アーシュ14歳7の月再び帝都へ
ディーンでは医療院に一生懸命だったので、ほとんど観光はしていない。帝都もだ。帝都についたら、何を食べようかとマルと話したり、どのダンジョンに潜ろうかと相談したり、ゆっくり出来なかった分、馬車では話すことはいっぱいあった。
本来なら、このまま帝都でもこの活動を続けて行くべきなのだろう。しかし、
「留学生として来たことを忘れずにな。何のために仲間が、お前を守ろうとしたのか思い出せ」
とアールさんに言われていたので、ここからは切り換えてダンジョンと勉強をがんばろう。
グレッグさんたちは、第6、第7ダンジョンをめぐり、第1、第2ダンジョンと同じように、魔物の発生状況や冒険者のようす、ギルドをしっかり見てきたという。
「ダンジョンの規模が大きかった。ブルクハルトと比べて、冒険者にもやる気はあったし、ギルドも正常に働いていた。人員不足は否めないが、そこは病持ちから発掘していけばいい。さすがに第8から10は遠すぎるから行かない。とすると、いよいよ帝都のダンジョンのみになった。めんどくせえな」
「めんどくせえってあんた、それが仕事ですよ」
このやり取り、メリルでよく見た。副ギルド長とやってたな。グレッグさんの下は大変だ。のらりくらりかわしていたが、帝都に着いたとたん、状況は一変した。あれ、カレンさんのお兄さんだ。確か中央騎士隊の副隊長の……
「そろそろお迎えに行ってこいと言われまして。宿舎は騎士隊の中にご用意しますので」
「あー、泊まるあてはいっぱいあるんだが」
「ぜひ騎士隊の中にとのことです。ダンジョンへの直通の馬車もご用意します」
「ちっこい奴らが心配でな」
「冒険者の皆さんも一緒にとのことです」
へえ、ニコ、ブラン、がんばってね!
「留学生の諸君も学校に入るまでは中央騎士隊でお預かりします」
え、私たちも?
「さすがに3ヶ月以上うろうろして、東領と北領とも関わってたら、中央も危機感を覚えたらしいよ。困ることを期待してたらしいからね。それにメリダの残された冒険者の話もあったろ」
言うべきことを言ったら、お兄さんはすぐくだけた。ちょっと待って、困ることを期待してた?
「だってもともと留学生なのに滞在費もくれないし。学生なのにお金もなしでポイって放り出されたんだよ。東領にしても北領にしても、面倒見てくれるって言われたらその人たちにお世話になるでしょ。いまさらお預かりって言われても」
私はブツブツ言った。なにか気に入らなかった。
「そもそも隊長ってどんな人ですか」
「あー、本当の隊長は皇弟なんだよ。でも2年くらい前から政務を外れてて、今は隊長代理。中央の侯爵家の息子」
「爵位って難しいね」
「帝国は地方に3侯爵、中央に2侯爵。後は伯爵がも少し多くて、子爵や男爵がポロポロいて、名誉職として騎士爵があるくらいかな」
「その人たちは何をやってるの」
「地方は侯爵のもとそれぞれ領地を治めてる。中央は、政務に携わったり、商売したりしてる」
「商売?貴族なのに?」
「うん。中央の貴族は領地は小さいから」
お兄さんは丁寧に教えてくれた。
「カレンはうちから毎日馬車で送るよ」
「ありがとう」
仕方ない、行きますか。みんなでしぶしぶ連行されたのは、お城の側にある騎士隊の宿舎だった。さすがにグレッグさんとテッドさんは、隊長クラスの部屋をもらっていたが、私たちはなんと!4人部屋でした。しかも、各部屋監視付き、いや、同室者付きだ。私たちは数少ない女性騎士隊の若い人が2人。男子には各1人、やはり若い人が1人ずつ。浴室は共同。ご飯は食堂で。うん、早い寮暮らしだと思えばいいか。
同室の人は、学校の卒業生だという。1人は、赤毛に近い茶髪の気さくなミーシャ。緑の瞳で、元気な美人。もう1人は、ミラナ。ツヤツヤとした薄い茶色の髪と瞳の美しい人だ。2人共、マルより少し小さいくらい。きれいな人だと思ったら、女性騎士は皇族に付くのである程度容姿も審査されるらしいと、後で聞いた。
「メリダからの留学生と聞いたわ。ここにいる間、私たちが同室なので、わからないことがあったら何でも聞いてね」
ミーシャが言ってくれた。
「私はミラナよ。学生と違って、私たちは訓練が仕事なの。手間をかけさせないで」
ミラナはそう挨拶した。
「私はマル」
「私はアーシュ。自由に過ごすから、気にしないでいいですよ」
マルはいつも通り、私は一言添えて挨拶した。ミーシャはちょっと困った顔で、ミラナはふん、とそれを受け止めた。
「ところで仲間たちと合流したいのだけれど、どこに行けばいいのですか」
「ここは女性用の宿舎なの。気軽に男性のところに行くべきじゃないわ」
ミラナにぴしゃりと言われた。
「急に連れてこられて、今後のことを話していないんです。明日から困りますから、行かせてもらいたいのだけど」
ミーシャは、
「これから学校まで1ヶ月しかないと聞いたわ。できるだけ閉じこもって勉強したほうがいいと思うのだけれど」
と優しく言った。
「だいたい、4月に帝国に着いて今まで遊びほうけていたっていうじゃない。少しはまじめにしたらどうなの」
ミラナがイライラしたように言った。あー、誰かが中途半端に情報を出しているんだな。私はミーシャを見た。気まずそうに目をそらした。ミーシャもか。
「あのね」
私は静かに言った。
「4月に港に着いた時、学校から、8の月の3週からしか寮に入れないって手紙が来てて、そして帝都までの馬車のお金しかもらえなかったの」
ミーシャを見た。ミーシャは驚いて言った。
「そんなふうには聞いてないわ」
「わがままな島国の留学生が、勉強もせずに遊び歩いてるから、監視しろって?」
「どうして……」
「あなたたちの態度を見てればわかる。でもね、たまたま一緒にギルドの人が来てたから、その人に保護してもらってたけど、そうでなかったら行き倒れてたかも。そんな状況だったの」
「そんな……」
「ミーシャ、何信じてるの。その子たち見てみなさいよ。いい服を着て、清潔で、何も困っていないわ。留学してくるくらいだから困ってるわけないじゃない!」
それも正解だけどね。困ってはいなかった。でもそれは私たちだから。現にメリダの冒険者は困ってて、でも誰も知らなかったではないか。
「ミーシャ、行かせて。私たちは帝国に留学しにきたの。部屋に閉じこもってるのが留学じゃないでしょ」
ミラナは無視だ。なにかキャンキャン言っているが、聞こえない。トントン。
「何かしら」
「留学生の方に面会です」
さすが、思いついたのはたぶんダンだ。
「じゃあ行ってきます、ミーシャ、ミラナ」
「待って、私も行くわ」
「どうぞ。ミラナは訓練に行ってきていいですよ?」
ミラナはプリプリして付いてきた。こんなにわかりやすくて皇族の警護が務まるんだろうか。ちなみに、この間、マルは我関せず。それがマルのよさ。
宿舎の外にはダンと、セロとウィルがいた。同室らしい軍人も1人付いてきている。
「なかなか出て来れないんじゃないかと思ってね」
ダンがニヤリと言った。




