アーシュ14歳5の月やっと
「今のままで特に不自由はないが」
マッケニーさんは面白そうに言った。
「新しく参入してくるものに警戒はないのですか」
「現在、帝国への魔石の輸入は我が国のみ。メリダからは撤退した。メリダは輸出にあまり、いやほとんど興味がない」
ダンが両手を組んで、こう言った。
「では現在、メリダからの輸出で興味のあるものはありますか」
「ふん。魔道具。それから石けんというもの。これは既に貴族にはやり始めている。それから、ギルドで扱っているというレーション。長持ちするのに美味しいというそれにも注目はしている。しかし、今のところ魔石以外に手を出すつもりはない。いや、なかった」
マッケニーさんはウィルとマルを見た。
「会長はメリダに行くとお子さんを思い出すからと。魔道具の輸入に限って扱っていたのです」
年配の店員が言った。切ない話だが、だからこそ最近のメリダを知らないのだ。
「失礼しました。自己紹介が遅れました。私はダニエル・グリッター。グリッター商会の息子で、子羊商会の代表です」
「グリッター商会……」
マッケニーさんはハッと目を見開いた。
「石けんの……」
では私も。
「私も改めて。ダンと同じく、子羊商会のアーシュマリアです。石けんとレーションの権利を持っています」
「君が……」
「父さん、オレ、マル、セロも子羊商会の一員です」
ウィルがそう言い、ダンが続けた。
「マッケニーさんは輸入を考えているようですが、私たちは帝国での起業を考えています」
「帝国でとは」
「原材料をすべて帝国でまかない、販売も帝国で行うということです」
「バカな、外国で起業するのがどんなに大変なことか!」
「経験者だからわかる、ですか」
「そうだ、私にはもともと魔石の輸出に関わる一族にいたという利点があった。それを大きくしていったのだ」
「私たちには、資金があり、技術があり、アイデアがある」
ダンは続けた。
「アーシュ、魔石を」
私はメリダで買いためてきた魔石を、からのものもそうでないものも、ザラザラとテーブルに出して見せた。
「例えばです。これだけあれば、ブルクハルトでの患者への検証にはとりあえず困らない。正直、マッケニー商会の手助けなどいりません」
ああ、言っちゃった。
「しかも冒険者としても優秀です。魔石は自分たちで手に入れられる。この所の魔石の納入の増加は、私たちの力によるもの。そしてギルドを管理するものとのつながりも強い」
「あー、ギルドは個人には肩入れしない。公平性が求められるからな。つまりそれは、納入が一箇所でなくなることが好ましい、ということともとらえられる」
グレッグさんからの援護が入る。
「魔石を回収。患者に使う分だけのからの魔石の補充。訓練しての再利用の流れ。販売。東領、北領にもつてはある」
アールさんとカレンさんがうなずく。アールさんは完全に面白がっている。そして2人はこう保証した。
「私が支援する留学生である。多少の便宜を払うのは当然とみなす」
「侯爵家の娘を助けた恩人の話を聞かない訳がありません」
「何で起業するかは学びながらゆっくり考えるつもりでしたが」
ダンがゆっくりと言った。
「魔石の再利用。魅力的だなあ」
そしてニッコリとしてマッケニーさんを見た。
「そう思いませんか」
マッケニー商会側の3人は、あっけにとられて何も言えないでいる。ダン、みんな、ノリが良すぎだよ……。
「つまり、うちがやらなければ君たちがやると、そしてうちのライバルになるということか」
「そうは言っていません。ただ、魅力的だなと」
「同じことだろう!」
マッケニーさんとダンが言い合う。
「違いますよ」
私は2人をさえぎった。
「違うとは」
「もし本気で私たちがやるなら、できるでしょう。しかし、やりませんよと言っているのです」
「ではなぜそんな」
「私たちは、ただ素人でもわかるチャンスを、魔石の商売の専門家が見逃すのかと、そう言っているだけですが」
「くっ」
「やるなら慈善ではだめです。継続的に患者を助け続けるためには、利益を出す仕組みにしないと」
「そこにつながったか、この茶番は」
アールさんがあきれたように言った。
「私たちまで巻き込みおって。焦ったではないか」
「茶番……」
マッケニーさんは気が抜けたようにつぶやいた。
「病気が治るだけでなく、治った後の生活まで考えないと、結局スラム行きです。治る病気だと解明されれば仕事も辞めずに済むでしょうが、今の状態では、良くなったとしても未来がない」
私は言った。
「昨日からいろいろあり過ぎて大変でしょうが、そこまで考えてもらえると、私たちも気楽に勉強に励めるのですが……」
マッケニーさんは大きく息を吐くと、
「嵐のようだな、君たちは。しかし久しぶりに胸が熱くなった。この仕組み作りをしっかりと行う事は、帝国のためだけでなく、最終的には我が国のためにもなる、ということだな。ウィルとマルを連れてきてくれたことを差し引いても、やりがいのある仕事になる、か」
と言った。そしてこう続けた。
「アールよ、子どもたちには、勉強をさせねばなるまいな」
「そうだな」
「私たちが表に立つか」
「それが大人のつとめだな」
「若者たちよ。魔石の件、承知した。ぜひ成果を出してくれ」
「「「「「はい!」」」」」
「とりあえずすぐからの魔石を持っていけ。アーシュ君、君たちの補充した魔石も買い取っておこう」
「アーシュと呼び捨てでかまいません」
「ところで、さきほど石けんがどうとか」
「それは私も知らなかったぞ、ダン、アーシュ。スティーブン、抜けがけは許さん」
「いや、まだ石けんで起業するとは決めていな」
「まあ別室で話を聞こうか」
私たちは別室に連れていかれ、とりあえず東領で一つは、工場を立ちあげることになるのだが、それはまた別の話になる。




