アーシュ14歳7の月お茶が結ぶ縁
次の日も元気にお茶の販売をした。足りないと申し訳ないので、余る覚悟で甘いほうを150用意した。用意をしながら、昨日の確認をする。
「ギルドを見てて気がついたのはね」
ダンから話し始める。
「とにかく若いやつがいない」
確かに、すれ違う冒険者は、かなり渋い人が多かったな。
「でもブルクハルトでは若い人もいたよね」
私が言うと、セロが答えた。
「いた。だから帝国ではなく、帝都の特徴なんだろう。若い人がいないと、この先冒険者は減る一方だぞ。帝都から通える範囲でこれなら、第4、第5ダンジョンはどうなっているのか。グレッグさんが帰ってくるのを待つか、せめて第4に行ってみるか」
「第4はスライムダンジョンだよ!」
私とウィルは目を輝かせた。付き添いに聞く。
「え、第4ダンジョン?泊りがけになるから許可が出ないだろう。今荒れてると言うし、行かないほうがいい」
「荒れてるってどういう事でしょう」
セロが聞く。
「とにかくスライムが多くて、小さいのを倒さないと大きいのにたどり着けないから効率が悪いだろ、冒険者があまり行かず、軍の方で間引いてる感じだ。ちなみに昨日行った第3ダンジョンもそうだな」
ちゃんとダンジョンについて知ってるんだねー。昨日知らないって言ってたのに。ダンが続ける。
「魔石は中魔石以上しか買わないのはもう徹底されていたな。それから冒険者の数が少なすぎる」
「からまれたりしなかった?」
「軍人と一緒だったからな。あと、気づいたか、昨日の夜」
「マクシムがミーシャたちを呼びに来てた。『隊長の呼び出し』って言ってた」
マルが答えた。知らなかった……
「アーシュは寝てていい」
ありがとう……ダンは続けた。
「付き添いと言っているが、明らかに監視だな」
「何を見るの?」
「何をって……問題を起こさないか?」
「起こしてないじゃない、私たち」
「ん、まあ、困らせようとしても困らなかったり、意地悪しても平気だったり、単に病気を治したりしてるだけだよな」
「問題ない」
マルがまとめた。ダンジョンについては、
「普通じゃないな」
とセロが言った。
「オレたちが住んでいた教会の最初の頃のような……」
「わかる。手入れしてない畑のような……」
「そうそう。ダンがオリーブ取るのに、草を刈ってくれたよな」
「よせよ、そんな昔の話」
ダンが照れた。セロはニヤリとした。しかし真面目な顔になって続けた。
「ダンジョンてさ、人が手入れしないとどうなるんだろうな」
私たちは黙って想像した。もしメリダなら?狭い島国にたくさんのダンジョン。魔物が野生化する?繁殖して増える?手入れをしないということは、冒険者がいないということだ。魔物が次々出てきて、人が追いやられる……ウィルが声を出した。
「そもそも魔物が涌いて外にいる所に人がやって来たら、原因がダンジョンって気がつかない。人がすみかを広げようとして魔物を倒して、倒して、ダンジョンを見つけて、ダンジョンで魔物をやっつければ出てこないって気づいて、ダンジョンの管理を始める……」
ダンジョンが先。人が先。うーん、おもしろい。
「そもそもを考えるのもおもしろいけど、手入れしなかったらを考えようぜ」
「ダン、時間が」
残念。続きは明日かな。
今日もお茶は完売です。
「食堂でいつでも出してくれよ」
などと言われております。大好評です。この日もダンジョンに行き、お茶販売とダンジョンに行くリズムができて初日から5日目、夜に呼び出しがかかった。初老の人が迎えに来ていた。
「待ってください。この子たちは私たちの管理下で」
ミーシャが抵抗したが、
「お茶が飲みたいという身分の高い方がいるだけです。一介の騎士にとめる権利はない」
とピシャリとやられていた。貴族の争いに巻き込まれるのは嫌だが、この時間のお茶の誘い、事情があるのだろう。5人一緒でという条件で承知した。付き添いは1人だけ。マクシムがついてきた。
馬車で10分ほどで着いたのは、樹木の多いひっそりとしたお屋敷だった。1階の奥の方に通されると、そこにヨナスさんがいた。
「ヨナスさん!」
「よお、グレッグさんのお守りはやっと交代できたぜ」
「ヨナス、あいさつは後で。こちらです」
広い部屋だった。そこにその人はいた。東領でも、北領でもたくさん見てきた魔力過多の病人だ。しかし……。助からないかもしれない。こんなに重い人は初めて見た。
「2年ほどよくなったり、悪くなったりを繰り返していたのですが、ここのところ急に……仲の良いヨナスから楽しかった任務の話を聞き、会ってみたいとおっしゃられて。お茶は口実です」
「食べたり、飲んだりできていますか」
「食べる方はもうほとんど。お茶なら少しは……」
「では、薄いスープを用意してください。それからお茶は、そちらでお好みに入れたものを持ってきてください」
「お茶ではなく、お話を……」
「お話もします。用意もしてください」
私たちは枕元に近づいた。
「こんばんは」
「おお、ヨナスの言っていた、メリダからの客人か。なるほど美しい……」
その人はかすかにほほえんだ。私はおでこに手を伸ばした。周りがハッと身じろぎした。止めようとした護衛の人を、セロが抑える。熱い!
「ウィル、魔石をなるべくたくさん冷やして」
「わかった」
「暑いですね。風を送りましょうか」
「メリダの魔法が見られるのか」
その人はニッコリとほほえんだ。熱でつらいだろうに……風を送るとともに、手に冷気をまとわせ、おでこに当てる。
「魔法とは便利なものだ……真夏にこんなに涼しいとは……」
「何の話をしましょうか、魔物の話はどうですか」
私は静かに語りかける。
「魔物とは……確かに背筋が寒くなりそうだ」
「それとも今販売しているお茶の話では?」
「それもいいな……」
魔石の準備ができた。お茶も持ってきたようだ。
「マル、お砂糖をチェックしてもらって、お茶の味を甘くして。先にお付きの人に出してあげて。ウィル、石を。そしてそちら側の手に持たせて」
一通り指示を出す。
「あの、私はアーシュと言います」
「ウィルです」
「マル」
「セロです」
「ダンです」
「これは失礼を……私はアレクと呼んでくれ」
「ではアレク」
周りがまたざわついた。
「熱があるようなので、これを握ってみて」
「魔石か、大きいな。これは、冷たい……」
「さあ、反対の手も握りましょう。冷たい魔石に、少し熱を移しましょうか。嫌な熱を追い出すように」
「ああ、気持ちがいいな」
「さあ、何の話をしましょうか。私の故郷の宿屋の話をしましょうか。まずはお茶の話かな」
石を代えながら、ゆっくりとお茶を売っている話をした。少し熱が引いたところで、冷たい甘いお茶を飲ませる。
「これが評判のお茶ですよ。私もいただきましたが、おいしいですよ」
「私より先に飲んだのか、それはずるいぞ」
お付きの人がおどけて飲ませる。ゆっくりと、一杯、確かに飲んだ。飲めた。これは治るかもしれない!
「ふう」
「明日も来ていいですか」
「もちろんだ」
お付きの人もうなずいた。
「明日は灯りの魔法を見せましょうね」
その人はかすかにうなずき、何かに吸いこまれるように眠りについた。部屋の空気がゆるんだ。
「さあヨナスさん、皆さん、事情を説明してください」
「すみません、別室を用意します」
お付きの人はそう答えた。




