アーシュ14歳まだ8の月
「うーん、くっつきそうでくっつかねえんだよな、あいつら」
「どう見ても両思いだろう」
「なんていうのかな、恋人を通り越して先に心で結びついてるっていうのかな。今さら恋人に戻れねえっていうか」
グレッグはちょっと頭をかいて、アレクに言った。
「近すぎたんだよ。お互いに姉のように、兄のようにそれは大切に守りあってきたんだ」
「自分が幸せだから縁結びか」
「そうじゃねえ、見ろよ二人とも、あの輝くような美しさ。若くして叙爵された。将来性もある。くっつかねえと狙われるって」
「取り込もうとするだろうな。正直、私も婚約者がいなければアーシュがほしかった」
「おまえ……」
「それが貴族というものだろう。しかし、身分が高いからといって、婚約者を捨てた男についてくる女か、アーシュは」
「いや」
「ならば何とかして、帝国を好きになってもらうしかないではないか。バカどものせいでマイナススタートだ。どこぞに気概のある若者がいないものか」
「ハニートラップか。近しいものはみなセロに遠慮するからな」
「セロはどうなんだ。今なら帝国の美少女よりどりみどりだぞ」
「一途だぞ、アイツは。アーシュに負けない美少女を用意できるか」
「無理だな。色気ならなんとかなるか……」
「色気か。それを言われると弱いな。それでも無理だろうな……」
「ウィルとマルなら……」
「見てみろ」
そこには騎士たちと熱く剣を語るウィルと、周りに見向きもせず食べ物を口にしているマルがいた。ダンはひらひらと奥様方の間を渡り歩いている。
「剣バカと串焼きバカ。恋愛まるでダメ。ダンは恋する気がない」
「ふう」
「ダンも含めて、自由にさせとけ。それが一番周りに利をもたらす」
グレッグはそう言って踊る2人を優しく眺めた。
「ところで代理だが」
「面倒くさいことをやらせやがって」
「すまん、ギルドには不干渉、それはわかっても、今のギルドは弱体化しすぎた」
「自業自得だがな」
「うむ、冒険者がしっかり育つまでは、イザという時は結局騎士隊が動くことになる。あいつも私利私欲で動く男ではない。無知なだけだ。ギルドと軍をつなげる人材として何とか育ててくれ」
「任されたくないがしかたねえ。ギルド総長は男爵であっても、ギルド関係については騎士隊隊長と同格という条件だからな。生意気な若いのの育てかたは心得てる。身分関係なく行かせてもらう。お前も育ててやろうか」
「遠慮する」
「子羊に手を出すなよ」
「恩人だぞ」
「それでも念を押しておくぞ」
「承知した」
「早く体なおせよ」
「正直屋敷に帰りたいよ」
「だな」
色々な思惑が飛び交いながらも、舞踏会は終わった。
疲れ果てた私たちだが、次の日はアレク邸のみんなに惜しまれつつ学校に去った。学校にも叙爵の知らせは届いていて、おめでとうの声とともにシュテフ先生に、
「広い部屋にしといてよかったね」
と言われた。私たちも、セロたちも、居間に四部屋くっついた形の、シンプルな部屋だった。飾りつけは自由だそうだ。部屋は余るが別にいい。届け出ない限りお互いの部屋には遊びに行けないが、その代わり談話室があるので、話がある時はそこを利用することになる。
私とダンとマルは1組普通科。ウィルとセロは4組騎士科となる。私はもう、剣はダンジョンだけでいい。選択科目で文学を中心に学ぶつもりだ。ダンとマルは経済。
「マルは騎士科じゃなくてよかったの?」
「剣は後でもできる。今はアーシュと一緒の学校生活を一番にしたいから」
「マル!」
「でも文学は無理」
楽しく過ごそうね。ウィルは騎士科だと思っていたが、セロは普通科にすると思っていた。
「戦略や戦術に興味があって」
剣じゃなくてそっちの方か。1組にはテオドール、エーベル、フローレンスがいて、4組にはアロイスがいる。楽しくなりそうだ。
部屋に落ち着いた後、アロイスやテオドール、エーベルが来るということで、談話室に集まった。
「アーシュ!」
「テオドール!」
やっぱり持ち上げてクルクルされた。大きくなった。
「エーベル!」
「アーシュ、マル、きれいになりましたね」
これだよ、これ!この一言が大切です。
「「エーベル……」」
「何ですか、このくらいあたりまえでしょう。いつまでも子どもじゃないんですよ」
そう言われても、アロイスとテオドールはそっぽを向いている。まあいいよ。
「ところでね、学校が始まる前に、みんなに話があるの」
私は声をかけた。昨日決めたのだ。自分から動くって。
「久しぶりに、ガガをいれようか」
「ガガか、甘くしてくれよ」
「豆が少し古いかな。ケーキがあればよかったんだけど」
「懐かしいな」
テオドールが喜んでいる。ガガを飲みながら、私は話し出した。
「昨日考えたの。帝国に来て、人に流されてばかりだったなって」
「流された結果が叙勲か?」
アロイスがからかう。
「それはそう。たまたまなんだよ」
「アーシュらしいって言えば言える。どこでも何かを頼まれてたもんな」
「そうかな」
「メリダでもそうだったぜ」
あれ?そうだったかな。
「それでね、せっかく厄介ごとから離れて、やっと高校に来れたんだから、ここからはやりたいことをしたいなって思ったの」
「やりたいことか……」
テオドールが頭の後ろで手を組むと、そのまま天井を見上げた。
「正直、高校の勉強とダンジョンで精一杯で、そんなこと考えたことなかったな」
「私もだ。何とかダンジョンだけには行きたくて、他のことをがんばっていた感じだな」
「がんばってたんだね、やりたいことできてるじゃない」
「まあな」
「うん」
アロイスもうなずいた。エーベルも黙ってうなずいている。
「で、アーシュ、何をやりたいんだ?」
ダンが聞いた。
「うん、お菓子やさん」
「お菓子やさん?お茶をだすんじゃなくて?」
「お茶と一緒でもいいの。王都では手伝いだけで、ダンに任せっきりだったでしょ。今度は自分も参加したいの」
「なるほどな」
「ダンは何がしたい?」
「ここ半年近く、あちこち見てきて、石けん工場の委託もされている。商売の種がないわけじゃないんだ」
ダンも天井を見上げた。
「でもこれと言ったものがなくて。石けんにしても、メリルならオリーブオイルとか、これって言うものがあったろ?そういうピンと来るものがないんだ」
「じゃ、一緒に子羊亭、やらない?」
「……やる。ピンと来た」
ダンの目が光った。
「メリダと一緒の事をやるんじゃ面白くないと思っていたが、どうせ2年間は帝都から動けないんだ。メリダ式の娯楽を提供しようじゃないか」
「あのね、マルはね」
珍しい、マルが何か言い出した。
「屋台がやりたい。串焼きの」




