アーシュ14歳5の月再会
侯爵のお屋敷に招くのも仰々しいので、マッケニー商会に集まることになった。急激な魔石の流通が、メリダの冒険者によるものだということも連絡しておいてもらった。
私たちは少しだけ先に行かせてもらい、店の見学をさせてもらう事にした。商会は魔道具屋のようでもあった。魔石そのものはもちろん展示などされておらず、メリダでは当たり前の魔力コンロなどがゆったりと並べられた明るい店内であった。メリダの魔石補充のノリで気軽に入った私たちは、その高級感に場違いな感じがしてやや気まずく思った。そこで後ろから声をかけられた。
「おや、会長、そろそろお客様がいらっしゃいますよ、早く応接室へ……いや、すみません、人違いだったようです。バカな、私としたことが、こんなにお若い方に……」
その人は、振り向いたウィルを見て驚き、謝罪した。
「お使いですかな、どこのお客様だったか」
「いえ、オレたちは侯爵と一緒に招かれたものですが、魔石商は初めてなので、少し早く来て見学させてもらっていました」
「ほう、そうでしたか、魔石は表には出ておりませんが、魔道具でもご覧になるとよろしいですよ」
その人は、若いからとばかにせずにそう言った。うん、よい店だ。私は気分がよくなった。ウィルやマルは、表情は変わらない。大丈夫だ。
「よう、アーシュ、見学はすんだか、合流しろ」
グレッグさんに声をかけられた。さて、からの魔石は手に入るだろうか。
私たちが応接室に入ると、既に皆そろっていた。侯爵の後に立とうとすると、侯爵に
「お前たちも当事者だ。席につけ」
と言われ、席についた。商会側には3人、先程の案内してくれた人と、若い人と、それにマッケニーさんと思われる人。確かに似ている。ウィルをそのまま大人にして、明るさをすべて差し引いたような、厳しい顔の人だった。逆にマッケニーさんたち3人の視線は、ウィルとマルに向かっている。居心地の悪い沈黙が部屋にただよう。マッケニーさんが口火を切った。
「ずいぶん大人数だが、魔石の話の前に少しいいだろうか」
そして、私にはわからない言葉でウィルとマルに話しかけた。
『どこの部族のものだ。部族長の許可を取ってきているのか』
ウィルとマルは戸惑って答えない。マッケニーさんは侯爵に問いを向けた。
「我が国の者は容易には国を出ない。しかし、この者たちは問にも答えぬ。事情があるとみえる。アール、どのような事情で連れ回している」
「連れ回しているのではないのだが」
侯爵は苦笑した。
「お前のように飛び出たとは考えないのか」
「若すぎる。まして女子もいる」
「なんと言っていいか、あー、ウィルよ」
「ウィル」
マッケニーさんはつぶやいた。
「マッケニーさん、私たちはメリダからの留学生です。あなたの国の言葉はわかりません。先程は何を聞かれたのでしょう」
ウィルはしっかりと問いかけた。
「メリダとは……。我が国からは他国に出る者がほとんどいない。若い者でいるとしたら、部族長の許可を得たものだけ。その許可について聞いたのだ」
「私たちは冒険者。親はいません。したがって許可も必要ない。今回は、侯爵と共に魔石の話で参りました」
「我が国の者ではないのか。しかしその色は……」
「ご親戚ではないのですか。驚くほど会長に似ておりますが」
先程の案内してくれた人が言った。
「いや、私の部族ではない……」
マッケニーさんはウィルとマルを改めて見た。ふと、マルに目をとめるとはっとして言った。
「セレスティア……まさかな、まさか」
「おかあさまのこと、ちゃんと覚えてた」
「マル、やめろ!」
「マル?おかあさま?」
「ちっ」
ウィルが舌打ちしたが、マッケニーさんはガタッとイスを鳴らして立ち上がった。
「ウィリアム、マーガレット、なのか?」
マルは少しほほえんで歌うように言った。
「マッケニー家の子どもたち、いずれおとうさまと一緒に、世界中をかけめぐろう」
マッケニーさんの顔色がはっきりと変わった。
「迎えに来ないから、マルはお兄ちゃんと仲間と一緒に、自分たちでかけめぐってる」
「マルか、マルなのか、しかしさらわれて、探して探して、それでも見付からなくて!」
「その時じゃ遅かったんだよ!」
ウィルがどなった。
「あんたが何年も来ないから、新しいおかあさまは心が壊れてしまった。そもそも、新しいおかあさまなどいらなかった!どうして一緒に連れて帰ってくれなかったんだ!」
これか!これがウィルの心に引っかかっていたことか。
マッケニーさんは言った。
「それがセレスティアの望みだった。子どもたちがもう少し大きくなるまでは、メリダから出さないでと」
「おかあさまはもういなかったじゃないか。それなら、何で帰ってこなかった!」
「部族長会議が船の時期に重なって、どうしても、どうしても帰れなかった……」
マッケニーさんは弱々しく言った。ウィルはダン、とテーブルを叩いて、
「もういい、もう終わったことだ。オレたちは生きてた。それがわかれば十分だろ。これでもうあんたを避ける必要はなくなった」
そう言って出ていった。セロは私と一瞬目を合わせ、後を追って出て行った。
「なんてことだ……」
マッケニーさんは呆然と立ちすくんでいた。
「マッケニーの失われた子どもたち、か」
侯爵がぽつりとつぶやいた。
「アール、知っていたのか……」
「メリダで会った。お前に似ていた。孤児だと、親の事は知らぬと言っていたが、もしやと思ってはいた」
「何で早く言ってくれなかった」
「それは」
「マルたちが止めたの」
マッケニーさんはハッとした。そうだ、ウィルだけではない!人形のようだった、かわいい、かわいい私の娘。
「マル、マルなのか、おとうさまを覚えていてくれたのか」
マルはじっとマッケニーさんを見た。そして言った。
「驚いてる?戸惑ってる。罪の意識にかられてる。どうしていいかわからない?」
「マル?」
「ねえ、おとうさま。マルが生きていて、うれしい?」
「!」
そうだった。驚き、どうしたらいいかわからず、自分にばかりとらわれて、私は何をしていたんだ。なくしたと思っていた娘が、息子が戻ってきたのだ。
マッケニーさんの目から涙があふれた。
「うれしい。うれしい!生きていた!生きていた!」
マルがほほえんで手を差しのべた。
「ギュッとしていいんだよ」
「おお!」
マッケニーさんは、恐る恐る近寄って、マルの顔をのぞき込み、ギュッと抱きしめた。
「マル、マル、よく生きていてくれた」
「さらわれてね、捨てられてね、お兄ちゃんとメリルのみんなが育ててくれたの」
「メリル、そんな遠くに!私は何をしていたんだ!」
「そしてね、セロに会って、それからアーシュに会ったの」
「セロ、アーシュ」
私は軽く目礼した。
「そして毎日楽しく暮らしてる」
マル、省略し過ぎだよ。
「マル、そうか、よかった」
「うれしくなった?」
「うん、うん」
マルはマッケニーさんの背中をトントンとした。
「アーシュが教えてくれた。こうすると安心するの。泣かないで?」
「うん、うん」
マッケニーさんはもっと泣いた。マルは決して本質を外さない。生きて出会えて本当によかったね。




