アーシュ14歳6の月帝都着
グレッグさんがギルドの馬車を返してしまったので、カレンさんの家の馬車と、マッケニー商会の馬車と、アールさんの馬車で帝都に向かうことになった。
はっきり言おう。お金持ちの旅だった。私やセロ、ノアさんのあかつき、ニコやブランはもちろん、冒険者のカードで泊まれるところに泊まるつもりだった。しかしマッケニーさんはウィルとマルと泊まりたい。ウィルとマルは自分たちだけ立派なところに泊まるのはいやだ。押し問答の結果、私たちが折れた。と言ってもノアさんたちはもともと貴族だ。ダンはお金持ちだ。カレンさんに家庭教師をしてもらったとはいえ、高級な宿屋はやや分不相応に思うのは私たち4人だけだった。
しかし、これも勉強である。ふかふかのお布団も、おいしいご飯も勉強である。お風呂だって比較せねばなるまい。仮にも子羊館の経営者なのだから。仕方ない、仕方ないのだ。しかし、もとの生活に戻れなくなりそうで怖い。
ニコとブランは、こういうところに慣れておくとマリアやソフィーにかっこいいと思われるよの一言で落ちた。
旅の間も、私たちは訓練を欠かさなかった。ヨナスさんもクンツさんも、軍の支部から朝には通ってくる。初めてウィルとマルの訓練を見たマッケニーさんは絶句していた。そして次の日から訓練に参加し始めた。
「部族の指導者である立場の私も、若い頃はダンジョンに潜り、訓練したものだ。若いものには(長いから略)」
と言うだけあってなかなかのものだった。剣を交えることで一層交流は深まっただろう。
「離れていても、部族の血は争えぬ。故郷に連れ帰りたい」
と危険なこともつぶやいていたが、勝手に飛び出して商売を大きくした人が言えることではないと思う。それに困る。私はまだマルと一緒にいたいのだから。しかしマッケニーさんに聞くと、騎馬民族の国には、帝国よりもダンジョンが多いのだという。北よりの気候で広い草原地帯、帝国との境界にある山脈沿いにダンジョンが点在する。そのダンジョンを治めるのが部族の長の役割なのだそうだ。
「それなら、魔法師もいてもいいのに」
「我が民族は、武に特化している。剣や槍の強さこそが評価に値する。その流れで魔法師の地位が低くなってしまったとも考えられる。あるいは、この大陸が既に魔法師を生み出しにくくなっているのかもしれん」
私の素朴な疑問にマッケニーさんはそう答えた。帝国に限ってもメリダの200倍ほどの人口がある。その大半が生活魔法を使う力さえないのなら、確かに住んでいる土地によるのかもしれない。では、なぜダンジョンはあるのだろう。メリダなら、冒険者がダンジョンで魔物を間引かなければ、あっという間に涌きが起こる。人の住む場所などなくなってしまうだろう。
「考えてもしかたないんじゃねえか」
ニコが言う。
「ダンジョンにしても、大陸にしても、もし生き物に例えるとしたら、俺たちが生きている間なんてほんの一瞬だろ。変化や目的があったとしてもわからねえだろ」
確かにその通りだ。だからこそ、ギルドのあり方を大きく変えるべきではないのだが、帝国は何をやってギルドを動かなくしたのか。
ともあれ、「ダンジョンがある」「武に特化」という言葉は、冒険者のみんなを、特にウィルとマルを激しく引き付けたのであった。
「今からなら学校が始まる前に行って帰って来れるぞ」
という誘惑に耐えつつ、初夏のさわやかな旅は帝都で終わった。
帝都の外側には、城壁は無かった。なだらかな丘の上に立つ大きな城。城とその広大な敷地の周りが城壁で囲まれている。そこから貴族街が広がり、その周りに市民街が広がっているらしい。大きすぎてよくわからなかった。
何はともあれ、カレンさんの所だ。ニコ、ブラン、ノアさんたちは、話が落ち着くまではアールさんの所からダンジョンに通うという。私たちは、留学生として家庭教師でお世話になったお礼の挨拶をしたらマッケニーさんのところに来るように言われている。
馬車でゆっくりとカレンさんの実家に向かった。先ぶれがあったようで、まずグレッグさんが馬車から降り、カレンさんの手を取って馬車から下ろす。屋敷の前には、中央にお父さんとお母さんらしい人、お兄さんらしき人2人、そしておそらく、使用人全員が待ち構えていた。
「カレン!」
お兄さんらしい人が大声を上げる。お父さんとお母さんは涙をこらえているようだ。カレンさんはグレッグさんを見上げてうなずくと、スカートの裾をちょっと持ち上げて走り出した。
「ああ!」
屋敷の方から悲鳴のような声があがる。カレンさんはそのままお母さんとお父さんに飛びついた。
「おお、本当に、本当に元気になったのだな」
「カレン、カレン!もう2度と会えないかと……」
お母さんは涙をこらえ切れない。その間に、ダンが降り、セロが降り、ウィルが降りた。ダンがマルに手を差し出す。マルはニヤリとするとすまして馬車を降りた。そこで屋敷の人が気がついたらしい。ざわめきが聞こえる。セロが私に手を差し出した。目がいたずらっぽく輝いている。はい、家庭教師の成果を見せましょう。マルに習って、すまして馬車を降りた。ざわめきが止まった。
さて、カレンさんはと、うわっ!屋敷の人全員がこちらを見ていた。うう、恥ずかしい。と、お兄さんが足早にやって来た。
「お客様を出迎えもせず、すまない。君たちがカレンが教えていた留学生で、そして命の恩人か!」
命の恩人という言葉に戸惑っている間に、カレンさんが戻ってきた。
「そうなの。治療を考えてくれたアーシュ、それにマルに、セロ、ウィル、ダンが留学生です」
「この子がか!」
「そしてこの方が、婚約者のグレッグさんです」
「え?」
「婚約者の」
「え?」
「グレッグです。婚約の許可をもらいに来ました」
「ええ?」
「すまんな、兄たちにはまだ話しておらんのだよ。カレンが治ったということすら半信半疑でな」
お父さんが割り込んだ。
「カレンを無事連れ帰ってくれて感謝している。ここではなんだ、どうぞ中に」
「ええ?」
お兄さん、落ち着いて!
こうして無事カレンさんの家までやって来たのだった。さあグレッグさん、頑張って!




