アーシュ14歳5の月検証
さっそく次の日から、医療院にいる20人の患者への検証が始まった。幼い子はいない。大半が20歳前後、そして重症の人は30前くらいであった。また、1人だけ40過ぎの人もいた。
そのくらいの年齢なら、高齢の人よりは偏見は少ない。魔力という言葉に拒否反応を示した5人以外は、魔石へ熱を移すという言葉に素直に従い、一週間もするとみるみる症状が軽くなった。
これは考えていたよりも劇的な効果であった。失っていた体力を戻しつつ、積極的に体を動かせば、1ヶ月もすれば社会復帰できそうな人も多かった。そのうち、魔力量の多めの人は3人。20代ということで、少々遅めではあるが、ギルドへの仕事のあっせんに喜んで希望した人1人、魔石の補充の仕事をしながら向いた仕事を探そうとする人2人。
このくらいの割合なら、ギルドの職員が飽和することもないし、ギルドの仕事をしていれば魔力が体内にたまることもない。残りの人も、小さい魔石を薬代わりに持ち、1ヶ月に1度ほど医者に見てもらいつつ魔石を交換して行くことで様子をチェックすることとなった。
さて、残りの5人だが、他の人の治療を見てもやはり抵抗はあるようだ。そこで、お茶販売の保冷水筒を使うことにした。魔石を冷たい水で冷やし、それを握り込んで貰うことで、魔力を少しずつ魔石に移していくやり方だ。冷たい、気持ちいいと思うことで、意識は自然に魔石に行く。魔力と意識しなくても、熱を吸わせたいと思えば手に意識が集中する。
これは思ったよりもうまく行った。そうしているうちに意識的に魔力を移せるようになっていった人が4人。魔力という言葉を聞かせないようにする事でずいぶん抵抗がなくなり、具合がよくなるとわかればその抵抗は少しずつ消えて行く。
40代の人1人は、無意識に魔力のコントロールができていたので、何とか生きのびることができていたようだ。この人は魔力の扱いをすぐ修得すると、医療院で魔石を扱った治療の担当を希望した。
20人のうち、1人だけがどうしても魔力を移すことができなかった。しかし、魔石を握るだけでも症状は改善した。この人は、治るまでにかなり時間がかかるだろう。私は、治療しながら医療院で下働きをさせることをトーマスさんに勧めておいた。1日のうち、多くの時間を体を起こして過ごせるようになった人が抱くのが無力感だからだ。ベッドにいたままできる仕事もあるし、起き上がれれば掃除や洗濯もできる。わずかであっても手伝った分の収入もある。
わずか2週間であったが、恐ろしいほどに成果が出た。
治療を始める前、私は例の助手君と対決していた。
「君の容姿の事や、祖国のことで、偏見と悪意に満ちたことを言った事は事実だし、それについては謝罪した。もう私に用はないはずだ」
「私は用はありません。あなたが私に用があるはずです」
「な、何のことか……」
「風土病を発症しているでしょう」
「……していない」
「症状を隠していてもわかります。微熱があり、神経も過敏になっている。トーマスさんは、あなたが神経質になっているだけだと思っているようですが、そうではありませんね」
「……違う」
「魔力は、遺伝することが多いです。知っていますか」
「そんなわけないだろう!」
「ご両親は風土病で亡くなったと聞きました」
「あんたには関係ないことだ」
「そう、私には関係ないんですよ、あなたが苦しんでも、例え亡くなったとしても」
助手の人は顔を背けた。
「だから放っておいてくれ」
「だめです」
「なぜだ」
「風土病の治療だけではない、いずれ医者になるんでしょう?」
「それももうかなわない……」
「バカか、アンタは」
思わず乱暴な言葉が出た。助手の人は驚いてこちらを見た。
「どれだけ自分がかわいそうなの?病気の経験があればより患者に親身になれる。患者の感じていることがわかる。より適切な治療ができる。優秀な医者になれるチャンスが今ここにあるのに!」
「優秀な医者に……」
「命をあきらめているなら、自分が実験台になればいいだけのこと。自分をあきらめているバカものに、患者が救えるわけがないけどね。怖くて逃げてるだけじゃないの」
「逃げてなんか!」
「じゃあ魔石を自分で試してみなさい!試して、どうすれば1番患者が救えるかよく考えて!」
「……」
私は助手君の前に立って問いかけた。
「逃げる?逃げない?」
助手の人は拳を握った。
「……逃げない」
「やる?やらない?」
「やる!」
「じゃあ、やるよ!」
助手の人は、治療第1号となり、2週間が終わる頃には、治療する側に回ることができたのだった。もちろん、私たちも参加した。冒険者9人、ダン、グレッグさん、カレンさん、この私たちの組は、魔法師はもちろんのこと、セロやニコなど剣士であっても魔法は扱える。大柄でやや怖い剣士が治療に当たっているさまは客観的に見ても面白かった。
ブルクハルト側は、医者のトーマスさん、もう1人の医者、例の助手の人、別の助手、そして患者だった40代の人の5人が、魔石を使った治療の手順の修得ができたと言える。
一応どころではない結果に、医者のトーマスさんは興奮を隠せなかったし、侯爵もマッケニーさんも感心しきりであった。私も助手君の洗礼があったからこそ、覚悟が決まったのだと思う。
「この結果を持って、次にカレンさんの実家に行こうと思います」
「俺もきちんと挨拶をしてきます。島国の一介のギルド長でしかないが、カレンを思う気持ちは誰にも負けないと思うから」
私とグレッグさんは宣言した。もはやヨナスさんとクンツさんはあきらめて付いてくるのみである。もちろん、いろいろな事の手伝いはしてくれるし、ダンジョンに入れない私たちの訓練にも付き合ってくれている。
「私はしばらく子どもたちについて回る」
マッケニーさんが宣言した。
「ついでに支店も見てくればよいし」
「私も帝都までは付いていく」
アールさんまで言った。
「帝都にいる北領の領主にはきちんと話を通しておきたいし。トーマスと助手も派遣して北領での検証結果を出す必要もある」
本来ならそのまま領地の患者を巡りたいところではあるが、当初の計画通り、まずは結果を出すため、東領からはトーマスさんと助手の人を派遣することになった。カレンさんには前もって手紙を送ってもらっている。
長かった5の月も3週目が終わる頃、私たちは帝都までの一週間の旅に出発するのであった。




