アーシュ14歳8の月学校へ
私たちの入る予定の帝都中央高等学校は、貴族街と庶民街の境目にある。アロイスによると、貴族の子弟はほとんどここに入るという。それでも全体の半分程度で、残りは庶民だ。
のんびり歩いて高校まで来たら、出入りするのに守衛さんを通さねばならないという。
と、ダンが高校に入ろうとしている生徒を呼び止めた。
「俺たち新入生なんだけど、今度2年のアロイスって知ってるかな。知ってたら呼び出してくれないかな、知り合いでさ」
「アロイスならさっき入口のあたりをうろうろしてたから、声をかけてみるよ」
「ダンっていえばわかると思う。よろしくな」
「いいよ」
私は不思議に思って言った。
「守衛さんに頼めばいいのに」
「まあな、念のためだよ」
セロが守衛さんに声をかけた。
「すみません、オレたちメリダから来た留学生ですが」
「はーい」
守衛さんは受付の紙を眺める。
「そんな話聞いてないんだけど」
「でも、8の月の3週に来るように言われてて」
「そう言われてもなあ。部外者は入れないように言われてるから」
「これ、学校からの手紙です」
「私には判断できないよ」
「じゃあ、どなたかに職員の方に聞いてみてください」
「今私しかいなくてね」
「いつなら大丈夫ですか?」
「うーん、今日帰りに申し送りしとくから、明日なら……」
明日!兵舎に逆戻りか……
「では、今度2年生のアロイスかテオドールか、エーベルはいますか」
「そういうことは教えられないんだよ、危ないからね」
「友だちなんです」
「そうは言ってもね」
校門からアロイスが走ってきた。
「セロ!みんな!」
「アロイス!」
「何で入らないんだ?」
「守衛さんがさ」
アロイスは守衛を見た。
「この人たちは正式に招かれた留学生です。取り次いでください」
「しかし、怪しい若者は通すなと言われてるんでね」
「今までそんなことなかったはずですが」
「いや、上からの指示なので……」
「では、私が責任をもって連れていきますね」
「あの、私はちゃんと仕事したって言ってくださいよ」
「わかった」
アロイスはこちらを向いて、笑った。
「やっと来たね。行こうか」
何とか入れそうだ。テオドールとエーベルは南領に戻っているそうだ。
「まずは職員室に連れていくね。その後入寮手続きかな」
わあ、大きい建物だ。2階、いや、3階建てかな。各学年150人、5クラスずつなんだって。そのうち騎士クラスが2つ、普通科が3つ。私とマルが建物を見ている間、アロイスとセロたちは何か話し合っていた。
「アロイス、警戒していた以上に厳しそうだな」
「すべての教員ではない。が、フィンダリアの留学生も相当いじめられてる。このまま順調に入寮できるか……」
「できれば第三者の目が欲しい。校長はどうだ」
「校長は中立のはず。確か今日はいるはずだが」
「すまないが、何かあったら頼む」
「わかった」
あ、アレが職員室か。懐かしいな。うわっ、豪華な部屋だ。
「失礼します。2年騎士科のアロイスです。メリダの留学生を連れてきました」
あ、入口の方の先生が席をたった。何人かは興味深そうに見ている。
「私が担当のゼッフルだが」
「こちらが」
「なぜ入ってこれた。守衛が止めたはずだが」
アロイスが絶句した。そして言った。
「私が案内してきました」
「不用心なことだ。それで何の用だ」
セロは黙って学校からの手紙を差し出した。
「ふん、なぜ昨日来なかった」
「昨日とは指定されていませんが」
セロは首を傾げた。
「3週と指定されたのなら1日目に来るのが常識だろう」
「3週としか指定されていないのなら、何日に来てもかまわないと思いますが」
2人はにらみ合った。私たちは職員室で注目を集めていた。
「本来なら日付を守らないような生徒は入学を許可しないのだが、わざわざ島国から来たのだ。入学試験くらい受けさせてやる」
職員室はしん、とした。1人若い先生が立ち上がった。
「ゼッフル先生、留学生ですよ、入学試験など聞いたこともない」
「メリダからの留学生は初めてだ。前例は通用しない」
「しかし、学びに来ているのですよ、できなくても当然ではないですか」
「君は担当ではないだろう」
「しかしですね……」
ゼッフル先生はそれ以上は無視した。私たちはアロイスを見た。アロイスは頷いた。
「ではついてこい」
そして小さな教室に案内された。
「アロイスはここまでだ」
「しかし」
「入ったら不正と見なす」
「……わかりました。待ちます。セロ、アーシュ」
私たちは頷いた。アロイスは戻って行った。
「時間は今から5時間、国語、数学、帝国文学1、経済、帝国史1だ。時間が来たら回収する。別に資料を見ても話し合ってもいいぞ、それで解けるならな」
ゼッフル先生はそう言い放つと教室を出て行った。外から鍵を閉めて。私たちは問題をみた。
「カレンさんに家庭教師してもらっててよかったな。あと兵舎で復習しといてよかった」
ウィルが言った。
「ざっと問題を見て、解けないところは?」
みんな首を横に振った。
「仕方ない、やりますか」
ダンが声をかけた。試験が始まった。
そのころ、アロイスは急いで職員室に戻っていた。
「ゼッフル先生のやってる事は正しいのですか」
「いや、でも主任ですから……」
教員たちは気まずい表情だ。アロイスはさっきゼッフル先生に逆らっていた先生に声をかけた。
「すみません、正直に言います。試験が公正に行われる保証がありません。誰かゼッフル先生に物が言える人は」
「校長は……副校長か、理事かだが、どちらも校内には……副校長は北高校に用事で出かけている。彼ならば……」
「呼んできます」
「待て、私も行こう」
帝都は広い。馬車を拾って北高校まで急ぎ、副校長を連れてくるのに四時間かかった。馬車で事情を説明する。
「なぜ早々に来ないのかと思っていたら、そんな小細工をしていたとは……」
「疑問には思っていたのですね」
「まあ、楽しみにしていたのでね、メリダの留学生をね。おとぎ話の国だろう。どのような文化なのか。どのような人々なのか」
「なら何で……」
「留学生に当たりが厳しいのは知っていたが、フィンダリアの生徒はきちんと学校に来ていたからね、まさか妨害までしていたとは思いもしなかった」
「帝国の質が問われる。ただでさえがっかりされているのに……」
「帝国にがっかり?島国から来たのに?」
アロイスはメリダがいかに過ごしやすいかを話して聞かせた。信じられないようだった。公平な先生でさえこれでは、学校生活が思いやられる。
急いで馬車をおり、教室に向かう。鍵がかかっている。
「副校長、試験中ですよ」
ゼッフルがやって来て声をかけた。副校長は言った。
「ゼッフル、留学生に試験などない」
「実力を見ることは必要でしょう」
「では、不合格などあり得ないですよね」
アロイスが追求した。
「出来が悪いようなら、授業にはついてこれまい。学校など来ない方が身のためだと思うが」
「それを指導するのが留学生を預かる教員の仕事でしょう」
ゼッフルは肩をすくめた。
「さあ、時間だ」
口の端を歪め、鍵を開けた。
お茶のよい香りがする。試験を終えて、みんなでお茶を飲んでいるところだった。
「アロイス」
アーシュがアロイスを見てニッコリした。この子たちは……。どれだけ心配したと……。アロイスは力が抜けた。腹の底から何かが湧いてきた。いっそすがすがしいくらいだ。
「くっ、ははは」
「なに?アロイス」
アーシュは少し口をとがらせた。そして言った。
「皆さんもお茶をいかがですか」




