アーシュ14歳6の月カレンさんの家
人数が多いので、応接室や執務室ではなく、小会議室のようなところに通された。
「手紙でだいたいの話は分かったつもりだが、本当に治ったのか、カレン」
「もう10ヵ月近く何の症状も出ていません」
「信じられぬ」
お父さんは額を手で押さえて椅子に座り込んだ。
「しかし、以前のお前に戻っているのも確かだ」
「戸惑っているのに申し訳ありませんが、よいでしょうか」
グレッグさんが話しかけた。
「うむ、カレンが世話になっておる。仕事も手伝っているとか」
「貴族のお嬢様に仕事はどうかとは思いましたが、非常に優秀です。また、それを通して、カレンさんの人柄にも引かれました。私に帝国での地位はありません。しかし、カレンさんと一生を共にし、手を取り合って生きていきたいのです。お許し願えないでしょうか」
グレッグさんは頭を下げた。
「私からもお願いします。家庭を持つことなどあきらめていました。けれど、たとえ病が治らなくても、先がなくても、あきらめず共にいたいと思った方なのです。身分も病も関係なく、私自身を見てくれました。お父さま」
カレンさんも頭を下げた。お父さんはカレンさんのお母さんを見た。2人はうなずきあった。
「うむ、そもそも助かるとは思っていなかった命、ここから先は2人で自由に使うがよい」
グレッグさんとカレンさんは、はっと顔を上げて、見つめあった。
「ちょっと待った」
お兄さん……
「私たちはその話、聞いていませんが」
2人のお兄さんは前に出た。
「うむ、まあ、カレンを見てからでも遅くはないと思ってな」
お父さんの目が泳いでいる。反対されることをわかっていたので回避したということなのかな。グレッグさんは静かに座っている。
「君、グレッグといったか、私たちの家系が武を重んじている事は知っていような」
「ああ、カレンから聞いている。近衛の次兄と、中央騎士隊副隊長の長兄、自慢の兄だとな」
「それなら、大事な妹を、弱きものに簡単には嫁にやれないことはわかるよな」
グレッグさんはため息をついた。
「めんどくせえな」
「何を!」
ああ、もう少し猫をかぶっていた方がいいのに!カレンさんはクスクス笑っている。
「その態度、ずいぶん余裕だな」
もう1人の静かなお兄さんが言った。この人が中央騎士隊副隊長か。
「では、私たちと勝負することくらい、朝飯前だな?」
この2人、リカルドさんの匂いがする。カレンさんがこっそりと私にささやいた。「二人共結婚してるから」よかった、大丈夫だった。
グレッグさんはまたため息をついた。
「筋肉で物を考えるヤツはいつも同じなんだよ」
「なんだと!」
「わかったわかった。けどな、お前たちが俺と勝負できる力があるかどうか、まずそれを見せろよ」
「お前!」
グレッグさんは私たちを見て、ニヤリとし、ふんぞり返った。
「俺の弟子に勝ったら相手をしてやる」
「弟子だと?」
ダンはニコリとして1歩引いた。では行きますか。私とマルは立ち上がった。セロとウィルも立ち上がった。私たちはちょっとにらみ合った。セロが言った。
「待て、アーシュ、マル。一応ヨナスとクンツの上司だぞ」
「だからやってみたいのに」
「剣ではまだかなわないだろう」
「グレッグさん、魔法はダメなの?」
魔法?帝国組がはてなという顔をした。
「あー、魔法はこの若者たちには荷が重いだろうな、とりあえず魔法はなしで行くか」
「さっきからお前は失礼な物言いを!」
「身分のある帝国ではどうか知らんが、メリダでは年上には敬意を払う。お前ら年下だろ」
「くっ」
ウィルも言った。
「魔法なしなら、俺たちのほうが強い」
「でもグレッグさんの愛弟子は私だもん」
「オレだってだろ。まあ、グレッグさんの未来がかかってるんだし、確実なほうでな、アーシュ、マル」
「お兄ちゃんがそういうならしかたない」
マルが納得し、しかたなく私たちは座った。
「まさかお嬢さんたちやるつもりだったのか」
マルがまた立ち上がった。私はマルを引っ張り、
「後で」
と言った。マルはまた座った。お兄さんはセロとウィルを見て言った。
「見たところ17、8か、まあ、相手をしてやろう」
さすがにお屋敷には、広い訓練場があった。
まずはセロと次兄だ。
カーン、と剣を合わせる。どちらも引かない。ギリギリとつばぜり合いをしている。と、一旦離れた。
「やるな」
「そっちこそ」
若いからとバカにした表情はすっと消えた。お兄さんの剣は早い。セロの剣は重い。セロには細かい当たりは入るが、セロが一発入れたら終わり、そんな状況が続いた。思い切り打ち込むセロをかわし、鳩尾に剣の柄を叩き込んでお兄さんが勝利した。ダンジョンで命を奪うか、とっさに攻撃を封じるか、その仕事の差が出た。お兄さんはかがみ込んだセロに手を差し出し、2人はしっかりと手を握りあった。
次にウィルと長兄だ。ヨナスさんとクンツさんの上司だ。2人が打ち合い始めた。うわっ、ヨナスさんとは段違いだよ……2人とも力強い剣だったが、ウィルよりお兄さんのほうが強かった。2人もしっかりと手を握りあった。
「セロ、ウィル情けねえな。じゃ、俺がやりますかね」
グレッグさんは首をコキコキ鳴らした。
「待て、お前がただの優男ではないことはわかった」
長兄が声をかけた。
「魔法とやらを、使うがいい」
「へえ、勝つチャンスを捨てるのか」
「負けはしない」
「アーシュ、魔法いいんだとよ」
やった!私はマルと立ち上がった。
「では、私たちがお相手を」
まさか!いいのか?お兄さんはカレンさんを見た。ニコニコしている。まあ手加減すれば、と思っていますね。
「いいだろう」
対人戦は久しぶりだ。始まりの声とともに、足元に風を飛ばす。風にあおられる2人に、マルが急襲する。かろうじて剣を受ける2人が立ち直る前に、マルは後ろに下がる。
「なんだこれは……」
戸惑う2人の足元につぶてを跳ねさせ、煙幕を張る。風を膝裏に当て、崩れ落ちたところに後ろから剣を当てる。帝国留学生に使ったやり方そのままだ。
「弟子に勝てないようじゃなー」
グレッグさんがからかう。魔法にまだ戸惑い、若い少女たちに負けた驚きとで声もないお兄さんたちに、私は言った。
「グレッグさんはこんなだけど、ダンジョン1つ抱えたギルド長を若い頃からこなしてるんです。自らも優秀な冒険者と言うだけでなく、責任者として、孤児を拾い上げ、冒険者の手助けを何年もしてきた尊敬できる人です。どうか認めてあげてくれませんか」
2人はほこりを払ってゆっくりと立ち上がった。
「勝負に負けたからには潔く引き下がろう。妹をよろしく頼む」
頭を下げた。
「しかし、まだ直接勝負をしていない。お前の魔法とやらを見せてみろ!」
「めんどくせえ……」
グレッグさんも私たちも、その日は2人のお兄さんが納得するまで何度も戦わされたのだった。
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