アーシュ14歳8の月涌き
そんな隊長代理に、すがりつこうとする人がいた。
「助けてくれ!ギルドにまだ人が残ってるんだ」
「なんだと」
周りはざわめいた。北部騎士隊はわかっている事なのか、ただ無言である。おそらく、ギルドがスライムに巻かれてから1日はたっていない。出入口をきちんと閉じるだけの頭があればもしかして……
「無理だろう。あきらめろ」
「そんな」
「待ってください!」
隊長代理はふり向いて私を見ると、いぶかしげな顔をした。
「お前は……メリダの留学生か?なぜここにいる」
「私たちがギルドまでの道を開きます。騎士隊から救出パーティを作ってください」
「何を言っている」
「私たちがギルドまでの道を開きます。すぐスライムが押し寄せて来るはずなので、スライムを狩れる力のある人のパーティをいくつか作ってください」
「バカな」
隊長代理はそのまま私を無視しようとした。
「ウィル」
「わかった」
「隊長代理」
「なんだ」
私が声をかけると、隊長代理はうるさそうに振り向いた。
「炎の壁」
「吹け」
狭い範囲の魔法だ。しかし、じっくりと見るがいい。ほら、スライムが消えた。
「な、何を」
代理だけではない。近くにいたすべての人があっけに取られている。マクシムさんもだ。
「私たちはメリダの魔法師です。スライムとは相性がいい」
ウィルが言った。
「わざわざ協力すると言っているのです。救出パーティを」
「しかし草原に拡がらないようにするのが先で」
「あんたたちは!」
助けを求めた人が叫んだ。
「ダンジョンの管理もせず、怠けたあげくにスライムが来たらギルドの職員を置いてさっさと逃げたくせに!」
「こいつを黙らせろ」
何人か近づこうとした。私は声を張り上げた。
「自分たちで勝手にやる分には構いませんね」
「好きにするがいい」
「では何人か騎士を貸してください」
「それは」
ダンが口を挟んだ。
「もし万が一成功した時、騎士が参加していたかどうかは大きな違いになる」
代理は少し考えた。
「……この者達に自主的に協力しても、軍規違反に問わないこととする!」
「協力を!私たちだけでは確実ではありません!」
叫ぶ私。マクシム、ミーシャ、ミラナ。ヨナスさん、クンツさんが前に出た。
「お茶のお嬢ちゃん、俺たちもな」
中央から更に5人。ありがとう!ここからはセロが指揮をとる。
「何人取り残されていますか」
「3人だ」
「担架と水も用意しましょう」
慌ただしく物資が用意されていく。
「アーシュとウィルが道を開きますが、必ずスライムが残ります。それを退治しつつ、2人を守るのが仕事です」
それからスライムの効率的な倒し方の簡単な講習をし、10人を3つのパーティに分け、私とウィルを守りつつの連携、ギルドへの突入の順番などを確認していく。次第に私たちの周りには人だかりができていった。さあ、準備は整った。
「よし、ではギルドまでの道を開く。アーシュ、ウィル」
「「はい!」」
「ウィル、高さはいらない。なるべく地面に近いところで炎のかたまりを作って」
「わかった。炎よ、よどめ!」
「風よ、地を走れ」
私たちの炎の嵐は、地吹雪のように地を低く吹き荒れた。
「おお!」
騎士隊にどよめきが起こる。ギルドまでの細い一本道にならないよう、広い面を焼いていく。焼いた面に残ったスライムも、周りからゆっくりと流れてくるスライムも、勉強をかねて救出隊の面々が切り裂いていく。
「なるべく表面に切れ目を入れて。叩き潰すのではなく、浅く切れ目を入れていくと疲れないですむ」
セロのこの説明を、他の騎士隊の多くの人たちもしっかり聞いていた。だんだんとみんながスライムになれた頃、ギルドの建物にたどり着いた。建物を1回炎であぶる。と、焼ききれなかったスライムがポトポト落ちてくる。それを剣士に任せ、扉周辺を念入りに始末する。
「セロ!いいよ」
「わかった!」
騎士隊の人が2人、扉を開く。中には!
スライムは侵入していないようだ。空気もよどんでいない。
「騎士隊です!誰かいますか!」
ヨナスさんが叫ぶ。ガタガタと物音がした。
「よかった、見捨てられたかと」
「他には誰かいますか」
「あと2人。1人はケガをしています!」
「担架を!」
私とウィルは、入口から近づいて来ようとするスライムを倒している。
「全員回収!」
「よし!」
さあ、もう一度だけ炎の道を開く。
「駆け抜けろ!」
担架を護衛しながら駆け抜ける。安全地帯だ!助けられた!
大きな賞賛のどよめきが走る。そんな場合か!私たちが活動している間、いっこうに討伐が進んでいなかった。
「ヨナスさん、クンツさん、一緒に来てください」
「「わかった」」
隊長代理のところへ走る。迷惑そうな顔をされた。
「まだ用か」
「なぜ討伐を始めない」
セロの口の聞き方に眉をしかめる人もいた。
「準備中だ」
「騎士隊のレベルなら、今草原に出ているスライムを簡単に倒すことができる」
「知ったふうなことを」
「知っているからな」
周りの人たちも耳を澄ましている。
「オレたちはこれから、ダンジョンに向かう」
「バカな!」
「ダンジョンの入口を押さえれば、これ以上はスライムは広がらないんだ。そうすれば今草原に出ているものを叩くだけでいい」
「そんな簡単ではない」
「簡単だ。コツをつかめば単なる作業になる」
隊長代理はイライラして言った。
「好きにするがいい!」
「よし、ではギルドを拠点にするので、食料などの確保をお願いします。その間に、今救出に携わった騎士を分けてスライムを倒す訓練を実践で行います」
セロはテキパキと計画を立てると大声をあげた。
「騎士を訓練してほしいところは!」
「ウチに頼む」
「こっちにもだ」
あちこちから声があがる。
「ヨナスさん、クンツさん、マクシムさん、皆さんお願いします」
「わかった!」
セロは更に声をかける。
「補給班、こちらに!」
「はい!」
「10人、2日分ほどの物資を用意してください。ギルドに運びます」
「任せてください」
「ウィル、アーシュ、魔力は」
「まだ半分以上残ってる!」
「誰か、ダンジョンまでの行程に付き合ってくれる人は!」
「俺たちが!」
また10人ほど集まった。
ギルドまでの道はまだ開いている。ギルドからダンジョンまではそう遠くない。
「よし、ギルドまで走れ!」
ギルドに一旦集まった。
「ここを拠点にします。アーシュとウィルがダンジョンまでの道を開きます。皆さんはその護衛と、集まってくるスライムの討伐をお願いします。班わけをしましょう。その後ギルドの外で軽く実践です」
その間、私とウィルは少しでも休んで体力を回復する。外ではようやく討伐が始まったようだ。
「アーシュ、ウィル、よさそうだ。行くぞ!」
「「はい!」」
ダンジョンまでの広範囲を広く焼いていく。ダンジョンの入口にたどり着いた。やった!
「アーシュ、まずはオレが入口からファイアーボールを叩き込む」
ウィルが大きなファイアーボールを打ち込んだ。空いた!セロとマルがようすをうかがう。入口付近は大丈夫だ。よし!
6人は入口に残り、退路を確保してもらう。残りの4人には付いてきてもらう。2人で1階を焼き払い、残ったものを剣士が片づけていく。いた!
普段1階にはいないはずのスライムが3体、ポコ、ポコとスライムを産んでいる。
「なんだあれは……」
騎士のつぶやきが聞こえる。大きなスライムだよ。ウィルと合図する。
「風よ、切り裂け」
大きなスライムが静かに形をなくしていく。まだ下からスライムが登ってくるし、自然発生もするだろう。しかし、これでとりあえず、1階からスライムがあふれることはなくなった。
「1階にはしばらく剣士を置いて、発生したスライムを叩いていけば、とりあえず大丈夫でしょう」
私が言うと、騎士たちは
「涌きを制したのか……」
と呆然としている。
「まだですよ。1階の制覇の報告と、騎士の派遣を、そして外の手伝いに行きましょう」
「わかった。あの……」
「ん、何か」
「……ありがとう」
「……いえ」
自然と笑顔が出た。むやみに外に出るより安全になった一階に何人か残し、スライムを倒しつつ騎士隊に戻る。
「ダンジョンの1階を抑えました。これ以上スライムは外に出てきません」
「まことか!ありえぬ……」
「スライムを産むヒュージスライムを3体倒しました。しかし、自然発生もしますから、交代で剣士の派遣をお願いします」
「わ、わかった」
これ以上涌きがないとわかった騎士隊は歓声をあげた。そして残ったスライムの殲滅が始まった。あるだけ倒せばよいのだとわかればやる気も出る。私たちはあちこち回って指導をし、油断してスライムに巻かれた騎士を水で洗い流したり、苦戦しているところを倒したりしてがんばった。
夜を過ぎ、朝になる頃、すべてのスライムを倒し終わった草原には騎士たちの歓声があがり、私たちはもみくちゃにされ、感謝された。涌きを制したのだ。




