アーシュ14歳8の月やっと
「いただこうかな」
副校長が席についた。若い先生も、アロイスも座った。ゼッフル先生が答案を持っていこうとした。
「では採点を」
「ゼッフル、待った」
「何でしょうか」
「ここで採点しろ」
「……わかりました」
薄笑いを浮かべている。しかし、採点を進めるとどんどん真剣な顔になっていく。みんなでお茶を飲んでいる間に、採点は終わった。副校長が聞いた。
「どうだった」
「……まあ、間違いもありましたが、合格ですな」
「やった!」
ほっとした。
「ゼッフル、答案を見せてみろ」
「合格ですよ」
「見せてみろ」
ゼッフル先生はしぶしぶ答案を手渡した。
「これは……」
副校長は次々と答案をめくっていく。
「全部か!ゼッフル!」
ゼッフルは持っていた紙束から別の紙を取り出した。
「こちらの試験と間違えたようです」
「そんなわけがあるか!」
「ついうっかり」
ゼッフル先生はそのまま流れるように部屋を出た。そして、
「留学生は合格。寮には話を通してある。そこの若いのに案内してもらうがいい」
「ゼッフル先生、私は担当ではないと言ったのはあなたですよ!」
そうしてさらりといなくなってしまった。
「なんだあれ……」
ウィルがあっけに取られてつぶやいた。アロイスはふーっと息を吐いた。
「すまなかったね、君たち」
年上の他人の方が声をかけてきた。だれだろう?首を傾げると、
「私は副校長のシメオンだ」
「私は平教員のシュテフだよ」
と自己紹介してくれた。
「メリダから来ました。セフィロスです。セロと呼んでください」
「アーシュマリアです。アーシュと」
「ウィリアムです。ウィルと。マーガレットとは兄妹です」
「マーガレットです。マルと」
「ダニエル・グリッターです。ダンと」
副校長は感心したように言った。
「美しい帝国語を話す。まったく問題ないな。そもそも、一年生の年度末試験にほぼ満点合格だ」
「え!ほんとですか」
シュテフ先生は答案をガサガサ見た。
「本当だ……ゼッフル先生……何をやっているんだ……」
「しかし、君たちはなんで解答できたのだね」
シメオン先生が聞くと、セロが答えた。
「アロイスのいとこのお姉さんに家庭教師をしてもらっていました」
「なるほど。それにしても優秀な……この実力では飛び級もありだが、そうすると3年の留学が2年になってしまうしな、もったいないか」
「いえ、2年から入れるのなら2年からお願いします。ただ、アーシュとマルの年齢が14ですが、大丈夫でしょうか」
「入った時点で14なら問題ない」
「みんなはどうしたい?」
みんなうなずいた。正直、この学校で2年もやって行けるか心配なのに、3年なんてうんざりだ。
「私たちと同じ学年だ。よかった」
アロイスがほっとしたように言った。副校長のシメオンさんがこうまとめた。
「では2年生に編入ということで、私が校長に話を通しておく。今日はすまなかったね。校長とゼッフルときちんと話をしておく。中央高等学校はあなたたちを歓迎する。楽しく過ごし、時々メリダの話を聞かせておくれ。おいしいお茶をごちそうさま」
少しはいい先生もいるのかな。
「さあ、もう夕方だ。寮に案内するよ」
シュテフ先生が言った。寮は学校の敷地内にあるそうだ。男女別なのだが、最初なので一緒に見に行くことにした。
「ボロボロの部屋だったりしてね」
ウィルがおどけて言った。
「そんな部屋はないよ、安心し……」
ボロボロの部屋だった。シュテフ先生は驚き、焦っていたが、私たちはお腹が痛くなるまで笑った。笑うしかないではないか。ここまで徹底されたら。寮の管理の人はこう言っていた。
「この部屋を用意するように言われて、まさかと思ったんだけどね、使わないよね、まったく」
「明日までに別の部屋を用意できるかい。留学生用の広いところがあっただろ」
「ちょっと使ってないのでね、何日かかかりますよ、シュテフ先生」
「普通のとこですぐ入れる部屋は?」
「ありますよ。でも広い部屋は居間付きですよ。少し待てるんならそっちをおすすめします」
「どうする、君たち」
「広い方にしようよ。今日はアレクのところに戻ろう」
「そうするか」
私たちはシュテフ先生にあいさつした。
「ギリギリまでは別のところに滞在します」
「新学期の二日前には戻っててね、部屋も新しくしとくから」
「ありがとうございます」
学校を出て、アロイスと庶民街で食事を済ませ、結局アレクのところに戻ってきた。
「皆さん、お待ちしておりましたよ」
フリッツさんがうれしそうだ。
「よう、戻ってきたか、さては学校でやられたな」
グレッグさんもいた。部屋を割り当てられた後、今日もお話をしてくださいということになった。アレクの部屋に集まると、グレッグさんやらニコやら、いつも話を聞きにくる客人やらがすし詰めになっていた。
そんな中、フリッツさんはアレクの枕を膨らませて、
「さ、ここに」
などとやっている。
「うむ」
うむ、じゃないよ、治ってみると、子どもみたいだ。子どもか……マルと目が合った。やる?やろうか。
「じゃ、マルも」
「え?」
「じゃ、私も」
「アーシュ?」
2人で堂々とベッドに上がった。
「「「じゃ、オレも」」」
セロたちも広いベッドに登った。アレクはびっくりしている。その顔がおかしくて、私たちは大笑いし、笑い疲れて倒れ込んだ。アレクもつられて寝転んだ。アレクと6人転がっても、まだ余裕がある。
「絹のお布団で雑魚寝だね」
「これが雑魚寝か!」
違うような気もする。あーあ。行儀が悪いけど、寝転んで天井を見上げる。
いやな1日だった。誰が留学させてくれと頼んだのだ。確かに帝国には来たかった。お膳立てされなくてもいつかきっと来た。そしてお金はあっても、きっと安い宿屋に泊まってしまうに違いない。観光をしても、ついダンジョンに行って働いてしまうだろう。それでものびのびしたかった。何でこうなった。つかれたんだよ……
人の悪意は受け流しても疲れてしまう。ブツブツいう私の話を、みんな静かに聞いてくれた。
「昔話だけでなく、帝国に来てからの話をしてくれないか」
静かにアレクが言った。
「いろいろあったよ」
「1晩で語りきれなくてもよいではないか。まだ寮に入らなくてもいいのだろう」
「うん。でも、いい話ばかりじゃないよ」
「それでもよい、自分の国の話だって面白いさ」
「アレクも何か話してよ」
「私か、みんなが興味ありそうなことは……私は高等学校にいる婚約者の話を……フリッツ、まだ婚約者のままか」
「はい、解消されてはおりませんよ」
「ということで婚約者の話をしよう。学校つながりでな」
「学校……いくつ下なの?」
「15だから、8つ?小さい頃から面倒を見たぞ」
「……」
「8つは許容範囲だ。10はちょっと」
グレッグさんが言った。
「なんだ、今度2年だぞ、確か」
「おんなじ学年だ……」
「お前たち、1年ではないのか」
「飛び級で2年からでいいって」
「さすがでございます」
フリッツさんがニコニコして言った。
「では今晩は今日のうっぷんを存分にお話しなさいませ。明日からは順番にお話をいたしましょう。私もアレク様のお小さい頃のお話でも……」
「それはやめろ」
アレクが言い、部屋にはおだやかな笑いが広がった。
「今日の最初は、まず守衛で引っかかって」
ダンが話し始めた。聞きながら思い出す。
大使のアールさんだっていい人ぶってもくせ者だったし、ヨナスさんもクンツさんも、医者のトーマスさんも、助手君も、カレンさんのお兄さんも、出会いはいいものじゃなかった。でも今は違う。カレンさんや、フリッツさんや、アレクのように最初から仲のいい人もいる。マクシム、ミーシャ、ミラナ、もう仲間だと思う。お茶を買いに来る騎士のお兄さんたちも優しい。ダンの声が遠くなる。お布団がやわらかい。
「なんだ、眠っているのか」
「このままで。アーシュは体力がないんだ。夜は弱くて」
「そうか……がんばったな」
今は羽を休めよう。優しい人たちの中で。またきっと飛び立てるから。




