アーシュ14歳5の月仕切り直し
その頃ウィルはむやみに歩き回っていた。セロはその後を何も言わずついて行く。しばらくすると、立ち止まってこう言った。
「なんか言えよ、セロ」
「んー、ほんとに父さんだったな」
「ちぇ、もっとなんかあるだろ」
「んー、そっくりだったな」
「自分の顔なんか知らねえし」
「確かにな、アーシュも自覚ないよな」
「今はアーシュのことはいいの!オレ!オレが主役だろ」
「だってさ」
「なんだよ」
「うれしかったんだろ?」
ウィルはぷいと横を向いた。
「よかったな」
「うん」
そう答えると頭の後ろで両手を組んだ。
「あーあ、オレカッコ悪いな」
「そんなことはないさ」
「連れてってくれなんてさ、そんなこと思ってたなんて自分でも知らなかったよ」
「思わず出ちゃったか」
「出ちゃったな」
「いいんじゃないか」
「いいか」
「だってさ、お前結構苦労してただろ」
「頑張ってたよな」
「ああ」
5月の風はさわやかだ。かすかに花の香りがする。
「戻ろうか」
「そうするか」
マルとマッケニーさんを温かい気持ちで見ていると、バタン、とドアが開き、やや気まずい顔をしたウィルが戻ってきた。大丈夫?大丈夫。セロも穏やかにうなずいた。
涙の止まらないマッケニーさんの目がウィルに止まった。
「ウィル……」
「父さん」
マッケニーさんは目を見開いた。
「もうおとうさまなんて恥ずかしいだろ。オレ16だぜ」
マッケニーさんの目にまた涙があふれた。
「そんなになるまで、私は、お前たちに苦労をかけて……」
「もう謝んな、父さん。オレは生きてた。他に言うことがあるだろ」
「ウィル、ウィル、生きててよかった、会いに来てくれてよかった!」
「だろ、ほら」
ウィルも手を広げた。マルが手を離すと、マッケニーさんはフラフラとウィルのそばに寄った。親子がまた一つになった。大柄でそっくりな2人が抱き合うと、不思議な迫力があった。
「それにしてもよく似ている。髪の長さまで一緒ですな」
案内してくれた人が感心して言った。ウィルは照れたように言った。
「父さんの姿を忘れたくなかったから。記憶の中の父さんに合わせてた」
「ウィル……」
あーあ。マッケニーさんが完全に落ちた。2人は天然のたらしだからなあ。
さすがにそのまま魔石の話にはならなかったので、次の日改めることにした。ウィルとマルは、今日はマッケニーさんのところに泊まるという。私たちも誘われたが、遠慮した。つもる話もあるだろう。マルの話を解読するのは少し大変だろうけど。
侯爵の屋敷に戻って、ダンやニコやブラン、そしてノアさんたちに報告したら、みんなほっとしたようだった。もっともノアさんたちはとても驚いていたが。
マルがいないと少し寂しい。そんな気持ちでいたら、グレッグさんが声をかけてくれた。
「アーシュ、その……」
「グレッグさん、なに?」
「その、俺はな、俺はメリルでな」
「うん?」
「つまり、お前の親代わりなわけだ。メリルのギルド長だしな」
「はい」
いつも気にかけてくれた。いつも声をかけてくれた。仕事もいっぱいさせられたけど、できないことは絶対させなかった。毎日一緒に早起きして訓練してくれた。メリルを出る時は必ず見送りしてくれた。いつだってメリルが私の故郷だった。
「だからな、ほら」
グレッグさんが手を差しのべる。私は立ち上がるとそばに寄った。グレッグさんを見上げる。
「おいで」
ギュッと抱きしめてくれた。温かい。おだやかな時が静かに流れる。
「じゃ次俺」
「その次俺」
「オレもー」
私の後に、ニコ、ブラン、セロが並んだ。
「お前らなー」
グレッグさんが苦々しく言った。
「だって俺らもメリルの子だし」
「ひいきすんなよー」
「オレにもおいでしてくれよ」
ニヤニヤしてグレッグさんと私を囲んだ。
「だいたいお前らみんな俺より大きいだろ!でっかく育ちやがって」
「だってアーシュが食べさせるからさー」
「育っちゃったんだもん」
「仕方ねえ、ほら!」
グレッグさんは私を離して手を広げた。
「やっぱやめたー」
「グレッグさんかわいくない」
「カレンさんに任せる」
ゾロゾロ去っていった。
「アイツら……」
グレッグさんは脱力した。
「私も行ってくる!」
「おう」
「グレッグさん」
「なんだ?」
「ありがとう」
私はセロたちを追いかけた。
「かわいすぎんだよ、アイツら」
「かわいすぎますね、ホントに」
グレッグさんとカレンさんはほほえみあった。
そして次の日、まだ赤い目のマッケニーさんだったが、厳しさもとれ、おだやかな顔での面談となった。
「魔石は購入して自分で取り替える家も多いが、私たちに交換を頼むことも多い、したがってからの魔石は一定数はある。それを放出することは可能だが」
マッケニーさんはそこで言葉を一旦切った。
「しかし、そのような原因で風土病が起こっているとは信じがたい。この風土病は帝国固有のものではない。我が国もなやまされているのだ」
「お国は北の方でしたか」
「うむ、北領の西に当たる。しかし急峻な山脈が間に挟まり、北領からは行くことができない。フィンダリア経由でしか行けないのだ」
マッケニーさんはため息をついた。
「メリダからは船を合わせて1ヶ月半、往復最低でも3ヶ月はかかる。年に1度は部族長会議で戻るという義務が、足を引っ張ったのだ」
マッケニーさんは続けた。
「まあ、それは今はよい。協力することはやぶさかではないが、その成果をぜひ我が国にももたらしてほしいのだ。事実なら今すぐにでも国に連れ帰りたいほどだが」
私のことをじっと見た。私も一緒ならマルも来るとか思ってたりして。え、本気?
「私たちは、ウィル、マルも含めて留学しに来ているので。まず本分は勉強です」
セロが静かにさえぎった。
「その割になかなか帝都にたどり着かないようだが」
「8の月の3週目までは、寮に入れないのです」
「アール、なんとかできるだろう」
「今となってはそれが好都合なのでな。めんどうは見るさ」
「私がまとめてめんどうを見てもよい」
それ、絶対マルとウィルのそばにいたいからだよね。
「お世話には甘えていますが、必要なら自活できるだけの生活力はあります。ご心配なく」
ウィルがしっかりと言った。
「ウィル」
「父さん、昨日はそこまで話せなかったけど、オレたち冒険者として自立して暮らしてるんだ。帝国に来てからもちゃんと稼いでる。むしろ、オレたちを引き止めようとしてアーシュを利用しないでくれ」
マッケニーさんはせつなそうな顔をした。私は、今日は一緒に来ているダンと顔を合わせてから話し始めた。
「侯爵にも話してはあるのですが、魔石については、再利用を考えています」
「再利用」
「メリダに来ていたマッケニーさんなら分かっていると思いますが、メリダではからの魔石は補充して使っていました。私たちは今でもその仕事もしています」
町を渡り歩くようになってからは、からの魔石を買い、補充して売るという形にしていたのだ。帝国に来るにあたってもしっかりと魔石は買い込んできている。
「確かに。しかし、魔法師のいない帝国では無理だろう」
「マルもセロも魔法師ではありませんが、補充できますよ」
「なんと」
「意図的に魔力を注げるようになった患者には、そのまま継続して魔石補充の仕事をしてもらうようにはできないでしょうか。もちろん、それにより魔石の価格が下がり輸入が減るというのであれば、加減は考えるべきだとは思うのですが」
「商売にしろと言うのか」
「そうです」
娘を支えてきたというこの愛らしい少女はいったいなんだ。風土病の治療がなぜ商売の話になっている?
「風土病の患者は病気で仕事も辞めていることが多いでしょう。生活再建にもなり、から魔石を有効に使えて、魔石の不足も補える。その仕組みを魔石商の支店ごとに作れれば、誰も損をしないと思うのです。あえて言うなら、一つの商会だけが負担する、あるいは儲かるというのが問題でしょうか」
ウィル?マル?なぜ誇らしげなんだ。これが自分の仲間だと、そういうことか。では、曇りない目でお相手しようか。
「そこまでの責任をなぜ我が商会が負担せねばならない?」
「では逆にお聞きしますが、今のままの商売でよいと思っているのですか」
久しぶりに戦いが始まる。今度はダンも一緒だ。




