アーシュ14歳9の月1週目週末に
「テオドール、ベルノルト」
私は低い声で静かに言った。
「そういう話じゃなかったよね」
「「……はい」」
「ライナーだって、ベルノルトを黙って騒がせておけば自分もダンジョン行けるかもって、静観してたでしょ。同罪」
「……まいったな」
ライナーは肩をすくめた。私はセロを見た。セロはこう言ってくれた。
「ちゃんと冒険者として勉強する気が固まって、家から許可が出たら連れてってもいい。今週はダメだ。フーゴをどうするかはダンに任せる」
「俺は行く」
「めんどうかけるなよ。フーゴ。何かあれば手伝いさせるからな」
ふう、よかった。それなら勝負だ!とか何とかにまた巻き込まれるところだった。
そうして6の日、私たちは第3ダンジョン行きの馬車に乗った。メンバーは子羊5人にアロイスたち3人、フーゴ、ハルクだ。ハルクはまじめに参加すると誓ってセロから許可を勝ち取った。しばらくは見学になる。正直、ナズのそばにいるのかと思ったから驚いた。何か考えていることがあるのだろう。
第3ダンジョンのギルドは、私たちが行っていた7の月に比べると、だいぶ明るい雰囲気になっていた。
「よう、お前ら」
グレッグさんだ。呼び方、ギルド長に戻す?
「グレッグでいい」
「グレッグさん、ダンジョンのようすはどう?」
「まあ、落ち着いてはいる。けど、一度離れた冒険者がなかなか戻ってこねえ。そもそも元々の数が少ないからな。この2年でだいぶ職替えしたらしい」
「冒険者は食い詰め者、だもんね。魔石を買ってもらえなくて、食えさえしないんじゃ、そりゃ離れるよね」
「しかたねえから、育てることにした」
「どうやって集めるの?」
「孤児院だ」
孤児院。知ってはいる。ただ、メリダにはなかった。帝国にはあるのか。
「でもグレッグさん、それ評判悪くならない?」
「確かに、はためには子どもに危険なことさせてるように見えるだろうな」
グレッグさんは頭をかいた。
「けど、見てきたんだ、俺は。孤児院に入れる子はまだましだ。帝都には家のない子どもがたくさんいる。そして、まだましな孤児院の子どもにも未来はない」
「未来って、つまり」
「職に就けねえんだ」
「でも、教育はメリダより行われているんじゃないの。メリダには高等学校はなかったよ」
「教育の問題じゃない。中等学校までは通えて、食事も寝るところもある。けどそれだけだ。卒業後の仕事の斡旋がないんだ」
「じゃあ、孤児院を出たら」
「ポイ、だ」
「いきなり路頭に迷うのか。メリダなら冒険者になるんだけど……帝国では……そういうことか」
「とりあえずだ、各侯爵家が孤児院に寄付してるらしいんだが、カレンのとこが寄付してる孤児院に目を付けてるんだ」
「カレンさんの家なら、ちゃんと見てるか……いや、食えてればいいだろくらいにしか思わないか」
「カレンは病だったしな。金を出すだけマシだろ。ただし、仕事につかせるって発想がないみたいでな」
「仕事がないとまた孤児ができるだけなのに……」
話す私たちを、フーゴが熱心に見ている。何だ。
「荷物持ちから育てるの?」
「ん、孤児院は14歳までだそうだから、冒険者も育てたい」
「じゃあ、解体は?」
「それもだな」
「工場は?」
「作りたいが、いっぺんには難しい」
「魔物肉の解体、販売も一緒にしないと、荷物持ちを育てても、回収しただけでは肉がダブつくよ。魔物肉の肉屋さんに話してみた?」
「帝都の買い取りのあそこか。いや、そこまでは……」
「解体の仕事もあれば、ダンジョンに来たくない子や女の子も働けるだろうし、まとめてできたらいいんだけど」
「魔物肉を確保してくれたら、屋台がやりやすい」
マルが口をはさんだ。
「マル?お前、なんだ、屋台やりたいのか」
「串焼きの屋台」
「ついに売る方に興味が出たか……しかし帝国では魔物肉は高価だぞ。庶民に食べる習慣はないしな」
「何とかなる」
「いや、お前、ちゃんと考えろよ」
「その話、ちょっといいですかね」
「……何だお前」
「俺はフーゴ。フーゴ・ハーマンです」
「ハーマン。ハーマン商会か」
「息子です」
「そのハーマンがなんでここに。アーシュ、また変なの拾ってきたのか」
「私じゃないよ、ダンだよ」
「俺でもないですよ、グレッグさん」
「ひどいな、仲良しの同級生だろ」
「「いやいやいや」」
「まあとにかく、ハーマンが何の用だ」
「いや、単におもしろそうだから同級生にくっついてきただけなんですけど、肉の話が出たんでちょっと」
「肉?」
「うちの商会は肉も卸してるんで」
「魔物肉もか」
「それはまだ。けど、この先流通の可能性があるなら、ぜひ父と話を。うちは工場もあるし、帝国中に流通してますよ」
「ハーマンが噛む理由は?」
「元々魔物肉は高価だ。うまくからめば必ず利益が出る」
「俺とアーシュが何の話をしていたかわかるか」
「魔物肉の販売?」
グレッグさんはため息をついた。
「不合格」
「え、なんで」
「目的。話を思い出してよく考えろ。答えがわかるまで話は聞かない」
呆然とするフーゴを横目に、
「さ、ダンジョン組行くぞ。アロイス、テオドール、エーベル、久しぶりだな。腕は落ちてないか」
「鍛えていたとも!」
「よし、2組に分かれるぞ。ハルクは今日は冒険者登録したら、ダンジョン内で見学だ」
「わかった」
セロに声をかけられ、私たちは動き出した。
「なんで不合格なんだ。利益は大事だろう。俺のとこの商会、帝国一だぞ。声をかけてやっただけありがたいくらいだろ」
フーゴはぼやいていた。ダンはそれを黙って見ている。
「なあ、ダン、お前、俺がなんで不合格かわかるか」
「まあな」
「教えてくれ」
「フーゴ。お前、何のために商売がしたいんだ」
「利益のためだろ」
「それだけか」
「他に何がある」
「自分で商売を立ち上げたことは?」
「それはないけど」
「なんで商売をしたいのか、利益をどうするつもりなのか考えてみろ。あと、アーシュとグレッグさんの初めの話をちゃんと思い出せ」
「利益をどうするか……初めの話?孤児院がどうとか……」
「さ、アーシュたちが帰ってくるまで、冒険者の観察だ」
「それだけ?他にないの?」
「おもしろいことが、か?」
「そう」
「探せよ、自分で」
フーゴはわからなかった。商売は利益を出すためにやる。常に効率を考え、情報を確保し、ライバルの動向をつかみ、そうだ、そしてそれがやりがいがあるからだ。孤児院の子を使うと言っていた。仕事を斡旋するという。確かに若いうちから労働力として確保し、安く使える。利益のため以外に何なのだ。
週末だからと家に帰ってきた息子のいつもと違うようすに、フーゴの父親は何かあったのか尋ねた。父親は明るく活発なフーゴがかわいくて仕方ない。いつも饒舌なフーゴだが、その日は考え、考えしながら、今日のギルド長の宿題をゆっくりと父親に話した。
「何が不合格かわからないんだ。父さんはわかる?」
「ああ。しかし私も忘れていたことだ」
「教えてもらえない?」
「しばらく、友だちと一緒に行動してみることだ。自分で考えるべきことだよ」
「はい」
「しかしおもしろいことを考える。魔物肉か」
おもしろいことは好きだ。大商人の息子である自分は、貴族にさえ気後れすることはない。だからいつだって楽しく、心のおもむくままに生きてきた。そしてしばらく父の元で修行して、跡を継ぐだろう。
だから高校は退屈だった。それが2年になって、おもしろいことが向こうから飛び込んできた。やることなすことすべておもしろい。人について歩くなんて初めてのことだ。けど、ついて歩くだけでは友だちではいられないような気がしたのだ。宿題の答えはまだ出ない。でもちゃんと考えよう。そして、彼らの見ているものを自分も一緒に見るんだ。




