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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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北領侯爵のある一日

「旦那様、今日は朝からソワソワしておいでですな」

「そんなことはない。しかし、アロイスの学友が来るとなれば、いつもと同じというわけには行くまい」

「小さな島国とおっしゃっていたのにですか」

「今年1年のアロイスの変わりようを見れば、いつまでもそのような評価をしていてはな」


それだけではない。カレンに、東領のブルクハルト、そして魔石商のマッケニーまで来るという。留学生たちはアロイスに会いに来るのだというので、それはそれでよいが、東領が何の用か。


おお、アロイスが帰ってきたな。文官もやむ無しと思っていたが、騎士科に進み、成績も良い。さて、私も妻とアロイスと共に、留学生とやらを見に行こうか。


馬車からは、アロイスと同世代であろう若者が次々と降りてくる。なんと美しい若者たちか!しなやかに伸び切った手足、しかもかなり訓練を積んでいる。そしてこれは……


「まあ、なんと美しい少女たちでしょう」


妻がつぶやく。うむ。アロイスが駆け出し、小さいほうを抱え上げくるくるっと回った。弾けるような笑い声が響く。あのようなアロイスははじめて見た……おや、銀髪に取り返されたか。みんなで手を高く打ち合っている。見ているこちらまで暖かくなる。本の虫で人を拒むようだったアロイスが、ここまで打ち解けるとは……


「まあ、あなた、カレンが……あんなに元気になって」


妻が涙ぐむ。男ばかり三兄弟のうちにとって、カレンは娘のようなもの。アロイスのわがままを聞いてメリダに行った時はどうなるかと思ったが、手紙通り元気になって帰ってきたようだ。隣の若い男は何か。婚約者だと……なんということだ!妻は大喜びだが、身分というものが……兄たちが認めだだと!あの妹命の甥っ子たちがか!もはや頭がいっぱいのところに、ブルクハルトからカレンの病の話があった。


この病が治るものだという。信じられぬ。


「だからこそ、わざわざ私が足を運んだのだ。カレンが治ったのは奇跡ではない。ちゃんとした理由があったのだ。この資料を見ろ」


そこには、ブルクハルトでの医療院での結果が簡潔にまとめられていた。


「わずか二週間でこの結果か」

「携わった医師と助手も連れてきた。治療に必要な魔石はマッケニーが引き受ける。今ならメリダの一行も手伝える。カレンの婚約者は、粘っても7の月の3週目には帝都に戻らねばならない。そこまでを北領で過ごしてもよいと言っているのだ」

「それで東領に何の得がある」


信じるかどうかは別にしても、あまり交流のない東領が北領に肩入れする理由がない。ブルクハルトは言った。


「ディーンよ、ではメリダの一行には何の得がある」

「メリダの……カレンの手伝いだろう」

「そもそもカレンを治し、病気の仕組みを解明したのはアーシュというメリダの少女だ」

「バカな、あの黒髪の可憐な子どもがか」

「メリダでは成人している、一応レディなのだがな」

「レディでも同じだ。有り得ぬ」

「しかし、事実だ。資料を見たであろう。治療の方針を立て、魔石の納入をマッケニーに交渉し、魔石の再利用から患者の生活まで総合的に考え、皆を動かしたのがアーシュだ」

「うーむ」

「人々が生き生きとし、しっかり働くのがよい町だそうだ」

「なんと」

「身の周りにとどまらない広い視野。一部に偏らない公平さ。より多くの人の幸せを願う、その1人の少女の願いに答えたくなったと言ったら、信じるか」

「熱いことだな」

「久々に血が騒ぐ。アーシュだけではない。1人1人がまた優秀。常に自分で考え、最善を尽くす。カレンの婚約者も、ついてきた冒険者も同じだ。大人が動かないで何とする」

「確かにな」

「これを実行して何か損でもあるか」

「……ないな」


ブルクハルトはニヤリとした。


「カレンの兄をどうやって納得させたか知りたくはないか」

「気にはなっていたのだ」


二人で窓の外を見る。着替えた若ものたちが剣で戦っている。いつの間にか南領の伯爵家のテオドールとエーベルも来ていた。カレンと妻が、庭にテーブルを出し、若者1人と婚約者がお茶につきあっている。アーシュとやら、黒髪は少し力が劣るか、しかし残りの3人は、現役の騎士に勝るとも劣らない、アロイスもテオドールも負けておらぬな。


「二対二で、あの少女たちに負けたそうだぞ、甥っ子たちは」

「有り得ぬ、金髪はともかく、黒髪はまだまだだ」

「剣士ではない、魔法師だからな」

「はっ、おとぎ話だ」


ぬ、アロイスが飛ばされた、なんだ今の技は!


「あれが魔法だ」


こうしてはおられぬ。実地で確かめなくては!


「うむ、話はわかった。素直に考えれば、ありがたい話だ。ところで、やはり体でわかり合うのが一番だと思う。その、私もちょっと庭に行って、その後詳しいことを……」

「では私は侯爵家の美しい方たちとお茶をいただいていよう」

「すまん!」


年甲斐がないと言うなかれ。新しい技があればそれは研究せねばなるまい。アロイスはあきれたような顔をしていたが、若者たちと気が済むまで剣を交えた。なんと素直で気持ちのよい剣だろう。強くなるという気持ちが伝わってくるようだ。魔法とはなんと不思議なものか。これを組み合わせれば、戦術が何倍になることか……。しかし軍には使わせぬと、カレンの婚約者には釘をさされてしまった。


不思議なことに、最初に驚いた若者たちの美しさは、まったく気にならなくなっていた。よく考えると、アロイスからも容姿について話はなかった。つまり、生命力。つまり、存在。美しさも含めて、そういう存在だということなのだろう。


私としたことが、ずいぶん詩的なことを考えてしまった。さて、話の件だ。


「むしろこちらからお願いする。帝都から1週間の、わが町ディーンを拠点にして、できるだけの検証結果を出してほしい。もちろん、ダンジョンもギルドも自由に行ってくれてかまわん。付き添いとして、父を出そう。前領主として慕われているので融通がきくだろう」


ついでに言っておくか。


「帝都に帰ってきたら、また手合わせしたいものだな」


次々に肯定の返事が上がる。アロイスよ、私はお前のことを理解しようともしなかったな。行き違いから生じたこの出会いを、私も大切にしよう。


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