより、近づいてくれた方がうれしい。でも、なんでもあたりまえに言うことを聞いてくれると思っているのに疲れてしまう。やりたいことをだめって言われたことがないのかな。女の子は遠慮がちだから困らないけれど。
「オレはそろそろ挑まれるのに疲れてきた」
「オレは大丈夫だけどな。戦うのはいつでも歓迎だ」
セロとウィルはこうだ。セロにとっては剣は生きるためだ。何回も挑むより、真剣に訓練しろと言うことなんだろう。ダンは、
「俺は観察中かな。まだ判断は早い」
「フーゴのこと?」
「主にね。俺が言うのもなんだけど、坊ちゃんなんだよ。愛も金も機会も、欲しいだけ与えられて拒否されたことがない。ないものの気持ちがわからないんだ。でも気持ちいいやつでもある」
と言う。アロイスやテオドールも坊ちゃんだ。だけど、親とのすれ違いから1度は孤独を味わい、何もないところからやり直した、その経験は大きい。
「それでも、めんどくさいって、まだ切り捨てたくはないんだ」
「つき合いも、やりたいことも、ちょっと1週間がんばりすぎたかな」
「疲れて判断を間違えないようにしような」
「じゃあ、今日はみんなと待ち合わせて、出かけよう!」
「さっそく忙しいな?」
いやいや、やっとゆっくり町が見られるのだ。
結局、ナズもフローレンスも、騎士科の男子もフーゴもやってきた。みんなでワイワイとおしゃべりをしながら、屋台やお店、空き店舗などを細かくチェックしていく。
ケーキとお茶は、材料によってもう少し高級にもなるし、安く抑えることもできる。人口の多い帝都では、どの客層を狙うかも決めなくてはならない。優雅な貴族街は、高級そうな服屋や宝飾店が並ぶ。食事をするところはあるが、気軽に入れるようなところではない。ここでお茶をやるとすれば、広くて明るい店舗に、個室をたくさん作る必要がある。学生の身で管理できるかどうか悩みどころだ。
貴族街から庶民街に移ると、ここも活気がある。たくさんの人が行き交う、例えばそこの角の店なら、疲れた人も足を止めやすいだろうか。ちょうど空き店舗になっている。
もう少し頑張って庶民街から外に出てみる。スラム、というのとは違う。労働者街というのか、少し乱雑だけど活気はある。帝都は街の外へ外へと発展している。ここは土木や建築の仕事の人が多いのだ。この体格なら冒険者もできるだろうという人がたくさんいる。並んでいるお店も屋台も、小さな場所にいろいろと詰め込まれている。
「ここ、かな」
マルが言った。
「ここ、だね」
私も返した。屋台は元々労働者のためのもの。悩むこともなかった。私は小さいお店を見ながら言った。
「マル、屋台にこだわる?」
「アーシュ、小さいお店もいいね」
ここなら開業資金もそうかからないだろう。
「アーシュ、マル、ここで何かをしたいのか?」
フーゴに聞かれた。
「そう」
「ここは難しいぞ。庶民街までなら、商業ギルドの管轄だが、労働者街は、別に元締めがいて、その人の許可がいるらしいんだ」
「元締め?」
「そう。父さんもここには店を出せてないんだ」
「うーん、ま、急ぐ話でもないし、ゆっくり考えよう、マル、どうする?」
「まずは肉の確保だと思う。それから試食、そして味付けを考える。試食。試し売り。試食。その間に店を考えればいい」
「そうだね、試食が多すぎるけどね。ありがとう、フーゴ、教えてくれて」
「どういたしまして」
長居してはフローレンスやナズに悪いので、早目に引き上げた。
お店の方向性を固めつつ、ダンジョンにも行きつつ、アレクの所にもおじゃましつつ、三週目の終わり、グレッグさんに、
「来週孤児院の視察に行くんだが、付き合わねえか」
と誘われた。グレッグさんが孤児院の子を冒険者にしたいなら、ノアさんたちやニコ、ブランと共に手伝うつもりだ。それなら最初からちゃんと関わりたい。だからもちろん、うなずいた。
一方、騎士科のベルノルトもライナーも、冒険者になる許可をなかなかもらえないでいた。騎士になったらどうせダンジョンには訓練で潜る。学生のうちになる必要はないではないか?そういう事だ。
そのせいか、ライナーの機嫌が悪い。そしてセロに対戦を申し込んで来るので、セロもよく女子のところに逃げてきている。最初はベルノルトのお目付け役のような感じだったのに、今は2人とも手に負えない。騎士科では、誰がセロとウィルを本気にさせるか、誰が倒せるかで非常に盛り上がっているのだと、セロがうんざりしながら説明してくれた。
大変だな、とその時は思っていた。そして今、私が大変だ。
放課後、教室から談話室に急いでいたら、ライナーが途中でおいでおいでをしていた。なんだろうと近くに行ってみたら、空き教室に引っ張られて、この状態です。
「なあ、なんでセロのやつ、本気にならないの」
知らないよ。知ってるけど。私は壁に背を貼り付けながら思った。
「お前もさ、舞踏会の時、俺声をかけたの、なんで覚えてないの」
舞踏会?誰が誰だか覚えてないよ。それより、顔が近い。そう、私はライナーに壁に追いつめられていた。
「あんな不安な顔して、男ならさ、守ってやりたくなるだろ?みんな声をかけてたのに、上の空で、アイツ見つけてすぐいなくなってさ」
そんなこと言われても。
「学校来て見つけてもさ、カケラも覚えてない。相変わらずアイツしか目に入ってないし、アイツだってそうだ。誰が挑戦しても、本気にならない。昨日なんかめんどくさがってわざと負けようとしたんだ!」
うんざりしてたんだと思う。
「父さんだって騎士隊の人だって、涌きのすごさとメリダの年若い英雄の話をするけど、実際に見てみたら、お菓子を焼くだけの大人しい子と、それにくっついてるだけのただの子どもだ。確かにまだ勝てていないけど」
子どもって、もう成人してるけど。
「なあ、お前のことなら、本気になるよな、アイツ」
そう言うと、ライナーはグッと顔を近づけてきた。そして私の髪からリボンを抜き取った。あっ!返して!
「セロ、アイツさ、お前が後ろ向いてる時、このリボン、たまに大事そうに眺めてるの気づいてた?」
知らないよ、返して!
「このリボン見せたら、本気になるかな」
そう言うと、
「ここ3階だからな、逃げられないぞ。試合が終わるまで待ってろ」
と、教室のドアに鍵をかけて出て行ってしまった。なんてことだ。こんな難しい状況、手に余る!




